大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ
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父の還暦バースデイ


“父の還暦バースデイ”

2017年9月22日、
父が誕生日を迎え、いよいよ還暦となりました。

今まで勤めた会社は9月いっぱいで定年退職となり、
新たな職場に10月から勤めることになっています。

22日の誕生日当日の夕食は、
家族が全員そろえないということで、
前日21日の夕飯にささやかな誕生日会をすることにしました!

私はいつもソファーに座ってごはんも食べているのですが、
この日ばかりは“一緒に食卓でお祝いしよう”ということにしました。

壁をつたって、栃木で長年使っていて今の家にも持ってきた、
よく覚えている丸テーブルの食卓に移動。

自分の料理の範囲がわかるように、
テーブルの上にしきりがあるほうが私はわかりやすいので、

いつも食事はおぼんに並べてもらって、
それをテーブルに乗せているのですが、
今日もそうしてくれていました。

母が用意してくれたささやかな誕生日ディナー。

母が私のとなりの席にすわって、手に
「メニューは左から、ステーキ、コーンスープ(私の好物)、サラダ。
奥左にアイスミルクティーと、奥真ん中にノンアルコールビールをおいてみたよ。」

手をそえてもらいながら、
テーブルの中央のフルーツタルトにろうそくをさし、
チャッカマンで火をつける。

母が私の手に書きながらハッピ-バースデーの歌をうたい、
ノンアルコールビールでかんぱーい!

声は聞こえないけれど、グラスに両親がコツンコツンとあててくれるのを感じ、
私も両親が笑顔でグラスを片手に
「おめでとーー!!」とお祝いしている、乾杯の情景が思い浮かびました。

「このタルトはだれの趣味なの?パパの趣味じゃないよね?
私はチョコケーキがよかったけど、ママの趣味でしょ!ー」
ブツブツ…と言っていると、

タルトにお店の人がつけてくれた
“HappyBirthdayぱは”(←1つの“ぱ”の丸がとれてなくなっちゃったらしい)
チョコプレートを半分父がくれました!
あーー、やっぱりチョコはおいしい。優しい。ありがとう!

「さて、プレゼントをわたしましょーか!?」と母が私の手に書いたので、
私はさっそく父が座っていると思われるほうに包みをさしだしました。(中身は厚めの名刺いれ)

「ママからはこれ。スーツの上からも背負えるようになっているかばんだよ。
年をとったら、転んだ時とっさに両手があいてることは大事だからね」
と私の手に書きながら、父にプレゼントを渡し、

母と私がそれぞれお祝いのメッセージをそえました。

「ありがとうございます!新しい職場で使えるものばかりだ!」

向いの席に座っている父はテーブルの上に料理があるため、
最初の「ありがとうございます!」くらい書いて、
そのあとはとなりの席の母が書いてくれました。

父が包みをあけて、かばんを背負い、
背負っている姿を私に触らせにきてくれました。

母が私に「わかる?」と聞くので、
「うん、まあ」(←ランドセルにしか思えないけど?とは言わずに)と答える私。

祖父(母方の)の還暦のころはどうしたんだっけ?という話になり、
「みゆが5歳のときだよね!」と書いたので、

全然覚えていない私は、
「そんな小さかったけどこの世にいたんだ」とビックリでした。

いつも、あらぬことでよく喧嘩をしている両親に
「仲良くしてよね」と言うと、2人は握手をしたらしいです。
しばし休戦か?
(いつもこんなかんじ)

私は父が30歳のときの娘で、もう来年私はその時の父と同い年になってしまう。

昔は父が定年になるころには、両親にもっと楽をしてもらいたかったのですが、
逆に私は病気になって、いまだにお世話になっていることを申し訳なく思いました。

でも、思えば毎年毎年、家族3人と1匹、
だれかの誕生日には小さいころから母の手作り料理でお祝いをして、
休みにはスキーやキャンプに行ったり山登りをしたり、
旅行もたくさん連れていってもらいました。

クリスマスも、クリスマスソングをバックミュージックに、
母が豪華な食事をつくってくれたり、
私の好きなオーケストラのクリスマスコンサートにつれていってもらったり。
父が真っ赤な顔をして演奏してくれたサックスの音色も覚えています。

その時々に悩みはあったんだと思うけれど、
幸せに暮らしてきたなーと、改めて思います。

そして、こんな娘でも、今もずっと
大切にしてもらっていることに大きな喜びと幸せを感じます。

母方の祖父母も、初孫の私をかわいがってくれましたが、
そんなふうに育ててもらったからこそ、
私は大きな試練にも負けない心を育てることができたのではないかと思っています。

そして、今も幸せに生きられていることは、
たくさんのすばらしい出会いがあり、多くの恩人のおかげだと思っています。
その根本として家族がいる。

この29年の感謝をしているからこそ、
「もっと頑張らなくちゃ!」と私は焦るのですが、
全然親孝行できず、それどころか迷惑をかけっぱなし…。

だけど、この家に生まれて、よかったと思っています。
平和な毎日の中、家族や大切な人が健康で、
どこかで穏やかな毎日を送れていること。
そんな日々が、私はすごく幸せだと思います。
生きているってすばらしい。

パパももう還暦ですが、両親ともども、いつもありがとう。
そしてこれからもよろしくお願いします。

みゆ

ーーー

みゆパパさん
還暦おめでとうございます。

そして、長年のお仕事お疲れ様でした。

ゆゆ

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by mi-yu-yu | 2017-09-27 23:11 | Comments(0)

お散歩

“お散歩”

昨晩は遅くまで母校の後輩とおしゃべりをし、

おまけに夜は
本を書くという仕事をすることに目覚めて、

夜中に目がさめたときに考えていたことを
メモしておかないと眠れなくなり、

なんだかおかしな睡眠になってしまいました。

お昼前に起きた私でしたが、
それでも、なんとか眠い目をこすりながら
用事があって有楽町まで…。

用事をすませ、さて帰るか…というころに、

「寄っていく?」というカピバラさんの言葉にあまえ、
日比谷公園に立ち寄って帰りました。

その日の気温は秋分の日らしくさわやかに涼しく、
散歩が気持ちのよい秋のお天気でした。

日比谷公園には、散歩道があるので、
カピバラさんが車イスに座って足でかじとりをしてくれて、
私が車イスを押す形でお散歩しました。

必死で歩いている私の足は、
昔とは違って「なんでこんなに?」
と思うほどフラフラしていて、
時々よろめいて倒れそうにもなったので、

きっとすれ違って私を見た人には
「あやしいひと」とか、
「この人大丈夫かな?」とか、
心配されたかもしれません。

でも、カピバラさんのかじとりで、
道をそれて大きな木の幹をさわったり
(昆虫がいたらどうしようかと思ったけど)、

小さな教会を眺めたり、
タイの航空会社を見つけたり、

いろんな発見があって
お散歩するのがとても楽しかったです。

医療の行く先により、
あと何年私は生きているのかもわからないけれど、

年をとって、目や耳が不自由になっても、
こんなふうに笑いあいながら、
自然の中を歩いていけるって幸せなことだと思いました。

「焦るな、焦るな。
今できることを精いっぱいやればいい。
大丈夫だ。
傷つくことを恐れては、歓喜はないのである。」

(岡本太郎さんの解説文からイメージしてみました)

みゆ

ーーー

みゆさまへ168.png

本を書く仕事?
また何かそんなお話が??

意味深な、思わせぶりな
導入部・・・

そして終わりの言葉は、

岡本太朗の生き方に励まされて、みゆが
自分に言い聞かせている言葉かな・・・

岡本太朗がそういったわけではないのかな??

傷つくことを恐れるどころか、
傷だらけになって、果敢に?
歓喜を求めているみゆさま。。。

焦らなくても大丈夫ですよー。
そんなに頑張らなくても大丈夫ですよー。

歓喜はその力みを手放した時に
やってきます。強みはそこに・・・
(ゆゆの言葉。←予言??)


穏やかな「散歩」のお話が

なんだかモヤモヤ、謎につつまれた、
「迷文??」にサンドイッチされています。

迷文には迷文返し。

いったい、どんな本を書くつもりなんでしょう。

ゆゆ
ーーー

みゆより168.png

強み、なんですか?

最後の言葉は岡本太郎のは、
一つの作品の解説から
いろいろなことをイメージしたものなので、
一応私の言葉です。










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by mi-yu-yu | 2017-09-25 20:58 | 日々のこと | Comments(2)

鹿児島

“鹿児島”

思えば、鹿児島には4日間滞在しただけなのです。
あれから1週間と数日しかたっていませんが、

「あの日々は夢だったのか?」
と思えてしまうほどなつかしい。

あの濃密な充実の日々がなつかしいなあ…。

鹿児島の友の会は、まだできたばかり。

登録している通訳・介助者が3人と、
ボランティアの方が数人で、
7人ほどのもうろう者を支えています。

私が鹿児島に着いたとき、
当事者・支援者、みなさんで
駅までお出迎えにきてくださっていました。

雨続きだった東京の涼しさとはうってかわり、
太陽が照りつけ、もわっとした暑さの毎日(30度ごえ)でしたが、

帰りも改札の中にまで入って、
新幹線のホームまでお見送りに来てくださいました。

みなさんにお礼をしたあと、私たちは新幹線に乗り込み、
停車しているしばらくの間、座席の窓から手をふっていました。

驚いたことに、情に厚い鹿児島の方々が涙を流してくださっていました。

この4日間のあっというまに過ぎてしまった日々。
たくさんお話して楽しかった日々。
いろんなことが胸にこみあげました。

鹿児島の方々も、別れをさびしいと悲しんでくださっていることが、
なんだか嬉しくて、私も涙がでそうでした。(グッとこらえました)

片道8時間なんて、どってことないじゃないか。
出会えないままに人生が終わってしまうより、鹿児島にきて本当によかった。

いい人ばかりと知り合い、笑いあって、
毎日睡眠不足なハードスケジュールでしたが、とても楽しく過ごせました。

またすばらしい出会いに恵まれたこと、改めて心から感謝です。

鹿児島では講演の他、すべての日、車を出して名所を案内してくださいました。

胸が苦しくなった知覧の特攻隊の資料館。
足が軽くなった指宿の温泉館(手湯、足湯、砂風呂など)では、
石が並んだ足つぼ道があり、それも楽しみました(痛くて歩けなかったけど)。

そうめん流しでは、竹の筒に流れるそうめんを想像していましたが、
鹿児島のは全然違い、わたあめをつくる時のドーナツ型の入れ物に水が流れ、
そうめんがグルグルとまわっていました。

その店では初めてコイのお刺し身も食べました!
(泥水ではなく、綺麗なお水で育てたコイは生くさくないのだそう)。

とろけそうなお肉のトンとろとんこつラーメン
(店員さんが来ているぶたの鼻がデザインされたTシャツ、かわいかった!)、

大行列だったしろくま本店(フルーツのかき氷に練乳がけ)、
篤姫や西郷どんゆかりの地(松林)、

フェリーで渡った桜島
(怒りくるっているのかと思うほど噴火していたけれど、歓迎の噴火らしい。
火山灰に埋もれてしまった鳥居には衝撃)、

かなりおなかが苦しかった黒豚しゃぶしゃぶ
(生絞りオレンジジュースは氷も生絞りオレンジでできていて、
氷が溶けても薄まらないというすばらしさ!)。

盲人、ろう者、盲ろう者が働いている作業所も
見学させてもらったのですが、

スーパーから受注している野菜の袋づめなどをしていて、
まわりの人と助け合いながら
盲ろうの方も真剣に素早い手際で仕事をされてました。

最後に食べた、ジューシーでおいしかった黒豚とんかつ… 。
9日の夕食ではサプライズの誕生日会までしていただきました。

ハッピーバースデーのメガネとカチューシャをして、
ホールケーキが出てきたり、プレゼントをいただいたり、

みなさんの寄せ書きとともに、手作りの色紙をいただいたり…。
個人的に素敵なものをつくってきてくださった方も。

本当の豊かさってなんなのだろう。
ついついお金や肩書きに左右されてしまうけれど、
こんなにも暖かく優しい方々が私の事を歓迎してくださって、
楽しい思い出ができた事にとても幸せを感じます。

そんなことを考える、鹿児島の雄大な自然と、出会いの豊かさでした。

みゆ

---

みゆさま

お帰りなさいませ!!
楽しく豊かな旅をしてこれたようですね。

旅行中に桜島が噴火しているニュースを聞きました。

心配しながら、(振動や火山灰が)
「みゆには返って鹿児島を感じられるかも」
なんて、不謹慎なことを考えましたが、

それは本当に桜島・鹿児島が
みゆを歓迎してくれていたんですねー!!

地熱で温まった砂風呂や、あちこちに湧く温泉で

「この地球が生きて活動している!」
って実感できたでしょうか?

そんな中、桜島にもちゃんと渡れたようですし・・・
しっかり鹿児島の空気と味覚を味わえたみたいですね。

そして何より、素敵な出会いがたくさんあったようで
よかった!!

長旅お疲れ様でした。

ゆゆ

---

みゆより

お返事ありがとうございます!

フェリーや車にのっていたからか?揺れは感じませんでした…。
火山灰もふっていなかったのですが、
地面にふりつもっている火山灰の上を歩いてみると、
粒子が細かいらしく、すべるようにつるつるしていました。

鹿児島からフェリーで10分ほどの桜島にも学校や民家があったのですが、
ここで暮らす人たちはどんなことを思って生活しているんだろう。

ここで生きる人々の大切にしていることって、
都会に生きる人々とはまたちょっと違うんだろうなー、
なんて思っていました。




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by mi-yu-yu | 2017-09-21 10:14 | miyu | Comments(0)

片道8時間

“片道8時間”

 9月に入って一気にすずしい毎日になりました。
私は体温調整がうまくできなくて、“夜ねる時は暑くて布団をはいでいて、
朝方寒くて目がさめてしまう”という生活を繰り返していました。
結果、見事に風邪っぽい今日この頃です。

 ところで今週の末から、講演旅行で鹿児島にご招待いただいています。
昔から行ってみたかった、本州最南端の地、鹿児島。
飛行機で行ったら3時間くらいなのだろうけれど、
私は新幹線を乗り継いで行くので、なんと片道8時間。

「エコノミー症候群になって大変な事になってしまうから、
1時間ごとくらいに立ったほうがいいよ」と聞きました。
日ごろから車椅子にゆられている私。
車イスでも長時間乗っていると、血流が悪くなり、もものあたりが無性に痛くなります。

それが、8時間!
サポートしてくださる通訳・介助のお2人、どうぞよろしくお願いいたします…。
ちなみにこの旅費などは、すべてご招待くださる団体が、
通訳・介助者の分も負担してくださいます。

私の講演旅行のような遠出には、介助時間の長さから、
どうしても通訳・介助者が2人必要になります。

普通の講演なら、経費は交通費1人分で済むものを、
私を呼ぶともれなく通訳・介助者を2人付けなくてはならないので、経費は3倍。
先方もNPO法人であり、潤沢にお金があるわけではないと思うので、
それでも呼んでくださるなんて本当にありがたいことだと思います。

 しかしなにはともあれ、私には新幹線でのこんな長旅は初めてです。
私の中での鹿児島といえば「天障院篤姫」。
昔、テレビで見ていたNHK大河ドラマ「篤姫」の荘厳な着物の数々を思いうかべたり、
桜島の風景に思いをはせたりしています。食のほうも、いろいろと楽しませていただく予定です。

カゼなどひいている場合ではないのです。
体調を万全にして、脂肪と共に帰ってこなくてはならないのです。

 世界一周が幼いころの夢でしたが、こうなったら日本全国制覇を目指します!!

みゆ

ーーー

みゆさま

鹿児島、元気に楽しんでこれますように!
(お大事に、風邪、早く治してね)

ちなみに、ゆゆも11月に鹿児島に行くので
お土産はいらないからねー。

鹿児島の空気、美味しい物、
新しい人たちとの出会い!

存分に楽しんできてね。
温泉もたくさんありますよ♪

よい旅を〜

鹿児島のみなさん、よろしくお願いします。

ゆゆ

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by mi-yu-yu | 2017-09-05 21:38 | 盲ろう | Comments(0)