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大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ

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予習中。(暗い話)

ゆゆさんへ055.gif

明日から、もう7月なんですね…
はやいなあ。

とても暗い話なんですが、私はいま、
授業で扱っている、数年前の事件の被告人陳述書を読んでいるんです。

そこには、被告が人生の理不尽さ、恵まれなさ故に
犯行に及んでしまった痛切な心の叫びがありました。

本当、適度な能力が与えられていても、
どんな環境でどんな暮らしが与えられるか、
まわりにどんな人がいるかで明暗はくっきり分かれてしまって、

本人の努力だけではどうにもならないこともあるよなーと、
被告の意見を読んでいる私も、とてもつらくむなしい気持ちになりました。
(もちろん、だからと言って人を傷つけていい理由にはならないけど)

私も、「同情されるような人生は送っているつもりはない」
と思っているから、同情されるのはごめんですが、
そのむなしさは共感できると思いました。

以前、先生は「3者間でおこる嫉妬(ジェラシー)と、
2者間でおこる羨望(エンビ)は同じように使われるけれど、違うもの」
と説明しておられました。

「うらやましい」という感情は似ていても、
羨望(エンビ)の方には破壊願望が含まれているそうです。

「うらやましいなあ」で終わらずに、
自分と同じ状況にまで引き下ろしたいと思ってしまう感情が、
この犯罪を起こしてしまったのだと思いました。

私も、もうろうになった当時はかなり理不尽さを感じましたが、
被告が感じていたような悲しみやエンビの感情があったんだなと思います。
(犯罪に至ってしまったことを置いておいても)

それはだれもが持っているだろう感情であり、
罪人となって受役しただけでは解決できず、

格差社会をどうにか生き抜く知恵を身につけないと、
根本的には解決できないような、そんな気にもなってしまいました。

だけどこの被告にも、なにかターニングポイントはあったんじゃないかなぁ。

大貧民というトランプのゲームがあるけれど、
結局人は、配られたカードで、どうやってカードを使っていくかを考え、
自分の精一杯で生きていくしかないわけですもんね。

みゆ

ーーー

みゆさま055.gif

また、難しいですよー。

ゆゆも以前に、社会を震撼とさせた事件の加害側ということになって、
服役もされた方に、縁があってしばらくお会いすることがあったのですが、

(この話を公にすることは、本人が望まれたことでもありますが、
 ゆゆの中でまだこなれていないので、漠然とした書き方になります)

もともとはそのことを知らなくて、人としてとても気があい、
そして、どんどん意気投合しているうちに、

「この事実を伝えないと、本当の私を理解してもらえないと思う」と
相手の方が告白してくれて(重さ的に告白して欲しかったわけではないが・・・)、

そのあとは、人間の社会に役立ててほしいと
その事件についてもお話してくださいました。

最初は、社会のためにいいことをしていくつもりだったのが、
いろいろな関係の渦の中で、自分の思わぬ方向に進んでいって、

途中で「なんかおかしいな」と思うようになっても、

人間関係の渦の中で、疑問を持つこともできなくなっていて、
そして、ある日大きな事件になった。

決して、それを肯定するわけではないけど

そういうことって
人間の歴史の中で何度も起こっていることじゃないかな?

「いじめや虐待」だって、よくないことと認識されているけれど、
自分の集団にそれが起こっていると認めたくない「否認」もおこる。

集団や人間関係の中で生きている、人間そのものが持つ弱さ。

昔、エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」
という本を読んでいた時に

「自由に人間は憧れるけれど、本当に自由になるとそれを恐れる」
というようなことが書いてあって、

「ナチスに傾倒していった人間も特別な人間ではなく、
たとえそれがなくなっても、また同じことは起こる」
というようなことが書かれていたけど

特別な集団だけでなく(もっと身近な日本の歴史でも)、
その時代の優位な思想やその時の社会の正義は、
時によって善と悪が逆転していることもある。

それも人間が決めたルール。

何か悪いことが起こると、部外者がよってたかって批判したりもするけれど、
本当は、完全な善と悪の境目はなかったり、

悪だと気づかないで入り込み、関わってしまった結果、
取り返しのつかないことになってしまったり、
もう行くところまでいくしかなくなったり。

なんてこともあるのかもしれないし

もしかしたら、その正しさの方が間違っていたり、
正論に包まれた、虚偽があったり・・・。

人として、いろいろなものとの関わりをしているうちに、
加害者としても被害者としても
知らないうちに事件に巻き込まれて抜け出せなくなることもあるのかも。

加害者のみならず、被害者でさえ、
「なぜ、途中でおかしいと思って引き返せなかったのか?」
と言われたり、批判されたりするけど

そこに至るまでには、外から見えないいろいろなプロセス、圧力、流れがあって、

「そこだけをくくりとると、なんとか逃れられそうなのに逃れなかった、
だけど全体を通してみると、やっぱりそこで抜け出すことは
本人の意思だけではどうにもいかない、困難さや巧みな罠がある」こともある。

だから、これまた、全てをしらない他人がとやかく自分を正義側において
ものを言うのは、どうなのか? 自分は人を裁く立場にあるのか?

自分だって、最初は小さなことから、でも流れに飲み込まれてしまったら
どうにも引き返せない時もあるのかもしれない。

辛いけど破綻してから、それが這い上がるチャンスになる時もあるかもしれない。

だから、ゆゆは、自分は「正しい」とも「善人」だとも言う自信はなくて、
自分もいつかその弱さを発揮してしまうのかもしれない同じ「人間」だと思う。

だけど、それでいいと思っているわけでもない。

どこかで「正しさ」や「正義」について、いろいろな視点から見たり、
疑ってみる感性は持ち続けたいと思う。

あといろいろなネガティブな自分の感情も、まずは認められること。
それだって、簡単に「否認」やいろんな防衛規制が起こるんだもの・・・

感情は自然に沸くもので、いいも悪いもなくて、
手強いけど、その感情の存在を認めた上で、
どうするかが自分にかかっていると思えた方がいいのかも。

そして、なんとかみゆの言う
「ターニングポイント」を掴み損ねない人間でいたいが・・・

時と場合によって、行き着くところまでいって、
どん底や絶望から這い上がるしかない時もあるかもしれない・・・

ああ、怖い!! 

まずは、少なくとも、今、悪意にも犯罪にも巻き込まれずに
平和でいることに心から感謝しよう。

そして、平和で信頼できる人たちで、自分の周りを固めていたい・・・
この世は信頼できないと、とことん辛い。

だからこそ、自分から「平和と信頼を発信していないと」と思います!

そして、本当に平和な社会を作れれば、
そういう立ち直る渦中の人たちもちゃんと包含できるのではないかな。

ゆゆ

ーーー

みゆより055.gif

すごい…
力作をありがとうございます。

私が転がした小さな雪だまを、
ゆゆさんはその広い視野と深い知識で何倍にもして、
巨大な雪玉にして返してくださいます。

だから、いろんな玉を投げてみるのが
とてもおもしろいなと感じているのですが、

ゆゆさんの大変さはハンパないことと思います。
ありがとうございます!

ーーー

君は、本当に、いろんな玉を投げすぎです!!

まあ、みゆも読むのがハンパなく大変?!
おやすみなさい

ゆゆ
by mi-yu-yu | 2016-06-30 23:12 | 思い | Comments(0)

課題にとりくんでます!

ゆゆさんへ

今日は天気も悪いので、家にこもって原稿をこなし、
「全国もうろう者協会」の情報誌、
“コミュニカ”に掲載する原稿を2本終わらせました!

今日は、親が結構前に通販で買ったらしい、
小さなマッサージチェアーに坐って、
原稿に取り組もうとひらめいたのですが…。

ボタンを押してもピクリとも動かない。
親は仕事に行っていて1人だったので、どうにもできず、
そうするとマッサージチェアもただの低い椅子です。

それで結局、私のエネルギーも、原稿をやりとげてそこで切れました。

もはや、データ化していただいた大学の授業の配布資料を
読むエネルギーは残されていませんでした。

先生は学生のために、大量の資料を配ってくださるので、
私も次々にデータにしていただいた資料をいただきます。
だから、支援してくださる職員さんも大変すぎて、私には点字の山で…。
自分の処理能力の限界を感じました。

とほほ。

今週末は7月からまた新たな体制でスタートする、
東京友の会の理事会があります。

そして夏休みに突入するためには、
大学のレポートと試験が待っています。

…もう、私は南の島のビーチで、
カランと氷がワイングラスの中で音をたてるマンゴージュースを片手に、
ビーチチェアーにねそべって、サンサンと降り注ぐ太陽のもと、

気がむいたら海で泳いだり、フラダンスしたり、
風を満喫しながらくつろぎたい気分です。

親が帰宅して電源のコードをさしてくれたので、
動くようになったマッサージチェアーに再び坐りました。

マンゴージュースならぬファミマのミルクティーフラッペを堪能しつつ、
せめてイメージの中で優雅な南の島旅行を楽しもうっと。

みゆ

ーーー

みゆさま

毎日、がんばってますね!
一人でいるときのトラブル対処は、お手上げですもんね・・・。

せっかく、自分なりに適度にくつろぎながら課題に取り組もうと
自分をいたわる方法を見つけたのに。

日々、残念なことも、笑い飛ばして、偉いね!

それにしても、大学のサポートセンターの職員さんも
一緒にがんばってくれてますね!

それがわかるが故に、みゆも手抜きもできずに、
真面目に取り組んでいますが、
まあ、完璧は目指さずにね・・・

今日のブログに
「ワイングラス」が登場して、「飲めないくせに!」って思ったら、
ちゃんと中身がマンゴージュースだったところが、

最後まで話を聴かずに、早合点した自分を反省。
そして、イメージ、しっかりできてるね!!

氷も家で作った氷じゃなくて、
透明感のあるロックアイスな感じが浮かんで、
ゆゆもくつろぎました!

アホっぽいけど、家でフラダンスをするみたいに
ゆらゆら体をゆさぶったり、手を上にあげたりして踊っていたら、
きっと体の血の巡りもよくなって、リラックスできると思うよ。

イメージだけじゃなくて、実際に踊ってみるというのはいいかも。

車椅子の女の子でも、心はバレリーナでいたら、
車椅子に乗りながらのしぐさもバレリーナのように優雅だった、って話もあるよ。

心の中にどんなイメージを持っているかで、
振る舞いも変わってくるのかもしれないと思いました。

だからこそ、ゆゆも、心してイメージを活用しないと・・・と思うんですが、
子供の頃から「気さくなおばちゃん」になりたかったのが災いして・・・

すっかりイメージ通り?!
ゆゆも心の中に、バレリーナを住まわせたいものです。

では。

ゆゆ

ーーー

みゆより055.gif

私も、家にだれもいないときは1人で歌いながら踊ったりしているんです。

最近はあついので、エグザイルのチューチュートレインとか、
東方神起のサマードリームとか。

で、そうすると、聞こえなくても気分があがったりして、
その楽しい雰囲気が行動や表情にも現れ、
それがまわりにも伝染したりしますもんね。

私はずっとCAになりたかったのですが、
でも心にはすっとぼけた犬を買っているんです。

だけど、その犬も嫌いではないし、おもしろいから、
ま、いいか!と、仲よく遊ぶことにしています。

ーーー

なんと! 想定外に、激しいダンスを踊っているじゃないですか?!

みゆを先頭に一列に並んでチューチュートレインの振り付けをみんなでしたら、
面白いかも。思わず、その映像を頭に浮かべて、楽しんでしまいました。

心に犬を飼って遊ぶのはいいけど、
オフィシャルな場面では、CAさんになったつもりでいたら、
振る舞いがとても丁寧で素敵になるかも・・・。

いつも上品な笑顔で首にはキリッと(リードじゃなく)スカーフを結んで、
お会いする方に丁寧におもてなしするサービス精神で接したら、
とっても素敵。背筋もピンとしてね。

・・・でも、みゆは頭にティアラを飾った王女さまが
やっぱりお似合いかもなあ。(←態度が?!)

ゆゆ
by mi-yu-yu | 2016-06-28 21:34 | 日々のこと | Comments(0)

からころ(43号)

ゆゆさんへ

以前お受けしたインタビュー取材の記事が掲載された
医療冊子が発行され、私にも数冊届けてくださいました!

“からころ(43号)”という冊子で、かわいい表紙が特徴。
病院や薬局にフリー冊子としておかれているようです。
(http://www.deco-net.com/)

数冊いただいたので、今日は大学でお世話になっている方々に配ってきました。

もちろん、ゆゆさんの分も保管してありますが、病院ですぐに手に入るのかも…?!

インタビュー取材をしていただいたのは大学の帰りだったのですが、
編集の方は30代くらいのステキなお姉さまといった感じで、
おまけに大学は違いますが、“フランス文学科卒”という共通点があったので、
なんだか少し趣味が似ているような気さえしてしまいました。(ごめんなさい)

取材とはいえ、自分の知らない世界で生きる方たちを知ることは、
貴重な経験であり、楽しい時間でした!

みゆ

ーーー

みゆさま055.gif

取材があったのは、いつ頃でしたっけ?

編集の方があまりに素敵すぎて、落ち込んでいたようですが、
もうすっかり立ち直ってるね!

路線は違うけど、みゆも誰にもマネできないお仕事をして
素敵なキャリアウーマンだから、がんばれ!!

7月は大忙しのご様子ですしね。

上記アドレスにリンク貼ろうと思いましたが、
↓こっちの方が「からころ」にたどり着きます。
http://karacoro.net

ゆゆ

ーーー

みゆより

立ち直ったんですかね。
でも、私は防衛規制しまくりで、やっと生きているのだろうからなあ…

ーーー

お疲れ様。防衛機制さんたちが頑張ってるんですね。
防衛機制は、みゆの心の「防衛軍」ですからね!

ゆゆもみゆの心の防衛軍を応援して、脳をだますお手伝い頑張ってます!
遊び心がないと、やってらんないよね。まったく。

でもいつか、ほんとのキャリアウーマンに?! 
「君ならやれる!」
(↑ by マラソンの小出監督が金メダルの高橋Qちゃんに言った言葉を贈ります)

ゆゆ
by mi-yu-yu | 2016-06-27 17:44 | miyu | Comments(1)

戸越銀座商店街

ゆゆさんへ

昨日は、日中なんとか晴れましたね!
雨だったら中止しようとも考えていましたが、

蒸し暑さの中に時折吹く、ほどよい風が気持ちよかったので、
(車イスを押してくれたカピバラさんは汗だくになっていたみたいですが)
戸越銀座商店街まで遊びに行ってきましたー!

戸越銀座って、いつも私の両親が毎週のように買いだしにいっていて、
うわさには聞いていたのですが、昨日、私も初めて行ってみました!

戸越銀座は、アーケードや屋根はないんですが、
いろいろなお店があって、手作りのからあげやコロッケ、
メロンパン、ドーナツ等を買い食いしながら歩けるんです。

まるで、中学時代の修学旅行で行った、
鎌倉の小町通を私に思わせます。

それで、初めて行った昨日、そこで
私たちは整体だか、マッサージのお店を発見。

なんと、「本日半額です!」とのことで、
安さに感動して足ツボマッサージをしてもらいました。

しかし、「気持ちいい」というより、ここでも飛び上がりそうなくらい
「痛い-!」

リンパの流れや血の流れが滞っているため、
私は痛くて汗をかいてしまうほどでした。

しかも、足ツボをしながら、ずっとカピバラさんが
横でゆび点字をしてくれていて、

施術中もずっと店員さんとお話しながらだったのですが、
足ツボがあまりにいたいと、ゆび点字も読み取れなくなって、
まいりました。

でも、足ツボをしてもらったあとは、
「全身のリンパの流れを刺激したので、さらに運動するとより効果的」
ということで、車イスにカピバラさんが乗ってもらって
私が押しながら、少し歩いてきました。

その後に入ったアイルランド料理のお店では、
店長さんが2メートルくらい身長のあるアイルランドの方で驚いたのですが、

料理を出したり、お皿を洗いながらも口笛を吹いて楽しそうで、
とてもおおらかな方で、親切にしていただいたこちらも、
とても楽しい気分にさせてもらいました!

それで、そんなこんなで、お店でまったりしていると…。
肩をポンポンとたたかれたので、「ん?!」と思うと、
なんと、戸越銀座のトラだかネコのゆるキャラ?でした!

一緒に写真もとってもらい、よくわからないけれどおもしろかったです。
戸越銀座では、夕方になると設置されたテーブルに坐って、
外でビールを飲みながら、からあげやかき氷を食べている方の姿も多くなりました。

これからもっと暑くなるにつれて、夕涼みしにくる人たちも、もっと増えるんでしょうね。
私も、今度はかき氷を食べに行きたいです!

みゆ

ーーー

みゆさま

カピバラさんと、戸越銀座に修学旅行・・・
楽しそうですね!

昨夜は執念のブログお疲れさまでした。
ゆゆはとっくに寝ちゃってましたー。

そんなに頑張らなくても、みゆの情熱は伝わってるよ・・・
(↑ あきれてる)

昼に修正版が届いた時は、ゆゆはなんと!

網戸をドライバーではずして、網戸と窓のお掃除を
本格的にやっていて、手が真っ黒だったので

終了して、ゆっくりお風呂に入ってから書いてます!
お待たせしてごめんなさい。

網戸の取り外し、本格掃除をしながら・・・
「ちょっと誰かが支えてくれてるといいんだけどなあ・・・

家具を組み立てたりするのも自分だし、
私って、ほんとに女一人たくましく自立しちゃってるよー」

・・・と思ったのですが、
「自分でふと思い立った時に、網戸をはずして掃除ができる」
という幸せに感謝だなあ、と思い直しました。

だって、網戸の汚れが気になって、その瞬間に行動を開始できたのも、
上の方にあるネジをはずせたのも、目が見えて、手が動くからだもんね。

みゆなんて、ブログすら、がんばって書いても「待て!」って
待ちぼうけくらってるもんね。お待たせいたしました。

おかげで、窓も網戸もすっきりキレイ。
これから夏本番。ゆゆのおうちは風通りがすごくよくて、
夜も窓を開けて寝られます!

これがとっても気持ちいいんですよねー。
どうぞ、遊びにいらしてください。

ゆゆ

ーーー

みゆより055.gif

そうですよねー。
障害をもってみると、やりたくたって、すぐにはできないことや
あきらめざるをえないこともいっぱいあると思います。

でも、まあそれも、いろんなことができるというのは、
与えられているコップが大きいということで、

そのコップをいっぱいにして、ノブレス・オブリージュじゃないですけれど、
社会に還元することも多くなるのだろうから、
障害者とは違った大変さがありますよね。

ゆゆさんも、ブログ支援やその他もろもろをしてくださっていて、
いろんな大変さを抱えてくださり、本当にありがたいなと思います。

私は今日は大学の授業でデータ化してくださった資料など大量にあるので
アップアップしています!
ストレスたまるし、ほんと、あんまりまじめに取り組むと、つぶれそうです!

ーーー

みゆへ

ほんと、いいこと言うねー。

ゆゆは昨日、みゆのブログはお休み?だったけど、
半日くらいかけて、メールで

その、「ノブレス・オブリージュ」みたいな活動?を
迷いながらもやったよー。

みゆのブログに返事書いてるみたいだなあ・・・と思っていました!!

神さまが滅多にない場所に私を置いて、
その経験と知恵を求める人がいるならば、

やっぱりそこに置かれた意味ある経験を自分だけのものとしないで、
困っている人に還元していかないといけないよね。

私もいろんなことができる間は、できることに感謝して
ちゃんと他の人にも還元していかないとね。

そして、みゆも、そういう活動してるじゃない?!

みゆは「ノブレス・オブリージュ」の先払い?で、
余る前から差し出してるから、きっと素晴らしいことがありますよ。

では、勉強も楽しんでやってくださいませ。

ゆゆ
by mi-yu-yu | 2016-06-26 15:40 | 日々のこと | Comments(0)

今の不安

ゆゆさんへ

私、7月の中旬あたりに他大学のゲスト講師が2週続けてあるのですが、
サポートをしてもらってその資料もつくっているんです。

それで、声が聞きにくいかもしれないから、
通訳・介助の方には復唱してもらおうと、

話す内容の原稿もつくり、時間ができたときにはイメトレもしているんですが、

私ごときが「他大学に行くなんて?!しかもゲスト講師なんて!?」と思います。

でも、あちらの大学とのメールのやりとりでも、
サポートしてくださるあちらの「障害学生支援室」の方々はとてもよくしてくださっているんです。

それでも、初めての経験に、当日が不安で逃げ出したいくらいな私。
まるで復学したころのような、新天地に対する不安というか…。

でもそうしたら、また別の知人の先生が「不安に思っていること」を
そこの教授に伝えてくださったらしく、
そこの教授まで、わざわざ私にメールをくださいました。

そこには、「Less is more.という言葉もありますが、
多くの言葉を伝えるのではなく,むしろ情報量を減らして
多くを感じてもらえばいいのです」というようなことが書かれていました。

発展途上の私には、そんなやさしいお心づかいがとても心にしみました。
当日の不安は決して消えませんが、ちょっと心が軽くなったような、
そんな気がした出来事でした。

不安だけど、きっと大丈夫だと信じることにします。

みゆ

ーーー

みゆさま

だいじょうぶ、だいじょうぶ!
誰もみゆに難しい話や、正しい話を求めていないんだから。

盲ろうの感性で受け止めている社会をお伝えすることは、
当事者しかできない貴重なお話です。

・・・そもそも、盲ろうについて知って感じてもらうのに、
「正しい」とか「間違ってる」とか

「エビデンス(根拠)」ってないです。
(↑ エビデンスという言葉に日々悩まされているゆゆ)

たとえ時間が余ったって、みんなの知らない世界だから
質問に答えていたら、あっという間に時間が経ってしまいます。

あーあ、ゆゆも聴きに行きたいなあ・・・。

ゆゆ

ーーー

みゆより

ゆゆさんがいたら心強いのかもしれませんが、
「ゆゆさんにも見られてる!」と思ったら、余計に緊張しそうだなあ…。

ーーー

見ているゆゆの方が緊張したりして?!
やっぱり、お互いのために今回もやめたほうがいいのか・・・

初、みゆさま講演を聞くのはいつの日か・・・
健闘をお祈りいたします。

ゆゆ
by mi-yu-yu | 2016-06-24 23:45 | Comments(0)

障害者と介護

ゆゆさんへ

はやいもので6月も下旬ですね。
今日も蒸し暑いです!

ところで、私は乙武さんのスキャンダルについて、
ずっと関心を持っているのですが、

昨日出た記事で、そこにコメントされていた専門家の指摘が印象に残りました。

そこには、「彼がどこでだれとどのような時間を過ごしても、
介護の必要性は変わらない」とあり、

それを「同居している家族がいるなら家族に、
ボランティアがいるならボランティアにやってもらえばいい」
と考える日本の制度の問題を指摘していました。

たしかに、私も「同居している家族がいる」という理由と、
「医療的ケアがない」という理由でヘルパーさんを一切お願いすることはできません。

家事援助で、「盲ろうに対する判定がない」が
「すべて自立(食事もトイレも自分でできる)」なので
何の公的な援助がないわけです。

実際には、例えば食事だけでも配慮が必要だし、
置いてあるものを説明してもらうことも必要だし、
私は自分で用意できないので、
「自立(している)」と言えるのかな?と思いますが。

そうなると、同居している人は全く休むことができないので、
何とか考えてもらえないかとお願いしてみましたが、

「では、週に一回お風呂に入るのを30分だけ見守ります」
(手伝いではなくて、あくまで見守り)という、
私には不必要な回答だったのです。
だから結局、何も使えずにいます。

乙武さんも、「自宅で謹慎して家族の絆を取り戻す」つもりが、
結局は障害ゆえに、物理的な奥さんの負担を増すだけだったかもしれません。

それで障害をもった当事者は「大切な人たちに負担をかけないように」と、
制度を使って1人暮らしを頑張ろうとするというのもあるんじゃないかな?
と私は思いますが、実際はどうなのでしょうか。

でも結局それは、当事者のさらなる大変さを誘発し、
人との心のふれあいの機会を奪ってしまうことにもなるんじゃないかなあ。

障害者が1人暮らしをしても、だれかと生活しても、
同じように支援があったらいいのになーと思いました。

日本はすごく柔軟に支えあって、すごい国だなーと思うのですが、
まわりにかけることになる物理的な負担を考えると、

介護者の大変さ、介護をすることで収入を得られなくなること、を
もうちょっと考慮してもらったほうがいいかもしれないなあと思います。

みゆ

ーーー

みゆさま

今日も、難しいお題・・・もらってすぐに軽はずみにお返事できないけど、
日本では、まだまだ家族の責任、家族の負担、
家族制度に頼っていることが多いですよね。

一方、血縁家族じゃないと、どんなに身近でも責任果たさせてもらえないこともある。

ゆゆなんて、将来、家族がいないから、どうするんだー?!と思いますが。

でも、家族だってあてにできないことだって、実際にはたくさんあるんだから、
他人と助け合える関係を今から作れるようになっておこう!!と

若い時から、違う意味での覚悟をしていますけど、
実際、そういう視点で社会を見てみると、

そうは言っても「家族」のしがらみ?は大きいなあ・・・

そして、ちょっとしたことでも、頼みごとにはお金がかかるとなると
すごくお金がかかるなあ・・・

だから、「家族円満」が一番、コストがかからず、融通も利くのだけど、
あまりにも家族の負担が重くなると、「円満」を維持するのも困難。

そういう意味では病気や障害を抱えるということは、
「本人のみならず、家族も一緒に大変だ」という認識が一般的になって、

家族が疲労を溜めすぎて、精神的に支えあえなくなるのを予防するための
介護の支援も充実してくるといいのですが。

介護をする側の疲労や不満、介護を受ける側の遠慮や不満、
そういうものが積み重ならずに円満ならば、

精神的には、お互いに支え合える関係だって十分、持てますから。

病気でも、寝たきりでも「生きていてほしい」と思う家族はたくさんいても、
介護があんまりしんどくなると「いつまで?」と思ってしまうのも人情。

介護が必要な人の本当のニーズがわかるのも身近な人(家族?)だし、
家族は精神的な核として本人のニーズを伝えたり、
全体のマネージメント、管理をしてくれるだけでも
重要な存在だなーといつも思うのですが、

実際、それ以前に、のしかかる介護が、
その核の部分までできなくしてしまうことがあると思います。

今は、介護離職なんていうのも社会問題になってきているから、
これからは少し、改善されていくといいですね。

あとね・・・人間だれしも弱さや未熟さを持っているのに、
障害があるからって、善人であったり、前向きさを求められたりするのも
ある意味「人間性」を否定されているんじゃないか?と思ったりします。

ゆゆなんて、しょっちゅう、自分のことも、他人のことも
「人間だもの・・・」とがっくりしながらも許して?いるのに

障害を持った人だって「人間だもの・・・」
(乙武さんのことは置いておいて)

人間らしい?欲が勝って、過ちをおかすかもしれないし、
あやまちを犯してからはじめて気づくこともあるかもしれない。

まして状況もしらない他人がどうこう言っても仕方がないし、
自分の失った信頼や傷つけた相手の側にも思いを馳せて、

信頼を取り戻し、相手が癒されるために自分が立ち直っていくことも、
人間の課題なのかもしれないな・・・

なんて時々思います。
死だって美化されるけど、「人間だもの・・・」って思うことが
その(当事者も含め)周辺にはたくさんありますよ。

心のしこりは、悲しみばかりじゃないんだよなあ・・・

「人間だもの」まさに名言??
ゆゆも人間、みゆも人間。さて、どんな人間になりましょう。

ゆゆ

ーーー

みゆより055.gif

私は怒ったり泣いたり笑ったり、等身大の人間らしい自分でいたいなー。
虚像なつくられた自分は、とってもつかれると思います。
私は常にデレすけだなあ。

ーーー
そうそう! 障害を負っても、シュンとなんてしていなくて
「貪欲」なみゆをたくましいと思って応援しています!

そして、怒ったり泣いたり、笑ったりね!!

ゆゆ
by mi-yu-yu | 2016-06-23 22:12 | 盲ろう | Comments(1)

運動イメージ

ゆゆさんへ055.gif

こんばんわ!
私、もうろうになってから、ゆび点字や点字を読むのに、
同じ姿勢でいることが多いんです。

だから、すごく肩がこるんですけど、休憩しようと思っても、
デイジー(音声読み上げ)で私は本や大学の資料を読むことはできないので、
なんとか点字やゆび点字から離れようと思うと、マッサージに行ったりもします。

最近見つけたお店では、店員さんに手がきをしてもらったり、
車イスを押してもらったりしているのですが、
そこのお店ではストレッチもしてくれるんです。

私はもう、身体がカチカチになってきて、
筋をのばしてもらっても気持ちいいというより、痛い!

あまりに自分の身体がボロボロになる一方なので、
危機感を感じています。

目や耳を使わないでも、外界を感じられる
ウォーキングやマラソンが好きなもうろう者も多いですが、
車イス利用だとそれも難しい。

だから私はよく歩いた道の景色を想像しながら、
室内を歩きまわって、実際にそこを歩いているイメージで楽しんでいたりします。

よく歩いた栃木の小学校までの田んぼ道。
大好きだった、千葉県・柏の賑やかな交差点。

イメージでどこへでも行けるというのが
盲ろう者の自由な点かもしれませんねー!

みゆ

ーーー

みゆへ055.gif

病気や障害で運動の機会がもちにくいというのは、
結構、深刻な二次障害のような・・・

家の中で瞑想しながら、ストレッチをしたりするのはどうですか?

瞑想しながら、しっかり自分自身の「今」の感覚に気持ちを向けて
肩の緊張や体の緊張を感じながら

それが温かくなったり、緊張を緩めたりするイメージをすると
少しは効果があると思うのですが・・・

あと、筋肉がここちよく伸びている感じを味わいながら、
手を上に上げて伸びをするとか、少し意識して
動かずにできることをやるといいかもね。

昔、肩をぐーっと上げて、ストンと力を抜いて落として、
その肩の感覚をしっかり味わってみるとかやったじゃない!

あと、運動しているところを実際にイメージして、
イメージの中でトレーニングするだけで、
その筋肉を司る脳が反応しているという実験もみたことがあるので

イメージの中でジョギングしたり、ソファに座りながらも
腕だけでもジョギングしているみたいに振りながらやったら?

今、試しに目をつぶって、軽くジョギングするみたいに
手を振ってみたら、肩の緊張が緩む感じがしましたよ!!

その時に、腕の振りで体を流れる血も揺さぶられて
全身の血の巡りがよくなっているところをイメージしたりしてごらん。

瞑想やイメージ、あなどるなかれ!!です。

そうそう、マッサージに行って揉んでもらった感覚とかも覚えておいて、
一人でもその揉んでもらっている感覚をイメージしたら、
結構気持ちがいいですよ!!

凝っているところにしっかり指が入って、
周りの固まった筋肉たちも緩んでいくイメージとかね。

それで顔の筋肉も一緒にじわーっと緩んで
まぶたや顎がゆったりしている感じとか
イメージで再現してみてね!なれたらできるはず!!

ゆゆ

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みゆより055.gif

以前ゆゆさんに、ベッドに寝ている自分の重みを感じることで重力を感じたり、
イメージを使ってお風呂にしずんで、
実際にも身体がポカポカになったりすることを教えてもらいましたよね。

実際、雑念をおいやって、どれだけ感覚を研ぎ済ませられるかじゃないかな、と感じました。

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ノンノン、雑念をおいやるんじゃなくて
体の感覚に集中して、今ここの感覚に気持ちを向けることで、
雑念がおいやられるんですよー。

それで、実際に、自分でリラックスした状態を作り出すことができるんです。

つい先日、ストレス対策のテレビ番組で
普段ゆゆがやっているようなことが取り上げられてました!

ばかにしないで、自分のものとしてください。
ゆゆはそれですごく人生のクオリティが上がったと思っています。

健康維持にもイメージをものすごく活用しています。
では、寝るときもリラクセーションして、心地よい眠りといい夢を!

おやすみなさい。
あ、明日はホントにやすみだ! わーい。

(仕事は好きだけど休みも好きな)
ゆゆより
by mi-yu-yu | 2016-06-22 22:50 | 盲ろう | Comments(0)

盲ろう者友の会

ゆゆさんへ055.gif

昨日は友の会の総会に参加してきました。
私はカピバラさんの家から行ったのですが、
朝からいろいろとハプニングつづきで、総会に遅刻しそうになり、
駅まで送ってくれたカピバラさん共々、会場に到着する前からヘトヘトでした。

それはそうと、総会では委任状も含めて、
80人以上の会員が参加されます。

それで最初に受付をしてから会場に入るのですが、
受付ではまず資料等のセットを渡されるんです。

それを持ってテーブル席につくんですが、
そのいただいた資料セットの中に、1枚うちわが入っているんです。
これ、なにに使うと思います??

私、もうろうになって総会に初参加したころは、
「暑いから、扇ぐためのうちわが入っているなんて、
気がきくなぁ」なんて思ったものでした。

実際は、「議案に賛成ならこのうちわをあげて」
事務局の方が賛成者の数をかぞえるためのものなんです。

話はそれますが、理事選挙の時には、自宅に郵便で、
理事立候補者の名前が1枚ずつ明記された点字の紙が送られてきて、
投票したい人の名前の明記された紙だけ送り返すという、
なんとも工夫をこらしたやり方で選挙をされていました。

2年前、始めて知った私にはビックリ仰天!でした。
それにしても、総会のあとに打ち上げをしたお店で、
今日も親切な方に出会いました。

その男性はカフェの店内で「奥の方がいいですよね」と
私に席をゆずってくださり、おまけにふきんを持ってきて、
テーブルをキレイにふいて、さっそうといなくなられたそうでした。
なんだか申し訳ないなあ…

みゆ

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みゆさま055.gif

昨夜、みゆのそばで

小さな小さな水滴のような、
一滴の「優しい行動」を実行した人がいて、

それにきちんと反応したみゆやお仲間がいて(水面があって)、
優しさの水紋の輪が広がっていったんだなあ・・・

と昨夜、みゆの周囲に温かく優しい心の輪(水紋)が
広がっていった様子を想像してしまいました。

みんなその一滴の重要性と
それにきちんと反応するのことの重要性に
気づいていないけれど、

それこそが、世界に優しい心を広げる
大事な一歩、一点なんだと思います。

だから、
申し訳ないというよりも、

「素敵なかただなあ!!」とありがたく、
相手のお気持ちを受け取ったら
相手の方も本望なのでは?

人の優しい心遣いに触れた時、当事者も嬉しいだろうけど、
それで気持ち良く受け取ってもらえて温かい空気が流れたら、

自分にできることを考えて実行した人も嬉しいだけでなく、
それを見ていた人たちもとても幸せな気分になるんです。

それが人間の相互作用だったり、化学反応だったり、
人と人との間にある力をいい意味で発現させていくんでしょうね!

総会、お疲れ様でした。

ゆゆ

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みゆより055.gif

そうですよね、大河ももとはといえば一滴の水から。
それに、昔のフランスの哲学者は
「幸せになることは人間の義務である」と言ったそうです。

これは、1人幸せな人がいたらまわりにも
幸せが伝染して幸せな気分になり、

1人悲しんでいる人がいたら
まわりにもしずんだ空気が伝染してしまう、
という意味だそうですが、

親切な行動をしていただいたときにも言えることで、
やさしさは素直に受け取ったほうが、
みんなに笑顔が伝染するのかもしれないな、と思いました。
by mi-yu-yu | 2016-06-20 21:12 | 盲ろう | Comments(1)

キャリアウーマンに

ゆゆさんへ

あつくてヘロヘロです…。
でもそんな中で、今年は
いただいている他大学でのゲスト講師が3つあるので、
ヘロヘロですが、その準備をしています。

それぞれ「もうろうという障害と支援」、
「もうろう者の日常生活とニーズ」、
「もうろう者の心理」などについてですが、

あーあ…私でいいのか??と思うんですよね。
それに講演旅行もいくつかあるのですが、
私のもうろうキャリアは5年だぞー!と。

私の強みはやはり「健常からもうろうになった当事者」
「健常目線でわかりやすく語れるもうろう」になる気がしますが、

もともとたいして話上手ではないので、
全然役にたっていないような気がします。。。

でもそれが友の会の広報活動にもなるのだろうし、
私が神様に与えられている使命なのだとも思います…。
でも、使命って、-命を使うこと-ですよね。

ただ生きているだけでも使命を果たしているのだと思いますが、
与えられている絵の具でさらに美しい絵を描くための
プラスアルファ活動ですね。

もう、この場所で、「キャリアウーマン」を目指そうかな!
(なんちゃって)

みゆ

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みゆさま

3つの大学で講義なんて、
ゆゆよりよっぽどキャリアウーマンですよ!

身体はって全力で盲ろう研究に没頭する日々だから
キャリア5年でもその辺の研究者には負けない
もうろう研究の第1人者です!

何事も全力で集中するって強いよね。悲しいかな
ゆゆは器用貧乏で、これっていう強みがありません。

きっとその強みが個性的な人生の絵に仕上げるのでしょう。

ゆゆ

by mi-yu-yu | 2016-06-19 08:11 | 盲ろう | Comments(1)
ゆゆさんへ

今日はフランスから来日されている、
映画「マリーとマルグリット」の監督さんご夫婦や、
お世話になっている他大学の先生がた、
日英通訳をしてくださった方、
私の母校の職員さんなど、
総勢10人くらいでお話ししてきました。

フランスから来日されている先生は、
おもに先天性もうろう児の教育をされています。

私は先天性もうろう児の教育については
ほとんどわからないので、話を聞けて、

自分の知らないことを知ることができ、
とてもありがたい経験でした。

私は質問しました。
先天性もうろう児の教育で、
「どうやって時間という概念や感覚を教えるのか」。

フランスのもうろう児教育の先生によると、
「まず、教室の壁にカレンダーのような物を張るんです。
それで、月曜から日曜までのらんの手触りを変えておくんです。

そして毎週月曜はプールに行き、火曜は洞穴探検に行き、
水曜はお買い物に行く、
そういった曜日ごとにスケジュールを決めて、繰り返すんです。

こうすることで1週間の感覚をだいたい学べます。
もっと長い時間の経過を教えるためには、
そのカレンダーで1週間が終わったら教室のかべに紙を1枚張っていく。

これを続けて、1年がたったころに子供たちに壁をさわらせ、
こんなに紙が張られている!ということで、時間の経過を教えていくんです」
(私の記憶なので、先生のおっしゃったことと違うかもしれませんが、ご容赦ください)

他にも、「人が成長していくこと、
身体の大きさが変化していくこと」を教えるために、

先生がたがご自分の小さな赤ちゃんをつれてきて、
子供たちが触った感覚や服の大きさで教えるのだとか。

他にも、「感情の概念の教え方は?」、
「寄宿学校には何歳までいられるのか?」、
「卒業したあと、もうろう者はどのように生きていくのか?」、

「フランスのもうろう支援の状況は?」など質問させていただきました。
先生は快く私に教えてくださいました。

大学の授業開始のギリギリまでねばり、
まだまだお聞きしたいこともありましたが、

あっという間に2時間はすぎ、
授業に行かなければならない時間になってしまいタイムアップでした。

だけど本当にもうろうって大変だと思ったし、
目や耳が聞こえて自然に身についてしまうことは、
どれほどありがたいことなのかということを感じます。

できることが当たり前なのではなく、
できることに感謝しないといけないなー、と思います。

私も、かた言でしたがフランス語であいさつしたら、
伝わったのかよくわからないけれど喜んでくださっていたようなので、
フランス語を学んでいたことも多少意味があったのかなーとうれしくなりました!

みゆ

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みゆさま055.gif

有意義な1日を過ごされたんですね。
おかげで、ゆゆも勉強になりました。

病院にいた時は、
「世界で一番大変で一番不幸・・・」くらいの気持ちだったのに

外に出てみたら、大変な人がいっぱいで、
みゆも更なる衝撃と、成長の日々ですね・・・

不幸自慢大会、大変さ自慢大会でトップを目指しても
仕方がないけど、実際に大変な中で、そこから脱却して

自分がこれまでに身につけられたことやできることに
目を向けて感謝できるようにまでなったということは
素晴らしい成長だと思います。

この世に生を受けて「どれだけ魂が成長できたかが肝心」
という観点からみると、

みゆは大変な試練を乗り越えようと、日々前向きに取り組んで
飛躍的な成長をしていると思うので

今世で、すごい成果を手に入れているのではないかと感じます。
苦労が足りないゆゆは亀の歩みでも成長できているかなあ・・・

でも、みゆのおかげでいい刺激をいただいています。
それぞれに与えられた環境の中で、魂を磨いていきましょう。

ゆゆ

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みゆより

同じ日本にいても、見ている部分によって
世界の見え方は大きく変わりますよね。

それを今まで知ることのなかった私は、
はたして幸せだったのか、はたまた不幸だったのか?
少し疑問にも感じました。

でも、今の自分であっても、まだまだ知らないことは山ほどあり、
なんだか恥ずかしくもなりますが…、

でもいろんなことを知る機会をいただけることは、
なによりもありがたいことなのだと思います。
by mi-yu-yu | 2016-06-17 22:41 | 盲ろう | Comments(1)