大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ

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ごみゼロの日

ゆゆさんへ

今日は5月30日ゴミ0の日ですね。
(カピバラさんのお誕生日!)

でも、あいにく「朝から雨だ」と母に聞きました。
私は窓から外の天気を見ても、見えないのでわかりません。

「雨ふってるよー」と言われても、
「はて、どのくらい降ってるんですかねー?」
想像がつきません。

今日は大学なので、タクシーを呼んだほうがいいレベルなのか?

それとも、これから梅雨なので、タクシーの利用券を節約するため、
小雨ならレインコートを着て歩きで通学をお願いする程度なのか。
そのあたりの判断が難しいんですよ。

だから私は、まず「雨、10ぶんのいくつ(分数)くらい降ってる?」と尋ねます。
10ぶんの10とか9とかは台風並みの土砂降り、1とか2なら小雨程度。

これは入院してた頃、「痛みの具合は10ぶんのいくつ?」
なんてよく聞かれたので、真似しています。

それから、ちょっと外に出てみて、雨の降り具合を自分の体で体感してみます。

今日は行きも帰りもたまにポツっとくるくらいで、
ほとんど降っていないと私は思いました。

しかし、車イスを押してくださる行き帰り1人ずつの通訳のお2人には、
「ふってるでしょー」と言われてしまいました。
私はあまり気にならないけど、お2人には「降っている」レベルだったようですね。

でも、そんな微妙な雨の日の通学の道中で、
私は雨らしい、ちょっと重たいにおいを感じながら、

車イスに坐る自分のひざの上にブレイルセンス(点字のミニパソコン?)を置いて、
キーの部分が濡れないように、上にハンドタオルをかぶせて、

タオルの下で点字を読みながら読書をしたり、
原稿を書きながら20分くらいの道を進んでいます。

タクシーだとワンメーター、五分くらいで着いてしまいますが、
大学までの道中に外の空気を感じながらそうやって準備をしたり、
何げない周りの様子を教えてもらうのも楽しみなんです。

思い立ったり、通訳さんに肩をトントンとされたら、
右肩のあたりに私の左手をさしだせば、
通訳者が手がき文字で話かけてくれたり、
まわりの状況を伝えてくださいます。

通訳さんには、無理言って雨の中歩いてもらって申し訳ないけど、
「どうするー?」と私の判断に任せてくださるのでありがたいなぁと思います。

今日もこんなお天気ですが、授業を受けて
考えさせられたり、いろんな方とお話できたり、

独力ではないけれど自分が行きたい場所にいけて、
人とコミュニケーションできて、ありふれているようで

実はとってもありがたみを感じるべき幸せを、
今日も感じてくることができました!

みゆ

ーーー
カピバラさん、ハッピバースデー!!

みゆさんへ

ゴミの日なんて失礼な。しかし、はじめて知りました。
これも誕生日を覚えるいいゴロ合わせですね?!
5・3(ゴミ)0の日

あー、ゆゆまで、カピバラさんの誕生日を覚えてしまいそう。。。

忘れられなくて、毎年5月30日の「ごみゼロの日」は、
「今日はカピバラさんの誕生日だー」と心の中で祝ってしまいそう。

話は違うけど、ゴミからの連想。

以前このブログでも書いた、大学時代の
「単位が欲しいだけの人は単位はあげるから来ないで」という授業は

精神分析学の講義だったのですが、
先生の言うことも授業の内容も興味深いものでした。

出席している人は少ないけれど、聞きたい人だけなので

その先生が、小声でつぶやくように話す言葉を、
みんな、一言も聞き漏らすまいと、

紙をめくるカサリという音も立てずに、
しーんと聞き入っていましたが

その先生が、精神分析の仕事っていうのは
「(心の?)ゴミとゴミではないものを選り分ける作業です」と
おしゃっていました。

人はどーでもいいことで悩んでいたりもするけれど、
その人にとって、(←自分では気づいていない)
「どーでもいいこと」と「本当は大切な事」を選り分けるお手伝いをする
っていうようなことを言っていました。

なんか、いつも結婚指輪をいじりながら話す
その朴訥(ぼくとつ)とした話ぶりまで思い出しちゃったなー。

一方で、アメリカ人のカウンセリングの先生は、遅刻したら授業に入れない、
3回休んだら(要するに遅刻も含む)単位をくれない、というとても厳しい姿勢で、

日本的なのとアメリカ的なのがごっちゃな大学でしたが。

ゴミは0じゃなくてもいいけど、
みゆも勉強してみることで、ゴミの山から
宝物を見つけられるようになるといいよね!

ゆゆは、精神のゴミとゴミではないものを選り分ける作業の話ではないけど、
そういえば福祉の仕事をしていた時に、

どうにもできない大変なことや切ないことも多かったけど、
その中に、一瞬のダイヤモンドのような人との出会いがあるから
やめられないんだよなーと思ったことはありましたね。

人はやっぱり、ウチにも外にも、
たくさんのゴミとほんのちょっとの宝物を抱えていて、

そのほんのちょっとの喜びや宝物に出会う事で、
その他の大変さが忘れられたり、また頑張ろうと思えたりするのかも。

530の日で、話がすっかり脇にそれたような・・・

雨の通学おつかれさまでした!!
(通訳介助者の方々も雨の通学介助おつかれさまでした!)

今日、みゆのメールで、はじめて知ったことは、
通学途上に、車椅子を押してもらいながら、ブレイルセンスで、
本を読んだりしていたということ。

まるで、通学電車に揺られながら、本を読んでいるようではないですか。
学びの刺激で得た宝物で心も満たされますように。

ゆゆ

ーーー

みゆより

私がカピバラさんの誕生日を覚えられずにいたころ、
カピバラさんは“おれの心の中はごみゼロなんだよー!”
と言って教えてくれて、それから私の記憶にもしっかりと刻まれてしまいました(笑)

それにしても、心の中のごみと、ごみでない大切なものを分ける作業かー。
意識する間もない、見落としがちな心の働きも多いけど、
とっても大切なことですよね。

それがちょっとわかるようになって、人間の行動っておもしろいなーと思いました!

ーーー

カピバラさんの心はごみゼロなんだー。
すごいなあ・・・その優しさはどこから?と思っていたけど、
そもそも、ゴミがなかったんだー。美しい心だな。

ゆゆの心はゴミだらけ・・・ごみに埋もれているよ!
心の中も、断捨離、ごみ清掃しなくては。

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2016-05-30 23:59 | 日々のこと | Comments(0)
ゆゆさんへ

こんばんわ!
昨日はカピバラさん家の近くの神社で、
屋台は出ないけど小さなお祭りがありました。

そして今日も、そこの神社から私のマンションの下の道を
子供みこしが通り過ぎていきました。

タイコや笛の音に引き寄せられた父がベランダからその様子を眺めていました。

ここらへんのどこに、そんなに子供たちが隠されているんだ?!
とも不思議ですが、もう夏がやってくるのを感じ、気分も暑くなりますねー。

また、マンションの前にはあじさいが満開で、
駅前には今年もひまわりが芽を出しているようです。
ひまわり道ができるのは楽しみです!

さてさて、昨日はもうすぐお誕生日のカピバラさんをねぎらうため?
カピバラさん希望の“手まき寿司パーティー”をしてきました!

近くのスーパーで、のりや寿司酢、お魚の好きな具材を色々と買って、いざお家へ!

私は炊いたお米をうちわでパタパタあおぐ係です。
そしてカピバラさんは懸命に?寿司酢とお米を混ぜてくれました。

そういえば私、祖父母と両親、親せきなどが集まったときは、
大人数になるので、よく手まき寿司を作ったんです。

木のたらいみたいなものに、お酢を少しかけてくっつかないようにして、
お米を盛って、ゴマと“すしのこ”を入れてまぜて。

プーンとすっぱい、いい匂いがするんですよねー!
のりもはさみで切って、パリパリに焼きました。

でも、いざカピバラさんと挑戦したところ、「あれ?なんか違うね??」
しかも、見えないプラス、右手がろくすっぽ働いてくれない私には、

“のりの上にごはんをうすくしいて、好きな具をのせて巻く”
という作業がとっても難しく思えました。

こういうのも、昔はなにげなくやっていたんだーと気づきました。

結局、私は手で具を持って、左手だけで巻いて食べましたが、
カピバラさんが作ってくれた手巻きずしの中では、
“あぶりサーモン・マヨ”がおいしかったです!

でも、これじゃだれが誕生日なんだかわからない???
ま、喜んでくれたので満足です。

みゆ

―ーー

みゆさんへ

二人で試行錯誤しながら、いろんなハンディを乗り越えての
手巻き寿司パーティー、楽しそう。

最近は、カピバラさんのお家が近くなったおかげで、
二人のペースでゆっくり楽しめる時間が増えて、
楽しみ方のバリエーションも増えたのでしょうね!

カピバラさんにとって楽しく充実した一年の幕開けでありますように!

ゆゆ


(昨日はスマホからの投稿だったので、編集がうまくいかず、
パソコンで再アップです。)
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by mi-yu-yu | 2016-05-29 22:32 | 日々のこと | Comments(2)

精神分析学

ゆゆさんへ055.gif

こんばんわ!
今日はちょっと涼しいですね…。
気圧の変化に私はグッタリしていますが。。。

ところで今、受講している大学の“精神分析学”。

これ、フロイトが始めた学問で、
私の能力が及ばないというか、難しいんです。

それで今は精神分析学の本も読み、先生が配布してくださる読み物も読み、
勉強に勉強してなんとかついていっています。

(心理学科の学生さんがあたりまえのように理解していることも、
他学科育ちの私には、畑が全然違います。
自学で基礎を補わないといけないのです…)

そんな授業なんですが、かなり役にたつ学問だと思います。

以前は、“しらゆきひめ”をテーマにして、
子供たちにむけた表のメッセージと、毒リンゴなどに象徴した、
隠された裏の意味などがあることを学んだのですが、

今はそれを応用したPBLをやっているんです。
(PBLって、プロジェクト・ベースド・ラーニングの略)

50人ほどの受講学生たちが10グループくらいにわかれて、
それぞれの持ち寄ったサブカルチャーからプロジェクトをたて、
現代社会の価値観や社会規範、その作品が隠している意味などを
話あい、まとめて、発表するんです。

そういえば、学部時代にこういうことを私もやりました。

私の場合、フランス文学科だったので、
フランスの古い映画についてだったけれど。

学んだ知識をベースに考え、まとめていく作業って、
社会に出たらあたりまえに要求されることだと思いますが、卒論でも鍛えてもらって、
なんて学生時代って恵まれているのかなーと今になって思います。

みゆ

ーーー

みゆさんへ055.gif

授業、おつかれさまでした。
今日は雨で通学が大変だろうなーと思っていましたが、

通学の時間帯は雨が上がっていた、ということで
本当に良かったです!

せっかく楽しみにしている講義でも、
雨の中、車椅子で通学するのは、本当に何かと大変だと思います。

学びたい意欲で、その時間が有意義になるように
しっかり予習までして偉いですね。

しかし、精神分析学とは・・・。
そりゃ、習ったからってわかるようになるものでもないし・・・

(心の)不思議の国の「洞窟の入り口」を覗き見るような感じですかねー。
アリスになった気分でお楽しみいただくくらいがいいのかも。

ゆゆなんて、入り口に一歩踏み入れただけで、
迷宮に迷い込んで抜け出すこともできなくなった感じです。

ゆゆ

ーーー
みゆより055.gif

学問は、学んだだけ、知識があるのと、
実際にそれを使えるかって全然別問題ですよね。

人の心なんて奥が深すぎて、
どれだけ実際のケースをみてきたかが重要なんだろうなあ。
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by mi-yu-yu | 2016-05-27 22:23 | Comments(0)

ゲスト講師の予定

ゆゆさんへ055.gif

こんばんわ!
私、7月に某大学でゲスト講師をするのですが、

てんかんの発作が初めて起きて入院してから、
今月もいくつかお役目仕事はしたけれど、
それが大きなお役目仕事の復帰になるのかな?

私よりちょっと年下の、未来ある学生さんたちに、
なにを話せばいいのかな…、と

去年までもうろうの講義を担当されていた
教授の先生に内容をご相談してみたんです。

そうしたら、先生は以前行った講義の内容などをまとめた資料をくださったのですが、
なんとも小難しい…。

半年ほど前に母校でやらせてもらったゆび点字講習会で
話したようなことを話したらいいのかなー。

どうしたら学生さんに伝わりやすいのか、模索中です。

私なんてもうろうになってまだ5年だし、
理事会に初めて参加したころも、講演に呼んでもらえたときも、
「こんな私でいいのか?」と思うんです。

私は未熟すぎるし、経験もたりない。
ただ若くて、健常からもうろうになったということで呼んでいただいて、
なにか得るものが相手にあるのかなあ。

経験させてもらえることはありがたいですが、なんだか申し訳なくもありますね。

みゆ

ーーー

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大学では、なんの講義にお呼ばれしているのかわからないから、
なんともコメントしがたいけれど、

「盲ろうの講義」が昨年もあった、ってことですよね?!
そういう講義が行われているということが

(大切なことだけど)斬新な感じがしました!

先日、ゆゆの知り合いの高校の先生からも、
バリアフリーや共に生きることなどに関心を持っている生徒たちのゼミで
みゆ&ゆゆを囲む会のお誘いがありました!

それは通訳さんの費用などの問題があって、実現に至っていませんが、
その企画を問い合わせてくれた時に、

「盲ろう」という状態やバリアに関心を持ってもらうという意味だけではなくて、

誰でも長い人生の中では、病気や障害を持ったり、挫折したり、
レールからはずれてしまったような気持ちになったりすることが
あるかもしれないけれど

それで、「もう終わりだ!」なんてあきらめないで

自分の持っているものや能力を活かして(思い出して)、
再起する力を自分自身も持っていることを、

若い時にみゆに出会ったことで
しっかり心のどこかに留めておいてもらえるといいな、と思いました。

その講義は、盲ろうについて知ってもらう機会?なのかもしれないけど、
それと同時に、みゆが再起して、チャレンジしている姿も伝わるのではないかな?

ゆゆ

ーーー
みゆより

この授業は私がちょうどもうろうになった
2011年から開講しているみたいです。

しかも福祉学科ではなく、全学共通科目なのだとか。

聴覚や発達障害、重複障害など、それぞれの障害当事者が1コマずつ、
ゲスト講師として呼ばれています。

バリエーションのある生き方がテーマだったような…。
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by mi-yu-yu | 2016-05-26 22:45 | 盲ろう | Comments(0)
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今日はお会いできてとてもうれしかったです!
ありがとうございました!

今日私は半日病院で、診察を受けたり、
採血をしたり、あちこちウロウロしていました。

とどめに、薬局では1時間も待ち、
通訳者ともどもくたくたにつかれました。

私は薬を毎日朝晩5錠ずつくらい飲んでいるので、
いつも同じ処方で3カ月分だしてもらっているんです。

で、朝晩で飲む薬がちょっと違うので、間違えないよう
それぞれひとまとめにしてもらって小分け(一包化)してもらっているんです。

今日もそれをしてもらっていたら1時間待つはめになってしまいました…。
そして結局、3カ月分の大量の薬は液体薬もあるので重すぎて、
自宅まで郵送してもらうことにしました。
(つまり、1時間待った意味がない)

それでそんな手際の悪いことをして、
5時もすぎてしまったのですが、ゆゆさんに会えました!

しかも、近くのカフェでおなかにも心にも元気を
いただけて、なんというか、生きる活力?を得ました。
あー楽しかった。

いつもありがとうございます!

そしてさらには、帰宅したら私の好きな餃子(栃木っ子なもので)を
母が手作りしてくれていて、
父は私の好きなお店の抹茶ババロアを仕事の帰りに買ってきてくれました!

おいしいものを飲んだり食べたりして、
ただ“普通”にリフレッシュできる時間が、すごく大切なんだろうなーー。

みゆ

ーーー

みゆさんへ055.gif

受診ほんとうにおつかれさまでした。

仕事の帰り道

ずっと気になっていたパン屋さんに
みゆと一緒に寄り道して楽しかったです!

昼間はすごく混んでいるのに、帰る時間はいつもガラガラで、
みゆと車椅子でも入れるかな?と目をつけていたんですが、

夕方は本当に気兼ねなく入れて、
スローブのところに自転車も止まっていなくて

お店の人もドアを開けてくれたり、出やすいように看板までどけてくれたり、
とても親切に対応してくださいました。

そうそう、みゆは病院の出入り口でゆゆを待っている間も
守衛さんと(通訳さんを介して)おしゃべりしてましたね。

お話している守衛さんも笑顔でしたよ!
みゆの明るい雰囲気が人を優しい気持ちにさせてくれるのかも。

今日は、みゆが点字でメッセージを打ってくれた
「パリのエッフェル塔の下で自転車に乗っている人の
切り絵のバースデーカード」をいただき、

パリ風のパン屋さんのおしゃれなオレンジ色のライトの中で見たら、
切り絵がとても素敵な影を作っていました!

そして、点字メッセージは、厳しいみゆ先生と別れてから
一人でゆっくり指点字で確認しながら読みました。

そういえば、この5月末で、出会ってちょうど丸5年経ちます!!

今や点字もつかいこなして、いろんな人と関係を築いて、
身体の不安も大きい中で、心穏やかな時間を自分でも作り出して、
よく頑張っていますね!!

ゆゆもみゆのおかげで点字を覚えられたので、
落ち着いて読んだら、点字表なんて見ないでも
点字メッセージを読めましたよ!!

答え合わせのメールを送ろうと思ったけど、

おかげさまで「毎日、笑顔あふれてるよー」と書いたら、
最後までちゃんと読めたってわかりますよね?!

いつもゆゆの幸せも願ってくれてありがとね。

では、家で愛のこもった美味しいものを食べて、
ゆっくりして、今日の疲れがとれますように。

ゆゆ

ーーー

みゆより055.gif

私、もともと人と話をするのが好きなんです。
病気になって、自分のことを人には言えない時期もありました。

でも、最近はやっぱり自分を理解してもらうには、
お話することが1番だと思っているので、
変に自分の障害を気にせず、話かけてしまいます。

でも、そうするとみなさんやさしく話してくださって、
普通に会話を楽しんでくださるから私もありがたいです。

私がもうろうになったばかりの頃、私が点字に拒否反応を示していたのに、
ゆゆさんは点字もゆび点字も、一緒に覚えてくださり、
どんなに励まされたかわかりません。

今もこうして点字を読んでくださり、
私は幸せものだなあと、いつも思っています!

ーーー

ほんとは、点字でメッセージカードも打てるようになりたいな、と
みゆのバースデーのたびに思うのに、、、
まだ、点字を打つ機械を持っていません。

大変なのに、素敵なメッセージカードを作ってくれてありがとう。

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2016-05-25 22:14 | 日々のこと | Comments(1)

おじいちゃんの命日に

ゆゆさんへ055.gif

今日は暑いですねー。
晴れてよかったのですが、今日は祖父の命日なんです。
ちょうど三年前の今日、祖父は亡くなりました。

お墓に会いに行った母と祖母はきっと暑かっただろうな、
大丈夫かな?と、ちょっと心配でした。
私は大学に行ってきたので、お墓には行けませんでした。

祖父は母がまだ中学生のころ、事故で顔に大ヤケドを負って、
皮膚を移植して、顔の皮膚の色が違っていたり、

高齢になってからはやはり事故で車イス使用になり、障害を持ちました。

人に驚きの目で見られることもありましたが、
祖父はそれについては何も言わず、

それどころか話がおもしろいのでいつもまわりに人がいて、
頼りにされ、自分が正しいと思ったことをやっていました。

それを支えつづけた祖母も立派でしたが、
祖父は決して自分の不便さや不運について、
なにか嘆いたり不満を言っているのを私は見たことがありません。

私だったら、悔しさや悲しみ、怒りなど、
本当は大切に思っている人にぶつけてしまうのに。

(なかなか素直になれず、心の思いと言葉で現れるものが
矛盾してしまうのはやっかいなことですね)

私が居候して一緒に暮らしていた頃、夏になると
「ほたるの墓(戦時中が題材のアニメ)は見れない」
と言ってた事が印象に残っています。

読書家で映画を見るのが大好きで、
涙をにじませていることがたまにありました。
情に深いというか。

歳とったせいだよと母は言っていましたが。

大きな水彩画を描いたり、囲碁に出かけたり
車イスでもできる趣味を楽しんで、いつも楽しそうに暮らしていました。

生きている祖父に最後に会ったとき、祖父は80歳で手術を受け、
麻酔がきいていて、管につながれ、口には挿管されて意識がありませんでした。
点滴でパンパンになった祖父の手。

私はもうろうになっていましたし、通訳者もいませんでしたので、
母が教えてくれた祖父の様子はそれくらいしかわかりませんでした。

祖母や母が声をかけていく中、私は心の中で祖父に話し掛け、
手をさわっていました。

すると、祖父が返事をしてくれたように、
私の手の下で、祖父の手が動いたんです。

「大丈夫」と言ってくれたのか
「おじいちゃんも頑張るからみゆも頑張れ」と言ってくれたのか。

眠っているはずの祖父の手が握り返すようになんで動いたのか、
いまだ私にはわかりませんが、きっと私の思いは祖父に伝わったし、
私も祖父の思いを受け取ったように思っています。

さて、そんな思い出に浸っていたら、祖母に会いたくなりました。
近いうちに、同じように大好きな祖母に、また会いに行きたいです!

みゆ

ーーー

みゆへ055.gif

おじいちゃんが亡くなって、もう3年なんですね。

眠っているはずなのに、わかりあっている、
通じ合うような体験って、私は、あると思います。

ちょうどみゆが盲ろうになって、最初の一年は
家族みんながみゆの苦しみをみて、撃沈していたかもしれないけど

みゆが再び立ち上がって、社会に出て行くチャレンジ(みゆの逆襲?!)の様子
を見届けて、少し安心して旅立てたのではないかな??

そして、今はきっと、もっとパワフルに
みゆを応援して、サポートしてくれているんだと思います。

今の活躍はおじいちゃんの応援あってのことかも。

今やおじいちゃんの魂はこの世界での不自由さからもすっかり解放されて
のびのびとしているのではないかな?

そういえば、指点字の練習の時、みゆは
「千の風になって」で練習することを勧めていましたよね?!

ゆゆは、魂の存在を感じることがあるから、
本当に、お墓にはいなくて、千の風になって、
いつでもみゆのことを守ってくれていると思います。

だって、本当に、亡くなる人を守っていたり、迎えに来てくれたり、
亡くなった後に、大切な人のところに会いに来たりする魂に会うことがあるもの!!

非科学的だと言われちゃうから、普段はそっと追求せずにいるけれど、
あんまりにも自然に見守っていて、あとで「この世にはいない人」だとわかって
びっくりすることがありますよ。

ちなみに、私の祖父は亡くなる数日前に、
「(すでに亡くなった)親や兄弟がいて楽しい。
だけど(この世にいる家族と)離れるのは悲しい」
と言って母を抱きしめたんですよ。

特に死を宣告されている状況でもなく、
周囲の人たちは、まだ、同じような日々が続いていくだろうと思っていたけど。

前日の夜寝る前には祖母に
「あなたには一番お世話になりましたね」と声をかけて、
翌朝、静かに息を引き取っていたんです。

母と「あー、おじいちゃんはわかっていたんだね」と
悲しいんだけど、納得した日のことを思い出します。

ゆゆ自身も、わりと魂の存在やエネルギーは感じやすいので、
輪廻転生も、自然のことと思っていて

みゆともきっとどこかの生で深いご縁があったのだろうな、
と思って恩返し?しています。

ここでひどいことしたら、来世で逆襲されそうだしなあ・・・

また、みゆもゆゆも、それぞれのおじいちゃんと
どこかの生で会うと思うから、
さらに向上した魂で会えるようにしておかないとね?!

ゆゆ

ーーー

みゆより055.gif

私の場合、自分が死にそうになったから、
“千の風になって”や“星のおうじさま”が伝えてくれている、
魂の存在に、私は魅かれているのかなあ。

ゆゆさんのおじい様のお話を読んで、
90歳をこえられた寂聴さんが著書の中で、

“向うで待っていてくれている人の方が、(こっちよりも)多いから全然寂しくない。
むしろ、向うでだれに1番最初に声をかけようか悩む”
と書かれていたのを思いだしました。

生や死について、考えさせられる機会が多いほど、
そういう境地に至るものなのかもしれないですね。
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by mi-yu-yu | 2016-05-23 22:15 | 思い | Comments(0)
ゆゆさんへ055.gif

こんばんわ!
今日は今期最後の理事会でした。

理事会は、もうろう者にそれぞれ通訳者が2名(ないし1名)ついて、
様々なコミュニケーション方法を使うもうろうの理事が6名で話し合い、
団体の方向性となる議題について決めています。

「理事会の話合い」って、資料を読みながらも
話してる途中の相手の表情や反応も見えないし、
声すらも聞こえないので、

なんにもわからない中でどうやって話し合い、
承認したり、意見を出し合っていくことができるのか、
どうしていいのか私にはわからず、

初めて理事になった2年前は、うまく適応できない自分に
悲しくなったし、情けなくもなりました。

しかし、そんな中でさらなるハードルが与えられ、
私を含めた若い理事2人に
「毎回議長をかわりばんこでやる」というミッションが与えられたのでした。

もう、私はできなくてできなくて、泣きたくなりました。
だけど、そうやってもうろうの先輩たちは私を育ててきてくださったのだと、
ちょっと落ち着いた今ではありがたく思います。

きっと、そうしてもうろうの自分の判断力を鍛えてくださったからこそ、
自分が判断するために必要な情報を聞き出したり、
自分の頭で考えたりする力も鍛えられ、
今の生き方を可能にしてくれているんだろうなあ。

私がもうろうになって1番悲しかったのは、
病気になって難聴が始まって半分引きこもりのような、

ただでさえ残念な自分が、もう挽回することも
向上することも出来ないと思ったからでした。

人はやっぱり、人と関わることで
学べる事も役立てる達成感も味わえるのだと思います。

今日はなんと議題が9個もあり、
それを時間内に終わらせるのも大変なことでした。

でも、みなさんのおかげで無事に終わらせることができたことには、
2年間の理事の任期の中での自分なりの成長を感じることができました。

そして理事会が終わってグッタリつかれたあとは、
もうろうの先輩においしい焼き鳥屋さんにつれていってもらいましたー!

お気に入りは「チーズまき」
(サイコロステーキの真ん中がチーズなのかな?それが3つ串にささっている)、
「まぐろのさっと焼き」(さっと焼いたお肉みたいなまぐろが3つ、串にささってアンチョビソースがかかっている)。

私よりも若い仲間たちに若エキスをもらいました!
楽しかったです!

みゆ

ーーー

みゆへ055.gif

気候の変化に体調がすぐれない様子でしたが、
理事会&二年間の任期満了お疲れさまでした。

みゆも就職していなくても、就職したみたいに
会の方々に鍛えられていて、成長しているじゃないですか!

結局は、与えられた状況を自分の学びや成長の機会にできるかどうかは、
自分にかかっているのかもしれません。

ゆゆも、このメールをいただいて、
自分が新人の時のエピソードを思い出してしまいました。

ゆゆの最初の職場は、各県に一つある
「精神保健福祉センター」と言って、

精神保健に関する相談や地域への精神保健の普及・啓発活動と共に
地域のメンタルヘルスに関わる専門職の方々に
研修の機会を提供するというようなこともしていました。

それで、ゆゆがまだ大学を出たての新人の時は、
専門知識もないし、実践経験もないし、
(そもそも最前線で働けないから、先輩のたくさんいるセンターに配属されていた)

そういう「講習会や会議の下準備」とか、
様々な「雑用」という面でくらいしか貢献できなくて、
むしろ仕事を通して学ばせていただいている状況でした。

しかし時には家族会などセルフヘルプグループの会をとりまとめたり、
会議の司会進行をしなければならなかったり、

ワークショップなどにも勉強も兼ねて積極的に?、気配りしながら
「サクラとして参加する」こともお役目でした。

支える家族が高齢になりやすい会などでは、
子どもや孫のように可愛がってもらったり、

支援者としてではなく、病気や家族の大変さを学ぶ気持ちで
会の活動に積極的に参加していたら、本当に喜んでくれて、

人としての交流を通して、「生活の中で困ることや考えること」など
いろいろ教えてくれました。

ゆゆも「自分にはまだサポートしたり施策に反映させていく力がないけど
そんな中で拾った家族の困難や思いを、上司に伝えていくことなどが、
若い私なりにできることかな」と思い、

若いなりにできる交流や橋渡しなどを心がけていました。

研修会の企画などもしているその職場では、
ある時、自分も学生時代にたくさん著書を読んだ「偉い先生?」が

専門職の方々向けに、「ケース会議のもち方」のような研修を
やってくださることになりました。

「著名な先生のお話を聞ける!」ということで、参加の希望は多くて
大盛況だったのですが、

その場で大先生から与えられた第一の課題が、

「『ケース会議のもち方』のワークショップをやるために
『どんなワークショップをやりたいか』などの意見を取りまとめる
司会進行も自分たちでやりなさい」というものでした。

「出てきた要望に即して対応します」という
企画者も予定していなかった、その大御所ならではの企画。

みんな「大先生のご講義をかしこまって聞く」というスタンスだったのか
・・・はたまた、その先生が偉すぎて??大物すぎて、恐れ多かったのか

誰も、司会進行の立候補者がでなくて、静まり返った会議場。
ひたすら沈黙が続いて、凍りつく会議場。

しかし、その先生は大物ゆえ、全く動じる気配もなく、
時間だけが過ぎていく。時間がもったいない。

学生時代からそういう沈黙に耐えられずについ役目を引き受けてしまうゆゆ。
性格は変わらず・・・

先のことも考えずに、新人で無知である自覚もありながら、深く検討もせず
「ハイ!」と思わず、ゆゆが手を挙げていました・・・・・・・・・・・・

100人は集まっているような会議室の、真正面に立って、
いざ、司会進行をはじめようと、ベテランの参加者の方々の顔を見渡した瞬間、

「本当に自分が無知であること」に直面しました。(遅いよ・・・)
「わたしって、まだ、何にも知らないじゃない??」

ケース会議を開こうにも、自分が主体的に関わり苦悩したケースも
まだ持っていませんでした。

それなのに、こんな研修に来られた大ベテランの専門職の皆さんを前に
「沈黙に耐えられなかったから」といって、
責任も持てないのに責任を感じて(一体なんの責任?)出てきてしまったなんて。

それこそ、無責任?

自分の無謀さにクラクラしてしまいました。が、
前に出てしまったものはしょうがない。

しかし、「なかなか前に出て来ない謙虚すぎる?日本人」相手に、
そんな研修会にしたのもこの肝が据わった大先生なんだから、

ゆゆがやることになった責任も、この先生にあり?
「もう、こうなったら、やるしかない!」ということで、

大変なケースすら持ったこともない、新人精神保健相談員(当時)のゆゆが
「よりよいケース会議を開くための話し合い」の司会進行をすることになりました。

自分の、先の先まで考えない、行動力にはあっけにとられましたが、
「自分は全然知らない」という自覚は、良かったのかもしれなくて、

「自分は徹底的に知らないから、無になって聞くしかない」という覚悟が生まれ、

参加者に、困難事例などのケース会議では、
どんなことに困るのか、どんなことで行き詰まるのか、
どんな問題意識で「研修ではどんなことを聞きたい」と思ってきたのか。

どんな風に会議がもたれると、それぞれの役割が共有できたり
ケースへの関わりが前向きになり、会議の意味が生まれるのか、

他の人の発言を聞いて、補足することや新しく気付いたことはないか、等々

「ただひたすら参加者に聞いて、整理する」という作業に徹することにしました。

大先生の提案には誰も手を挙げずに沈黙を守っていたベテラン参加者のみなさんも、
ゆゆが新人のくせに果敢に出て行った勇気を応援してくれたのか、

ゆゆの素人すぎる質問には、積極的に手を挙げて協力してくれて、
無事、大先生のワークショップへと導入することができました。

帰りにはたくさんの見知らぬベテランさんたちが、
「とてもいい司会進行でしたよ」「とてもいいカンファレンスでした」と
新人のゆゆに励ましの声をかけてくれました。

若者のよさって、「恥をかく勇気を持てること」「知らなくても許される」
「失敗してもOK」なことなのかも。

そして、どーっと疲れたけど、いい勉強になりました。

ベテランになるとかえって、「こんなことも知らないなんて」と言われそうで
出ていけないこともあるかも。(今のゆゆ?!)

しかし、みゆよりもさらに若い世代が登場しているそうで・・・
そうやって、年を取っていくんですね。

ゆゆも今や、みゆのような若い人を応援する立場のはずだから、
いつまでも「若者気分」からは抜け出して、もう少し落ち着きを持って
場を取りまとめられるくらいにならないとね・・・

焼き鳥屋さん(串焼き屋さん?)で打ち上げっていうのが、
また、社会人になった実感しますね。

理事会はいろいろな意味で、みゆの成長の貴重な機会ですねー。

ゆゆ

ーーー
みゆより055.gif

当たり前ですが、ゆゆさんにも新人なころがあったのですね。
そんな経験を積み重ねられて、今のゆゆさんがあるんだなあって、
ちょっと安心もしました。

私はまだまだ無知すぎるから早く経験を積んで立派な人になりたいけれど、
先輩方のようにはとてもできないのをいつも痛感します。

それに、いろいろな視野をもって考えられる先輩方は
やっぱり人生経験が物を言っていると思います。

いろんな話を聞けて、学ばせてもらえるのはとてもありがたいことだと思いました。

ちなみに、“仕事のあとのいっぱい!”をしたのは、先輩と、
通訳をしてくれている、20代前半の子たちでした。

ーーー
みゆへ

ゆゆの長文返信におつきあいいただいてありがとうございました。

「近所の優しいおばちゃん」になるのが、ゆゆの中高生の頃の夢だったけど、
仕事にのめり込みすぎちゃって、厳しくも尊敬できる女性の先輩方に刺激されて、
厳しいおばちゃんになっちゃいそうだな・・・と、
気になっているところでもあるんですけど。

若い人に寛容な懐の大きい大人になりたいものです。
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by mi-yu-yu | 2016-05-22 15:13 | 盲ろう | Comments(0)

人との交流を通して

ゆゆさんへ055.gif

今日は風が強いけれど、暑くも寒くもなく、爽やかな充電日和でしたね!

今週は病院や私のお役目活動も多かったので、つかれがたまったらしく、
昨夜は気づいたらいつの間にかいつもより早く眠りに落ちていました。

だから今日はちょっと朝早くから活動していますが、
お昼前から午前寝?までしてしまいました。

だけど目がさめると、元気が出てきたので、
「よし!運動しよう!」と、明日の大学の課題をあとまわしにして、
近くのカフェまで歩行器で歩いてきました。

最近はちょっと暑くなってきたので、私は体力を奪われてしまいます。

カフェまでの歩道は狭くて、車の出口は傾いているし、
人も多いので、普段使わないような筋肉を使ったり、
一緒に出かけた母も大変だろうなぁ。

目的のお店に入るには3段階段をあがらないといけないんです。

みなさんの邪魔になりつつも、カベをつたって階段をのぼりつつ、
お目当ては期間限定おすすめの「タピオカ入りグレープフルーツティー」!

なんとプラス100円でタピオカを倍にしてくれるそうで、
タピオカが大好きな私にはたまりません。

前回もお世話になったため顔パスで、お店のかたは
私が階段をのぼる間に、ドアを入りやすく全開にしておいてくださいました。

店員さんはとても親切で、普通はセルフサービスなのに、
カウンターで注文したら席まで運んできてくれました。

マンションに帰ると、ちょうど
定時で帰宅するところだった管理人さんが迎え入れてくださって、
先日のブログを見てくださったらしく、

「おいおい(だんだん)、正体を明かして」くださるらしい。
今日は少しだけ聞きました。次が楽しみです(笑)

大変なこともありますが、私が幸せな毎日を送れているのは、
言うまでもなく、みなさんのおかげです。

本当、不便なことやめんどくさいことも多いけれど、
こんなに人に恵まれて、やっぱり私って幸せだよなあ、と思います。

みゆ

ーーー

みゆへ055.gif 

こんばんわ! 今年はゆゆも木曜日は充電日です。

自宅が断水だったこともあり、引き篭れず
外に避難して、本屋さんに併設されているカフェで
たっぷり読書をしてきました。

精神的、引きこもりからのリハビリ中??
いやいや、まだまだ引きこもり中??

5年前、みゆの目と耳が使えないことの衝撃と孤独に
ゆゆも打ちのめされて?? しかも荒波に一緒に飲み込まれて

職業人として失格、業界を追放される覚悟もしたので、
研究会などもすっかりご無沙汰になり、

普通の人間関係も虚しくなり??
ほんと、引きこもりがちになり、遁世してしまいましたが、

こうして、みゆの方が活発に外に出て
人との交流を深めている姿にも安定感が出てきたせいか、

ゆゆもなんとなく、また自分らしい活動を再開しようかな、
という気分になってきました。

みゆに会う以前に自分がしていた、
小中学校での講演記録などを取り出してみていたら、

人は一人では生きていけないけれど、
「人との関わりさえ持てれば生きていける!」というのが、
ゆゆの持論で、

講演などでは、旅での出会いの話などを通して、
「挨拶の大切さ」を伝えていました。

「挨拶を入り口として人との関わりが生まれ、
人と関わっていく力があれば、どこででも生きていけること」
を語っていました。

しかし、それが断絶されてしまったみゆに出会って、
自分の言葉も虚しくなっていたのかもしれません。

でも、そんな衝撃の渦中でも、手のひらに書くひらがなで
みゆと語り合っていたら、

みゆは目も耳も使えなくて、周りの状況もわからなくて、
人とのコンタクトすら困難になってしまったけれど、

「コミュニケーションの質」が高くて、その出入り口が閉ざされただけで
中身としてはしっかり「人と関わる力を持っている」と感じました。

それで、最初はこのブログでも
コミュニケーションの大変さを補足して、
人との関係作りを促進させるための工夫をしましたが、

今やその必要性も感じないほど、多岐にわたって人と交流し、
人間関係を深めています。

みゆは、コミュニケーションのハンディが大きくても、
「人と関係を作って」「人の支援を引き出し」、

しっかり人との関係を育てることで、「人間同士の信頼関係」も築き、
幸せにも生きていけることを証明してくれました。

盲ろうという「コミュニケーションそのものが困難」どころか、
状況がわからないから「挨拶すら困難」という

ゆゆの「生きるための大前提」が覆された状況に出会い、
ゆゆも衝撃で落ち込んだけれども

みゆはその衝撃からの再起のプロセスを通して、ゆゆに

「人と接点をもち、人とコミュニケートしていくことの大切さ」を
あらためて認識させてくれました。

「人と関われれば生きていける」というゆゆの持論も

みゆの再起を通して、間違っていなかったどころか、
本当に大切な事実だと思えました。

そして「人と関われない」という苦しみや、
「誰にも助けてもらえない(と感じる)」という絶望の大変さも
さらに強く感じるようになりました。

みゆは物理的に孤独になりやすいけど、実際はたくさんの人に
思いをかけられていて、大切にされていて

みゆ自身もそれを実感することができているので、
本当は心は孤独ではないはず。それどころか愛を感じているはず?!

一方で、障害や病気がなくても、
「心が一人ぼっち」の絶望の中にある人もいる。

そんな人たちにも「ひとりじゃないよ」と伝えていけるような
思いやりをかけあう社会であってほしいな、と思います。

さて、みゆも頑張って自分の人生を切り拓いてきたんだし、
ゆゆも頑張らないとねー。

ゆゆ

ーーー

みゆより

そうですよね、幸せをくれるのも、助けてくれるのも人ですよね。

私の場合は与えられている条件が
「おしいれに閉じ込められた孤独」なので、
実生活も閉じこもったら、絶対生きていけないな、と思いました。

それから「いったん閉じこもったら、2度と外には出られなくなるだろうな」
という恐怖とあせりがありました。

今は相手の反応がわからなくても相手には聞こえるので、
「とりあえずしゃべってみる」コミュニケーションを意識しています…。

でも、やっぱり伝えたいことが伝わらなかったり、
最近は声がおかしくなってきたので、結構めいるんですが、

なにか新たな手段を考えないといけないなあ…。
本当、コミュニケーションは空気ですよね。

ーーー

ゆゆは(みゆに)「声のおかしさ」があるなんて、気になってないけどなあ・・・
きっと、あまり伝わらない感覚があるんですね。お疲れさまです。

以前、駅のロータリーで白杖をついた年配の男性が立ち止まっていたので、
「何かお手伝いが必要ですか?」と聞いたら、

「もしお時間があったら、駅の改札まで案内してくれませんか?」
とおっしゃったので、改札まで肩をお貸ししながら、歩いていたら

「去年、失明したばかりで、まだ駅に慣れなくて」とおっしゃるので、
「勇気を出してお一人で外に出られて偉いですね」と言ったら、

「しばらく家に引きこもっていたんですけど、
ここで出ないと二度と外に出られなくなると思ったので」
とお話されていたのを思い出しました。

みゆもその男性もいろんな恐怖に打ち勝って、一歩を踏み出す勇気が、
立派だなあ。ゆゆも何かの時には、その勇気を思い出すようにします!

あ、話は変わりますが、みゆのラストの言葉はおそらく
「コミュニケーションは人間にとって空気のように重要」
って意味で使っていると思われますが

それとはニュアンス違うけど、「空気を読む」というのは、
「コミュニケーションの質」においてかなり重要ですね。

では、おやすみなさい。

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2016-05-20 00:04 | Comments(2)

通院日でした。

ゆゆさんへ055.gif

こんばんわ!
今日は痛いような日差しのお天気でしたね…。
私は今日も来週も再来週も、水曜は病院なんです。

どこかが悪くなっているというよりも、
ちょうどあちこちの診察が続いてしまっているんですが。

今日も病院に通訳者と行ってきたんですが、
検査漬けでかなりつかれました。

車イスに座ってるだけの私でさえ、こんなに疲れたのだから、
通訳・介助者はどんなに疲れたかなあ。

でも、病院では今日も行くところ行くところ、
みなさん親切にしてくださり、ありがたかったです。

MRI検査のときには、看護師さんが私を覚えてくれたらしく、
肩に手を置きながら「こんにちわー!」とあいさつをして、

「いつもはねぇ…」と、
私にうまくあわせた対応をまわりの人たちにも伝えてくださったり、

検査技師のおじさんは、手書きをして話かけながら、
私の手をやさしくたたいたり、

「あと10分か15分くらいですが大丈夫ですか?がんばってね」
と私の手に書いて腕をポンポンとたたいてから
機械の中に送ってくださったり。

脳外科の受付でも、私の顔をみただけで顔パス。
「こんにちわー!今から…」と、
診察券もだしていないのに話が進んでいったり…。

採血のところでも、いつも私にフレンドリーに話し掛けてくださるおじさんがいて、
ささいなあいさつや声かけがどんなに元気を与えてくれるかを思いました。

まぁそれだけ長く入院し通いつめているからもありますが、
ここのスタッフさんたちの親切さに、もう他の病院に行く気がしません。

あ、それから今日は「通訳・介助の利用チケット」に、自分でハンコを押しました!

朱肉につけなくてもいい入れ物に印鑑が入っているのですが、
どんな風に押せているのか、ちゃんと押せているのか私にはわからないので、
最後にチェックしてもらいましたが、自分的にはだんだんコツがわかってきて、
ささいなことでも自分でできて嬉しかったです!

みゆ

ーーー

みゆへ055.gif

1日がかりの検査お疲れ様でした。
なんだかんだ言って、通院や検査は不安にもなるし疲れますよね。

しかし、いい病院ですねえ・・・?!(←これって自画自賛??)
そういう話を聞くと、ゆゆもホッとします。

病院って、慌ただしくて、
時には患者さんに嫌な思いをさせてしまうから。

だけどスタッフだって、患者さんの安心や笑顔を見れたらうれしいし、
本当は笑顔の交流を求めているんです。

お互い人間だから、
人間同士の信頼と思いやりの場であるといいですね。

せめて、大変な通院もそうやって
いろんな人とのいい交流の機会になるならいいのですが。

ゆゆは、今日みゆが病院に来るなんて全く知りませんでした。
本当に、すっかり自立してしまいましたね。

病院の人たちも、みゆとの付き合い方を覚えてくれたのなら
ゆゆも安心です。

ゆゆは、今日は仕事の合間合間に
来週のお昼のカンファレンスでスタッフに話す内容の
準備をしたりしていました。

ゆゆのお仕事歴もすっかり長くなって、そういえば、
最近、全然、自分が勉強していなかったなーと反省。

そうそう!それこそ、受容のプロセスとか、
精神分析でいう防衛(適応)機制とか、
みゆが関心あることです。

みゆの心が健康で?
大変すぎる日々になんとか適応していくために
心の防衛機制をガンガン働かせていたのを見て、

受容のプロセスで表現されている現象って、
人間が自分の心を守るために一生懸命
防衛(適応)機制を駆使した結果、現れてくるものなんだなあ・・・と
実感しました。さて、大学ではどんなことを教えてくれるのかな??

ちょうどあと一週間あるので、ゆゆもこれから久しぶりに
仕事関連の本を読んでみたり、資料を作って整理してみようと思っています。

さて、来週もみゆの通院日とのことですが、
ゆゆも課題のお話が終わって、すっきりみゆと会えるかな??

別にゆゆに会うことは、求めてない??
それならそれで、結構なことなんですが。

お大事に。ゆっくりおやすみください。

ゆゆ

ーーー

みゆより055.gif

精神分析は、本当に難しいですよねー。
ものすごく大切なことだと思うのですが、心は目に見えないからこそ難しい。

今は点字図書館で借りた精神分析の本を読んでかみ砕きながら、
理解できるようにと取り組んでいます…

でも、自分の都合のいいことしか受け取らないことで、
一生懸命こわれないように守ろうとする働きが
自分の中にもあるって、おもしろいことだと思います!

ーーー

そうそう、否認とか抑圧とか、その他いろいろ!
誰でも持っている心を守る力なんです。

だから、「いけないもの」とするんじゃなくて、
そうやって心を守っているという部分も大切にして、
自分にも他人にも丁寧に扱ってあげないとな、と思っています。

お互い、勉強、がんばりましょう?!

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2016-05-19 00:01 | 病院 | Comments(0)

カピバラさんと

ゆゆさんへ

最近、週末はカピバラさんのお家にお邪魔することも多いのですが、
そうすると、ごはんを作ってごちそうしてくれるんです。

カピバラさんが引っ越してきた最初のころは、
部屋の半分が荷物でうまり、
私がウロウロしていい範囲も限られていたのですが、

その時、ゆかに座ってダンボール箱をひっくり返してテーブルにして、
「なんか、貧しいねえ…」と言いながら食べたごはんに
すごく幸せを感じていました。

でも最近は、カピバラさんの1人ぐらしがまだ1カ月もたっていないのに、
料理がすごく上手になっているんです…!

先日は、炊きたてのごはんのぶた焼き肉丼や
ごま油とお塩で味付けたキャベツのいためもの、大根ステーキ、

そしてデザートに氷と一緒にミキサーしたのかな?
シャリシャリのいちごミルクが出てきました!

それらを立派なテーブルで食べました。
もう私、感動しちゃいました!

食後には、以前ルピシアで買ってきた、
紅茶やハーブティーやウーロン茶などのティーバックが
1つ1つ、世界の有名な絵画がプリントされたパッケージに
個包装になって詰め合わせてある本の形をした箱から、

「みゆの仕事なんでよろしくー」と、
ロシアンルーレットで好きなものを選択する役目を任されました。

お弁当も仕事に持っていっているらしく、
お風呂洗いもして、湯舟に沈んで入っているらしい…。

私が1人ぐらしをしていた8年ほど前より、
何倍もはるかにしっかりやっているかんじで敬服いたしました。

私はそのころ大学1、2年生だったので、必修の授業も多く、
1限から5限(通学時間をのぞいて、9時から19時の授業?!)まで
授業のある曜日もあったけれど、

午後から授業の日もあって、そういう日にまとめて洗濯したり、
朝寝坊したり、バイトのあとはモスバーガーに寄ってみたり、

切り替えがヘタなので、勉強や課題は夜中までやって
朝はなかなか起きれないという、
もっとだらしのない生活をしていたような気がします…。

仕事をしながらの1人ぐらしって大変だろうなーと思います。

みゆ

ーーー

みゆへ055.gif

カピバラさん、みゆには尽くすのに
自分のことには堅実で本当に感心します。

ほのぼのと幸せそうな二人の様子が伝わってきます・・・。

みゆは、感動しちゃったかもしれないけど、
ゆゆは、あてられちゃったよ!

お返事するのも野暮だから、この辺でー。

ゆゆ

ーーー

みゆより055.gif

ゆゆさんに以前合宿をしていただいたときにつくっていただいたごはんは、
どちらかというとオシャレなOLさん系で、
とってもおいしかったのを思い出しました。

料理がヘタな私ですが、母も祖母も料理上手で、
毎日おいしいものを食べられてありがたいです!

ーーー

いやあ、みゆママさんはお料理上手で
日頃、美味しいものばかり食べてそうだし、

何しろ、みゆは「お嬢」だし・・・
いったい、どんなものがお口に合うのか、頭を悩ませましたよー。

あー、でも、そんな折、みゆ本の編集者さんが作った、
トマトジュースを使った料理のレシピ本をいただいて、
それを見て作るのが楽しかったなあ!(今もお気に入り)

また、海老のトマトクリーム煮のパスタを作ろう!!

カピバラさんも、きっとお家で
ちゃんと体にいいものを食べさせてもらって
大切にされてきたから、

自分を大切に丁寧に暮らすことの良さをわかっているんですね。

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2016-05-17 23:26 | Comments(2)