大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ
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今の不安

ゆゆさんへ055.gif

最近の私の、漠然とした不安の根本原因は、
医療の事が大きいです。

難病患者なので、
患者の数もお医者さんの数も少ないから、
しかたのないことですが、

安心して医療が受けられて、
「治るかも」と希望がもてたら

どんなに精神的な穏やかさを得られるだろう
と思います。

目が見えなくなったことや車イスユーザーになったこと、
耳が聞こえなくなったことなんて、この際どうでもいい。

盲ろうだろうと、車椅子ユーザーだろうと、
日本の社会保障はけっこう充実していると思うので、

人の力を借りながら自由に動き回れるし、
意外と楽しく生きることはできると思います。

だけど私のこの身体は、
いつも鉛のように重くて疲れやすい。

対症療法しかなくて、どうなるのか予想もできない
難病と付き合っていくのは、

毎日銃をつきつけられながら生きているようで、
なかなかしんどいことです。

変な行動をしたら命が守られないという、
監視がついているような不安???

私の手術を担当してくださった先生方が、
どんどん病院を異動してしまい、
5月からはだれもいなくなってしまいます。

でも、本当に救われるのは、
支えてくださるスタッフさんたちの存在です。

先生たちが異動してしまっても、
私のことを知っていて理解していてくださり、
伝えてくださるスタッフさんたちがいる。

その莫大な安心感のおかげで、
私はまだ生かされていることを思うのです…。

本当に、みなさんによって守られているこの命…。
大切に生きなければバチが当たるな…。

みゆ

ーーー

みゆさま055.gif

銃を突きつけられているような日々って・・・

ほんとギリギリの「恐怖」と
「不安」に浸された生活をしているんだなあ・・・

なんて言葉をかけていいかわからないけど、

かろうじて、役立たずなゆゆの首は、
まだ(病院に)つながっています。

なんの生産性もなく、治療にも貢献せず
何をしているかも見えないゆゆのような存在を

「結果や貢献や実績を目に見える形で出せ」
とか言わずに置いてくださっている病院に

ゆゆは感謝して働かせてもらっていますが、
せめて、みゆや誰かの安心につながっていればいいのですが。

お大事に。

ゆゆ

ーーー

みゆより055.gif

本当に、ゆゆさんがいてくださってよかったと思っています。
見えないけれど、生産性や結果は大きいと思うし、

むしろ、私みたいな患者にとって、
どうしても生じてしまう医療とのすきまを埋めてくれる
重要な存在であり、希望でもあると思います。

ーーー

「隙間をうめる」って、ゆゆが結構大事にしていることです。
そう感じてくれていたなら、嬉しいです。

隙間だらけの医療と社会生活。

病気と生きる人生じゃなくて
生きている中に病気もある人生のはず。

生きている喜びや楽しみ、
社会(人)の中での自分の立ち位置と関わり、

生活(命)の質と輝きは
どんな人でも「生きる」中での重要な要素だと思います。

仕組みやきまりの中だけでは埋めきれない、
そういう隙間にある大切な「質」を埋めてくれるのはなんだろう。

それが人とのつながりや人の温かさ、優しさ
柔軟な心、豊かな心の存在なのかな。

志高く?自分のありようで、「隙間産業」目指します!

みゆも素敵な隙間をうめる「存在」にはなれると思います。
目指せ、隙間産業! 命を輝かせて希望の光に!

ゆゆ




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by mi-yu-yu | 2017-02-22 11:21 | 病院 | Comments(0)

バレンタインデー

ゆゆさんへ055.gif

数日前に、無印良品のキットを使って、
母に手伝ってもらいつつ
トリュフとフロランタンを作りました。

まず、フロランタンから。

バターをとかして、卵を割って、
黄身だけを入れて粉と生クリームを合わせ
…手でこねこね。

生地がまとまったら、丸く分けた後、薄くのばして、
ハート型のカップに10個くらいつくり、
オーブンで焼きあげます。

焼いてる間にトリュフに取りかかり。

引っ越しと同時にオーブンを買ったので、
作れるお菓子の幅が広がり、
とても楽しかったです!

今度はマカロンをつくるぞ!

そういえば、小さいころに、
栃木の家のオーブンで母と
いろんなお菓子をつくったことを思い出しました。

クッキーを焼いたときは、
できたてはやわらかめで冷めるとサクサクして、
とってもおいしかった。

生地を作って冷蔵庫でねかして、型をぬいて、
やっとオーブンで焼き挙げるという工程は、
簡単ではなかったけど、

焼けてきたときに流れてくるおいしそうな香りが、
何時間もかけた苦労をあっというまに忘れさせてくれました。

去年、おととしと、バレンタインは
手作りチョコやおかしをカピバラさんにあげて、
とても喜んでくれたのですが、

自分もこういう機会がないとあんまりやらないので、
楽しんでいます!

今年は第2弾のプレゼントもあって、
こっちはゆゆさんが手伝ってくださいました。

こっちはまだあげてないので、何かは秘密ですが、
バレンタインの恩恵をうけて?こっちも
“私が”つくるのを楽しませてもらいました!

私にもできるように、
たくさんの人があれこれと考えてくださり、
私も一生懸命になれる幸せ。

うまくできずに悔しかったり、失敗してがっかりしたり、
私のために時間をさいてもらって申し訳ないなと思ったり。

それでもできていくのが嬉しくて、楽しくて、
やらせてもらえることに感謝しました。
喜んでくれるといいなー!

みゆ

ーーー

みゆさま055.gif

・・・それで、

バレンタインデーの
手応えはどうだったのかな??

今頃、あまーい
ホカホカの愛情に包まれているんじゃあ・・・

ゆゆは、今日は、

バレンタインのチョコレートを
「いただいた日」でした!!

家について、自分のために
甘くて温かい、ジンジャーミルクティーを
丁寧にお鍋でわかして

先日みゆにいただいた、
「星の王子様」のイラストの箱に入った
バオバブパウダー入りのチョコをつまみながら、

みゆから昨日届いた
ブログを書いています!

ゆゆ

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by mi-yu-yu | 2017-02-14 21:20 | 日々のこと | Comments(0)

立春に思う

ゆゆさんへ055.gif

吸い込まれそうなくらい、
真っ青にすみわたった冬の大空に、
ゆっくりと流れていく雲。

頬に触れていく風がまだ冷たい。
冬には葉が落ちて枯山水のようになる庭の風景、
こもれびにゆらめく木々の影。

角度の低い冬の太陽に照らされて、
夏とは違ってもやっぱりまぶしい。

…なんて、すべては私の記憶の中にあるのだけれど。

空を飛びたいなあ、と思うときがあるんです。

こうしたいろいろな景色を眼下に眺めながら、
自分がいかにちっぽけな存在であるのかを感じたい。

もう見えないけど。

そういえば、そんな景色を眺めながら聞こえてくる音はどんなだっけ。

補聴器をつけはじめた、大学2年生くらいのころ、
祖父の車イスを押しながら、近くの道を歩いていたとき、

補聴器を通して聞こえる風や木々のそよぐ音が、
機械の音のようで、
とても耳触りだったことを思い出しました。

聞こえるけど聞こえない。

大好きな音楽が音楽に聞こえなくなったときのつらさ。

でも今、私は好きな勉強ができることに喜びを感じます。

大学の勉強は、高校までの勉強とは違い、
より専門的になって自分の興味のあることを学べるから楽しいです。

おもしろそうな講義や本に出会ったときのワクワク感。

1つ知ったら、さらに5つくらい疑問がわき、
知りたいことはもっともっと増えていくけれど。
自分の無知をもっともっと知るけれど。

まだまだ知りたいことがいっぱいですが、
でもそれを許してくれるために、
神様は私に、このような時間を与えてくれたのだと思うことにしました。

自分の好きなことばかりをさせていただけることに、
感謝してばかりです。

みゆ

ーーー

みゆさま055.gif

立春です。

まさにみゆが心に描いているような
冬枯れの景色と青空
太陽の日差しの優しい暖かさ、まぶしさです。

記憶ってすごいね。

今、私は80代にさしかかろうとしている
耳の聞こえない方と、筆談で語り合う日々です。

今はみゆとの時みたいに、すっかり仲良くなって、

子どもの頃に覚えた歌、聞こえなくなっても口ずさんだ歌、
好きな歌の話をしてくれました。

小学校の時に病気で聴覚を失ってから、
なんの支援も受けられないまま、

中学卒業と同時に、はるか遠い地方から
単身上京し、手に職をつけ自力で生き、
立派に家族を養ってきた方ですが

心の中は、みゆの思いとつながるものがたくさん。
年齢は関係ないのかも。

耳が聞こえないことの孤独と寂しさ、
よくわからない状況の中で人を信じることの大変さ。

この年代になるまで、手話も覚えず、
耳が聞こえない人たちとの交流もなく
筆記通訳の支援が使えることも知らず。

制度上は福祉とつながっているけど、
人とのつながりによる知恵や情報やサポートも少なく

機関や道具を紹介すること以前に

人との信頼関係を取り戻し、
自分の意思で人とつながれるように、
必要な時は助けを求められるように
支援することの大切さを思います。

人との関係を持ちたくないのではなくて、

否定されることもめんどくさがれることもなく、
ありのままの自分を受け入れられて、
安心していられる場所が少ないから
出て行くにも勇気がいるし、

本当に信頼できる人を探すのが大変だから
つながりを持つのが面倒になるんだろうな。

話してみれば、本当は、
話したいことがいっぱいあるんだもの。
心の中では思うことがいっぱいあるんだもの。

ただ、それを否定されたり、めんどくさがられるのは
誰だって嫌だし、人と関わりたくなくなるのも当然かも。

人との絆を作れなくなっている時は、
(どんな障害でも)支援する仕事の人は
制度や機関を紹介するだけではなくて、

支援者との関係作りを通して、
「人との関係性も繋いでいく」こと
が大切と感じるのですが、

支援者との関係が取れなくて、
支援につながらない不利益さえおこる。。。

支援者の理解不足や、想像力のなさ(自戒をこめて)
本人の心のありよう・・・

いろんなものがスムーズにいかない要素になる。

当事者の「いろいろな不快な経験を通して固くなった心」
「こじれてしまった思い」をほどくのは

一筋縄でいかないけれど、

そんな時こそ、みゆの実感のこもった心が
相手の心を溶かして、

勇気を与えることができるのではないかと
期待しています。

いろいろな学びをさらに役立てていただけますよう。

ゆゆ




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by mi-yu-yu | 2017-02-04 23:11 | 思い | Comments(0)