大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ

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癒しの1日

“癒しの1日”

先日お天気が悪くて延期になってしまった
バースデーのお祝いを、昨日あらためてしていただきました!

今回はサプライズプランでしたので、
私はどこへ行くのか、行き先の見当もつかないまま、
自宅マンションを出発しました。

電車にのって20分弱。
車内は冷房の風が、角度をかえながら時折私にガンガンあたります。

しかし、着いたのはおじさんや外国のかたたちの
熱気であふれる秋葉原。

「一体どこに行くのかなー??」と思いながらも、
ちょっとわくわくしている私。

後ろ向きにジェットコースターのように急な坂道を下って、
冒険の先に私の前にあらわれたのは…、かための手触りのベッドでした。

ハテナ?の浮かぶ私に、握手をする
日本語ペラペラなタイ人のお姉さん。

「これは一体!?」と私が思っていると、
なんとここは、タイの古式マッサージのお店だといいます。

私はマッサージが大好きですが、
タイ式は初めて。

私たちが案内された2人用の個室の部屋の目の前の壁には、
合掌しながらあぐらをかいて座る
女性の写真が飾られているそうでした。

これからどんなことになるのか、私はビクビクしながら、
想像もつかないでいると、

「じゃあ、タイに初観光ですね!楽しみにしてくださいね!うふふ」と、
タイ人のマッサージのお姉さんの言葉が、私の指に伝わってきます。

タイ人のお姉さんは、日本語が書けないそうなので、
私にとっては沈黙のマッサージ。

しかし、目と耳が使えない私にも、タイ人のお姉さんは臆せず、
グイグイと私の身体をあちこちひっぱります。

手をブリッジをするときのようにしてマッサージしたり、
あおむけに寝ている私の頭の下にタオルをしいて、

小顔体操なのか、首をひっぱっているのか、
天井のほうにタオルを包んでひっぱってつるされたようなときは、
思わず笑いがこみあげながら驚いてしまいました。

タイのマッサージは、エステのようなマッサージとは違い、
とてもアクティブで力強く、

「いて!」と何度もつぶやきながらも
「痛気持ちいい」とはまってしまいそうでした。

マッサージの際に着替えるズボンは、
昔好きだったディズニー映画の“アラジン”に出てくる
ジャスミンが履いていそうな形をしていました。

お店には、お茶をいただいたタイらしい木彫りのお盆や、
シルクの象のぬいぐるみ。ベッドには赤や青の布が敷かれ、

タイ人のお姉さんはとても親切に、
私にいろいろと触らせてくださいました。
温かい出会いをありがとうございました!

お店をあとにすると、またどこかへ向かう冒険が始まりました!
よく「マッサージは運動をしたのと同じだから体力を消耗する」
と聞きますが、

私は眠さとおなかのすきを感じながら、
今度はどこに向かうのか、楽しみにしていました。

そして、私の目の前にあらわれたのは…、
今度はなんと、ハンモック!

私がとまどっていると、なんと秋葉原の高架下には、
「ハンモックカフェ」なるものがあるのだそうです。

ハンモックと聞いて、私が思い浮かべるのは、
避暑にきたどこかの草原で、そよ風にゆられながら
空にうかぶ雲のゆったりとした流れを追い、横になる情景。

でもここは、座った状態のハンモックで、
ブランコのようにゆらゆらしながらランチを食べれてしまうカフェでした。

店内には6つのハンモックがあって、その他はイス。
イス席にあたったお客さんは、
ハンモックがあくのを待っている人が多いのだそうです。

でも、平日はハンモック席を予約することができるそうで、
私たちはすんなりとハンモックの心地よさを体験することができました!

ときおり頭上を走る電車のガタガタガタガタという振動と、
かすかな音を聞きながら、

ゆやーん、ゆよーん、ゆやゆよーん。
ハンモックに身をあずけて心地よさに浸っていると、
いろいろ思考していたのに、いつの間にか意識が…。

それからどのくらい時間が経過したのか、
寝ていたのかも私には定かではないのだけど、
はっと気づいた瞬間、意識が飛んでいたので
たぶんこれは寝ていたんだろうなあと思いました。

なんだか今日は、とても癒されました。

帰り道に、ステキなシルバーチャームを作っているお店を見つけ、
「三日月にのったパピヨンが寝ている」バッグチャームをみつけたことも、
昔飼っていたビスを私に思わせて、幸せな出会いでした。

15歳で天国に昇ったビスは、今ごろお月さまにゆられながら、
私を見守ってくれているのでしょうか。

昨日はスーパームーンに映ったうさぎの話を
両親としながらビスを思っていたこともあり、なおさら感動した出会いでした。

「癒しの旅」は、バースデーのお祝いをしていただき、
このためにいろいろと調べ、
計画してくださったやさしさを感じた1日でした。

本当にありがとうございました!

みゆ
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by mi-yu-yu | 2015-09-30 21:44 | みゆエッセイ | Comments(0)

ぺたぺた女子

“ぺたぺた女子”

だれかと出かける時、駅に着いても私にはまわりの喧騒も、
人ごみも、電車の騒音すらもわかりません。

私のまわりにある世界は、昔の経験によるイメージ。

でも、それって悲しいことなのかな?
音も光もないけれど、自分自身の感覚に正直になると、
意外と感じるものもあります。

たとえば、駅におりていくエレベーター。
これは結構前から言っているかもしれませんが、
エレベーターの上下する動きにあわせて、
私の体内の重力も変化するのを感じます。

それは、飛行機にのっているとき、
飛び立つ機内の重力によって、

機内の空気の重さと、
大気の空気の重さが変化するからですが、

エレベーターでもそんな状態を味わっています。

どこかのデパートに入れば、外と中の温度の違いで、
中に入ったことがわかります。

においも、自分がどこを歩いているのかのヒントになります。
音や光がないから、集中できるものが違うのだろうなあ。

そしてそれは、見えて聞こえていたら
あっさりと過ぎ去ってしまうかもしれないこと。

「私の感じる世界はこうなんだよ!」って、
まわりの人たちに伝えることができるおもしろさもあると思います。

ところで先日、都営地下鉄の駅で、感動したことがありました。
それは、切符を買うときに起こりました。

一緒にいたカピバラさんが、車イスの私の左手を
ななめ45度上のほうにひっぱったんです。

「なに?!」と言いながら手をのばしてみると、
そこには点字のつぶつぶが。

「日本橋220円」と書いてありました。
路線図と運賃表のところに、点字での表示もついていたのです。

私は感動して、何度も何度もさわりました!
(点字を読み間違えて笑われてしまったけど!)

カピバラさんは、点字や触れるものを見つけると、
すぐ私の手をひっぱります。

もうろうになった最初のころは、
あんまりベタベタ触るのは恥ずかしいような感じがしていたけれど、

最近、「見えない自分の使える機能が触ることなんだから、
触って感じられるならさわればいいのか」と思うようになりました。

そしてそれは、おとなしく座っているよりも、
さわって把握して、自分で感じられたほうがおもしろい
ということに気づいたような気がします。

まじめな優等生は、なにかから解放されたように、
好奇心旺盛なペタペタ女子になりました。

みゆ
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by mi-yu-yu | 2015-09-28 23:55 | みゆエッセイ | Comments(1)

ベンチャー!

“ベンチャー”

昨日の夜は、寝る前のコーヒーのカフェインが効いてしまったのか、
目をつぶっていても眠りの世界に落ちることができず、
気づいたときには朝の6時をまわっていました。

今日は楽しみにしていた予定があるのに、
「なんでこんな日に?」と思いながら、

眠い目をこすりつつ、大学の後輩ちゃんにオススメしてもらった
「ベンチャー文具フェア」に行ってきました。

「ベンチャー文具メーカー」とはネットによると、
小規模な形態でありながら、文房具の企画から製作、流通まで
すべてを担う作り手のことだといいます。

今回のフェアは、日本橋三越本店に、
ベンチャー文具メーカーが勢揃いするというフェアでした。

大人でも持ち歩きやすいように はじめからハーフサイズのえんぴつ、
万年筆で書きやすいノート、異なる紙の材質でできたメモパットや、

メモを書いたらかわいく折りたためて
アニマルや楽器など立体の卓上インテリアにもなるという
「くるるん」という商品。

子供ごころをくすぐられるような、触ってもおもしろくて斬新な
アイディア商品の数々に出会うことができました。

ベンチャー企業って、小さいからこそ
危険をおそれすぎずに冒険できたり、
新しいことに挑戦できたりして、
一流企業とはまたちがった強みがあると感じます。

私はだれもが評価をしそうな一流の人生ばかりに
魅かれてしまっていたけれど、

私の新たな人生は、ベンチャー企業だと思う。

そしてそれは、豊かな発想によって、
いろんなお料理ができるという、

たくさんの可能性がある道のりなんじゃないかなあ。
私だからこそ挑戦できるベンチャーを目指そうっと!!

みゆ
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by mi-yu-yu | 2015-09-27 23:50 | みゆエッセイ | Comments(0)

空に放った希望

“空に放った希望の思い出”

あっという間に今年も秋。お祭りの季節になりました。

今日は近所で品川宿場祭りをやっていて、
鹿児島のさつまいもスティックとか、
新潟の新米コシヒカリおむすびとか、
秋田きりたんぽ肉巻きとかを、

お祭り見物に行った両親が買ってきて、
各地のおいしいもの屋台の夕飯で私もお祭り気分を味わいました。

そんな屋台のごはんを食べながら、
私がボンヤリ思い出していたのはどこかで行った
ファービーさんとのおまつり。
あれは一体どこだったのか、今はほとんど思い出せません。

もう今は、おぼろげな記憶になってしまったけれど、
彼女は難聴になりはじめて落ち込んでいた私に、
「聞こえにくくても楽しめることもある」ことを教えてくれた人でした。

ファービーさんとは、私が大学2年生くらいだったころに、
なにかの縁で出会いました。

たしか、彼女は私よりも5つ年上で、お勤めをしている、
モデルさんのような長身の美人な女性でした。

今でも輪郭を思い起こすことができるほど、
彼女は外人さんのような大きな目をしていて、
たいしてお化粧をしていないのに目立つ顔立ちをしていて、
「ファービー」というあだ名で呼ばれていました。

ファービーさんとは、野球の趣味を通じて知り合った気がしますが、
ファービーさんはその頃の私を、
「チケットがあまったから」と、神宮球場につれていってくださいました。

ドキドキしながら、私が初めて足をふみいれた球場には、
台のうえでトランペットを吹いているおじさんや、
熱狂して観客をあおりながら旗をふる強面のおじさんがいました。

帽子をかぶって客席にビールを売り歩いている女性は、
ファービーさんの知り合いで、
ビールをサービスしてくれました(私は飲めないけれど)。

小さい頃にサッカーの観戦には何度もいきましたが、
なんだかサッカー観戦以上の熱気に包まれるのは、
田舎娘にはめったにない経験でした。

私が心待ちにしていた阪神の応援合戦では、
球場の入り口で観客全員に配られた
まだ空気の入っていない色とりどりの風船を、
六甲おろしの曲を客が一体となって歌っている間にふくらませて、
曲のおわりに一斉に空に放ちました。

いつもテレビで見ていたけれど、その光景を下から見上げていると、
ブラウン管を通さず、直接心をゆさぶられて、
息をのむほど美しかったことを覚えています。

たくさんの人の手から放たれたカラフルな風船。
空を埋め尽くすように多くの人の手によって放たれた
数え切れない色たちが、

私が見上げる澄んだ水色の空のすがすがしさに重なって、
風船が空気をはきだしてしぼんでしまう一瞬のあいだの
美しさをたたえていました。 

今でも胸に残っている、あの時の震えるような心の動きと、
むせかえるような熱気。

そして聞こえにくくなった耳でもまわりからもれ聞こえる歓声がありました。
ファービーさんは今、どこでなにをしているのかわからないけれど、
いい経験をさせてもらったことに感謝しています。

みゆ
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by mi-yu-yu | 2015-09-26 23:03 | みゆエッセイ | Comments(0)

生み出すものの価値

“生み出すものの価値”

今日は誕生日のお祝いをしていただけることになっていましたが、
あいにくの雨。

11月並みの寒さも合わさって予定が延期になってしまいました。
なのでこの機会に、いつも以上にのんびりと、私はお風呂に入ることに。

なんとこのマンションは新築だからか
お風呂にミストサウナがついているんです!

今日みたいに芯まで冷えてしまった日だとなおのこと、
サンダルウッドの入浴剤の香りの中で、温かさが際立っています。

いやされながら、ついついうとうと…。
心も身体もポカポカになりました。

どこかの旅館でくつろいでいるかのように、
私はベッドに大の字に寝転がり、“火花”を読んでいました。

最近よく思うのは、社会のルールとか、こうあるべきとか、
決められたものにとらわれたものではなくて、

それぞれの人間がなにかを生み出すすばらしい価値を感じます。
このあいだ、眠っていたそんな感覚を、
ニキの芸術にかなり刺激されました… 。

この“火花”を読んでいても、すぐに枠にとらわれて、
枠におさまろうとしてしまう自分を感じます。

もっと自由に生きた方が魅力あるなあと、
余計に自由な発想や表現にあこがれます。

「人は生まれながらに、
タレント(才能)というそれぞれの特技を与えられていて、

そのタレントを使ってどれだけ多くのものを得られたかが大切」って、
昔なにかの本で読んだ気がしますが、

そういうことも考えると、自分の使えるものを使って、
なにかを生み出せるってすごいことだと思います。
私もなにか生み出したいなー。

みゆ
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by mi-yu-yu | 2015-09-25 23:21 | みゆエッセイ | Comments(0)
“人生をあきらめないために”

シルバーウィークも終わり、
次は何をしようかなあなんて、思いめぐらせています。

私はいつも、
「耳だけならまだしも、目まで見えなくてできることってあるの?!」
と思って、いろいろとあきらめてばかりでしたけど、

このあいだ、ニキの特別講演を私でも意外と楽しめたので、
もっと挑戦してみる価値はあるのかもと思いました。

私は頭が固いから、障害をもったら
あきらめることにばかり考えがいってしまうけれど、
そうともいえないんじゃないかって、最近思います。

幸いにも私のまわりには、
頭の柔らかい人たちがたくさんいるので、

「あきらめなくてもいいんだよ」って、
日々教えてもらっているような気がします。

私が少しでも「やってみたい」って思うことを、
一緒に楽しみたいと思ってくれる人たち。

相手の幸せを、自分の幸せのように思う人たち。
すごいことだと思います。

私は、きっとそんな人たちのことを、
自分が障害をもつまでは知ることがなかったんだろうなあ。 
 
今度は、アロマテラピー講座にいってみようと思っています。
友達がいろいろとネットでリサーチしてくれたので、
情報を得ましたが、

アロマ講座って、障害福祉会館とか、
大学の公開講座などでもやっているんです。

ただ困るのは、受講料がかかる場合があること。
受講料を通訳者の分も負担しないといけないとなると、
なかなか難しくなってしまいます。

でも、驚いたのは、友達の通訳・介助者が、
その交渉も手伝ってくれるということ。

障害をもってできないことが増えても、
自分の希望を見える形にしておいたら、
だれかが叶えてくれることは多いんだって感じます。

きっと、障害をもったら、隠れてしまうのではなくて、
反対に外へ外へ出て、たくさんの人たちとかかわって、
助けてもらわないと、自分もつらくなるのかなと思います。

いろんな人に助けてもらえることのありがたみを考えました。

みゆ
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by mi-yu-yu | 2015-09-24 22:49 | みゆエッセイ | Comments(0)

交流会で

交流会で

シルバーウィークの日々は、
快適なお天気が続いてくれたので、
私も体調よくいられました。

友達と千葉のアウトレットに遊びに出かけたり、
手話の勉強の交流会に参加してみたり、
白井にあるおばあちゃん家に、
仏壇のおじいちゃんにお線香をあげにいったり。

小さな幸せを感じる日々かもしれないけれど、
それぞれの楽しさの中にいろんな人の気持ちを感じて、
みんないろいろあるなあって、自分の人生に刺激をうけてきました。

中でも、
もうろう者と通訳者、フリー参加のかたたちで行っている
交流会で感じたこと。

生まれつき障害のあるかたや、発声が難しいかたが、
さらにもうろうになったときに、

自分の意思をまわりに伝える大変さ、
そして本人にとっての伝わらない苦しさを思いました。 

毎月1度開かれる、東京もうろう者の交流会では、
もうろう者がいつも通りに
通訳者を指名して参加することもできるのですが、

その場合はもうろう者自身が自分に割り当てられている、
1時間につき1枚の通訳者利用チケットを使うことになります。

もうろう者が通訳者を指名しないで参加する場合は、
チケットを消費せずに参加でき、
通訳者を参加者の中で割り振られることになります。

ただ、その場合に私が難しいなと思うのは、
どなたが通訳者になるかわからないということ。

普段そのもうろう者に慣れていない通訳者に
通訳をしていただくことになった場合、

そのもうろう者のクセや年代、出身地方などによって変わることがある
手話を読み取れないこともでてきてしまい、伝わらないこともあります。

おまけに発声も難しいもうろう者もいらっしゃるので、
通訳をするのも本当に大変だと思います。

苦しいだろうなと思うのは、そういう場合に、
そのもうろう者にとっては意思や伝えたいことが伝わりにくいということ。

通訳者にとっては、一生懸命読み取ろうとしてくださっているのだけれど、
読み取れないもどかしさに加えて、
そのもうろう者に苦しみをぶつけられてしまうことも。

だから本当は、慣れている通訳者に
お願いできたらいいのかもしれないけれど、

もうろう者も、年間に消費できる通訳の利用チケットが限られているため、

1人ぐらしをしていたりするもうろう者は、
日常生活をこなすためにチケットが多く必要になってしまい、

交流会ではチケットの余裕がなくて
通訳者を指名できないということもあるんだと思います。

月に1度の交流会だけを外出の機会にして楽しみにしているもうろう者もいるから、
せめて交流会という場では、
参加者みんなが満足し、楽しめたらいいのになあと思いますが、
いろんな人の立場を考えると、難しい問題だなと思います。

私としては、変えられないものを変えようとするのではなくて、
変えられるものを変えていけたらいいのかな、と思っていますが、
どうしたらいいのかなあ。

みゆ
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by mi-yu-yu | 2015-09-23 17:21 | みゆエッセイ | Comments(1)

ニキ・ド・サンファル

“ニキ・ド・サンファル”

シルバーウィークともなると、
普段お勤めの人たちがお休みになる、
貴重な連休。

おかげさまで私も、声をかけてもらえる率があがり、
いつもの倍くらい、フル回転しているような気がします!

シルバーウィークに先駆けて、
行ってみることを決意した、
ニキの企画展。

初日に行われた本展企画者による特別講演で、
私はもうろうになってから初めて、
一般の講演に参加しました。

ゆび点字で講演を聞くなんて、
音声のスピードについていけるのか、

ゆび点字をするための机はあるのか、
すべてにドキドキしていました。

もうろうの交流会や講演に参加すると、
会場の半分はテーブル席になっていたりするので、

今回はどうかな?と思いながら会場に入ると、
やはり並べられた200のイスは机がありません。

でも、ベテラン通訳さんのおかげで、
受付で係りの方にお話をすると、
1人用の机を用意してくださいました。

とてもありがたいことに、
第一のハードル、クリアです!

今回講演で話をされたのは、フランスの女性でした。

1文1文のあとに、フランス人通訳者による
フランス語から日本語への逐語通訳があったので、
ゆび点字で聞いている私には、とてもありがたいことでした。

講演は4部で構成されていて、
作品について、女性について、人生について…、

壇上のスクリーンに作品や写真を移しながらの講演でした。

私は講演のあいだ、2人の方に通訳をお願いしたのですが、

1人にゆび点字で通訳をしていただきながら、
もう1方の通訳者にはメモをとっていただき、
講演のあとにも内容を確認できました。

ニキの作品では、飢えや渇き、残酷さ、
女性、人種差別、バイオレンスなどをテーマにしていますが、

最初のころは「射撃絵画」といって、
自ら猟銃を構え、絵の上に取り付けた絵の具の入った袋を猟銃で撃ち、
破裂させて絵の具を絵の上に垂らした作品が多くありました。

そして私が好きな作品
「POSITIVE AND NEGATIVE DRAGON」では、
2体のドラゴンが向き合っている感じで、

ポジティブドラゴンの方はいろんな色使いをし、
ネガティブドラゴンの方は黒(ところどころ赤の線)のドラゴンで
相反するものを表していました。

「ナナ」シリーズを代表とする女性をテーマにした作品では、
1960年初めのころの女性の役割について、
魔女と妊婦というテーマがあったようです。

結婚はプラス要素のイメージがありますが、
ニキは反対で、結婚して家に縛られ不自由になるより、

結婚をしないで
自由に暮らす方がいいと考えていたのだそう。

なにごとにも二面性を感じていたというニキ。

晩年は「和解・平和・精神性」を重視して作品にしていました。

私は大学でフランスの文学や美術にふれる機会が多くあり、
その中でニキの作品について学んだこともありました。

昔からフランス女性にある神髄というか思想に、
感銘を受けたこともありました。

ニキがどういう人で、どうしてこの作品をつくったのか、
どうしてこのテーマを選んだのか、

作品を見るだけでは味わうことの難しい、
生み出された時代背景や考えかたを知ることができて、
あらためておもしろいなあと思いました。

見えなくなった今は、作品を味わうというよりも、
その作品を通しながら、完成されていった
その人の人生という軌跡を味わうことが楽しいです。

みゆ
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by mi-yu-yu | 2015-09-21 22:04 | みゆエッセイ | Comments(0)

かぜっぴき

いきなり秋になり、バケツをひっくり返したような大雨もあり。
見事に3日前くらいからカゼをひいた私です。

今日も外はどしゃぶりのようだけど、
私も鼻水が止まらず、のどの調子も壊れています。

3日のあいだに、一体ティッシュを何枚消費してしまったのかなー。
雪合戦でもできそうな、鼻をかんだティッシュの白い山ができています。

でも、明日は大好きなフランスのアーティストの
企画展と記念講演をききにいくので、意地でも治さねばー!

ちなみに、そのアーティストというのは、
もうお亡くなりになった「ニキ・ド・サンファル」という女性です。

母がそのアーティストが大好きで、
まだ健常だった頃、

栃木の那須にあった美術館へ車をとばして一緒に見に行きました。
そして、たちまち私も魅了されてしまいました。

ニキの作品は、色彩の豊かさ、素材にとらわれない感じ、

特に「ナナ」という作品群では
「女性である」ということをすごく大らかに、
誇らしく表現していると感じました。

今回は作品数100点を超える日本最大規模の展示だそうです。

もう私は見ることができなくなってしまったけれど、
一緒に行っていただく通訳者さんの言葉を借りて、
「感じて」来ようと思います!

みゆ

☆ 展覧会のHPはこちらです。
http://www.niki2015.jp/

お大事に。楽しんでこれますように。 ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2015-09-17 22:43 | みゆエッセイ | Comments(1)

皮膚科

“皮膚科にて”

今日は自宅近くの個人病院の皮膚科に行って来ました。

従来めんどくさがりで病院嫌いの私は、
顔に直径8ミリくらいの丸いクレーターのように
皮膚がへこんでしまった跡がある事を、
気にしつつも長いこと放置していました。

しかし、体の他のところにも別件の湿疹ができてしまい、
顔も一緒に診てもらうことにして、私は重たい腰をあげたのでした。

このクレーターのような跡は、もとはといえば去年の夏、
私の顔にヘルペスができてしまったためのものです。

ヘルペスウイルスが、私の顔のあっちこっちに炎症をうつし、
侵食してしまいました。そのときも、
「市販薬ではどうにも治らない」ころまで、私は病院に行きませんでした。

初めての病院で、知らない医師の診察を受けるのは、
私にとってけっこうなハードルなんです。

けれど、結局、その皮膚科で診ていただいて、
処方していただいた的確なお薬を使ったら、

「あらまあ!」というほどあっという間に
ヘルペスウイルスは退治できました。

もんもんと悩んだ日々を思いながら、
「こんなことなら早く病院に行けばよかった」と思ったものでした。

 しかし、そのときに私の顔には、
ヘルペス菌の炎症が強かったために、

左目と鼻の間あたりに、
ヘルペスの跡(クレーターのような皮膚のへこみ)が
残ってしまいました。

顔にできてしまったキズ跡は、特に女性にとって重大なものです。
でも、現在私は見えないので、鏡を使って自分のことをみることはありません。

自分のスッピンの残念さは、5年前まで見ていて知っているので、
今でも化粧をしないでは外にでられませんし、

私にとって化粧をすることは髪をとかしたり、
歯磨きをするのと同じように当たり前の身だしなみです。

でも、大きなクレーターのある自分の顔は、
見たことがありません。

皮膚のへこみを触って感じるくらいなので、
具体的なイメージをもたないのです。

跡が目立とうと目だたまいと「クレーターがある」という事実が、
ただの言葉としかとらえられなくて

自分が抱いているセルフイメージに、
あまり影響を及ぼさないことも理由の1つです。

きっと見えていたら、毎日鏡をみて、
きっと大騒ぎしていただろうと思いますが。 

そんなわけで、私はずっと皮膚科に行かなかったのですが、
いい機会で今回、私の顔のクレーターを
先生に診ていただくことができたのです。

診察してくださった女医さんは、前回初めてお目にかかったときから、
私の手のひらに字をかいてくださったり、
診断内容を紙にも書いてくださったりと、とても親切にしてくださいます。

私なんぞに今日も、
「あなたはとても大切なことをしていますね。
人前にお出になることも多くおありでしょうから、

顔のキズは早く治しましょう。
お仕事、ご講演など、がんばってくださいね」
と、手書きしてくださいました。

ここにもすばらしい人がいました。
他人の心により沿った言葉をかけられる人であるのかどうかは、
その人の本質にもかかわることではないかと、私は思います。

そして、私が障害をもったことで、
相手の本質を引き出してしまう存在になってしまったことは、
意味があるのではないかと思いました。

体のキズもクレーターも早く治りますように。

みゆ
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by mi-yu-yu | 2015-09-16 23:39 | みゆエッセイ | Comments(0)