大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ

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社会復帰中

055.gif yuyuさんへ

こんなにも頭が痛くて、ごはんも食べることができないのは、久しぶりのことかもしれません。

そう、頭がガンガン割れるように痛むときは、脳みそがニョロリと溶けだして
首から下へと流れ落ちてしまいそうなほどの感覚にとらわれ、

頭の動きと共に、激しくシェイクされているような気持ちの悪さと、
どうしようもない嘔吐感に襲われます。

「このまま、私は今日の予定をドタキャンするはめになるのか?!情けない…!
でも病院にも行きたくない…!」

こうして長いこと思い悩んだ結果、最終的には待ち合わせ時間を少しばかり遅めてもらうと、
その間にクスリがだんだんと効いてくれました。

まだまだ外に出る気分にはなれなかったけれど、いつまでもこうして家にこもっていると、
このまま干からびてしまいそうに思えるので、そろそろ、社会生活へ復帰する第1歩として、

そして気分転換もかねた、お世話になっている方たちとの、
大切な意味のあるディナーに出かけることができました。

道すがら、思いもよらぬことに、新宿を歩いていると、
「テレビで見ました!!」とキレイなお姉さんが、
元気半分、省エネで活動中の私に、声をかけてくださいました。

「本当に会いたかったんです-!!」
涙を流してくださるその人に、私は、

「えー!?いやいやもったいないお言葉を!私、なにもしていないのに申し訳ない…」
といった気分でいっぱいでした。

でも、誰かの心に少しでも元気を与えられたのかもしれないと思うとうれしいし、
それが私のエネルギーにもつながるものです。
本当にありがとうございました。

やっとありついた、今日初めての食事は、ホットケーキやナポリタンで、
洋食好きなおじいちゃんが喜んで食べそうなものばかりだと思いました。

料理をいただいていると、無意識にその姿が思い浮かび、
さびしい気持ちに落ち込みそうになりました。

けれど、思い続ける限り、私の心の中に生き続けるおじいちゃんの存在を思いながら、
また再会できるその日のために、さらに大きく成長した私を紹介できるように
努力しようと思いました。

思いつづけるかぎり、きっとまた会える。

みゆ

055.gif miyuへ

おはようございます。今日の体調はいかがですか?
昨夜の話もまた聞かせてもらうの楽しみにしています。

今日は一日、ゆっくりお休みください。

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2013-05-31 23:36 | 日々のこと | Comments(1)

お葬式の日のこと

055.gif yuyuさんへ

本当に久しぶりに、東京に戻ってきました。
今日は、弱った身体に、学校をお休みして、
何よりもまず、睡眠を補充してあげることにしました。
気づいたら、お昼寝を3時間。

約2年ぶりの千葉では、子供たちがあちらこちらに走りまわり、
ひっきりなしに訪れる弔問客、行われるおじいちゃんのお葬式…、

私には、めまぐるしく移り変わる映像すべてが文字に化すので、
目の前にあるはずなのに、状況をつかめず、神経をピンとはりつめて、
少しでもレーダーをキャッチできるように空気を読みまくる、

言葉のカケラを拾い集めて想像する日々は、
予想以上に身体に負担がかかる1週間でもありました。

本当に、影くらいでも見えていれば、リビングでお茶を飲んでいるかわいいいとこに突進して、
お茶をぶっかけてしまうこともなかったのになー。

わざとではないにしても、指のあいだからこぼれおちてしまった情報や、
目で見れば一瞬でわかるのに、文字にすると大きく膨れ上がってしまうから、
伝えられるスローモーションのような言葉を待ちきれずに行動して、
へまをしたこともたくさんあったように思います。

たとえば、多くの弔問客に対する、喪主や遺族のあいさつでは、
どんなにみんなと同じようにあいさつをし、動きたくても、
どうしても私はタイムラグがうまれ、時間がかかってしまいます。

思い通りにならない自分の身体にイラだち、嫌気がさした日も、いく度とありました。
そんな日々でしたが、それでも、ちゃんと私も同じように、
おじいちゃんをお見送りできるように協力してくださった皆様に、
今はただただ感謝するばかりです。

私自身、情報不足に窒息しそうになりながら耐え、慣れない場所で多くの人と関わることは、
いつも以上にストレスがかかり、労力が必要でした。

だけど、それ以上に、慣れないために、思うように動けない私を誘導し、
手の会話をしてくれた人たちにも、たくさんのおおらかな心と忍耐強さ、
そして疲労感を与えてしまったことと思います。

そんなことになった自分が情けなくも思えましたが、あらためて感じるのは、
私は家族やまわりの人たちに、本当に恵まれていることで、
そんな人生を与えてもらえたことに、心から感謝しました。

みゆ

055.gif miyuへ

おかえりなさい。

本当に本当にお疲れ様でした。そんなにも果敢にお葬式に参列していたとは。
ちゃんと親族としての勤めを果たそうと、一緒に挨拶していたんですか・・・

他の孫のおちびちゃんたちはまだとてもそんなことできなくて
期待もされなかったのでは?

成人した孫としては、きちんと勤めを果たしたかったかもしれないけれど・・・
本当に頑張り屋さんですね。

「おんなじようにやりたい!」と地団駄踏むところは、おちびちゃんのようですが・・・
そんなmiyuの負けず嫌い、頑張り精神が、miyuのパワーの源なのですよね・・・。

ですが・・・、「おんなじ、おんなじ」を目指さないで、
miyuにできること、いえ、miyuだからできること、miyuにしかできないこと、
それを大切にして行くことが、miyuのエベレスト到達の道ではないかなーと思ったり・・・。

きっと、おじいちゃんもmiyuの頑張りを誇りに思うと同時に、miyuがエベレスト登山に伴う、
壮絶なストレスや押しつぶされそうな不安に負けずに希望を持って登っていけること、

「miyuが無事、自分のエベレスト山頂に到達しその景色を満喫すること」
を願っているのではないかな!

エベレスト登頂を目指すなら、やっぱり、肝心なところで頑張りきれるように
精神を安定に保ち、負荷と労力を節約し体力を温存し、
自分自身と相談(セルフコントロール)しながら戦略的に登っていかないと。

個性を最大限に発揮して、自分の人生の最高峰、
一番高く、おじいちゃんに一番近いところで、「がんばって登ったよー!」と
おじいちゃんに清々しく手を振りましょう!!

元気な日常があった千葉で、ただでさえ切ない思い出がつまった千葉で、
おじいちゃんのお見送りという重大ミッションを果たすべく、よく頑張りました。

しばし、お休みください。本当にお疲れ様でした。

ゆゆ

miyuより055.gif

自分では、もっともっとやれることはあったんじゃないかなと思うけれど、
実はいっぱいいっぱいだったのかもしれなくて、

「十分がんばったよ」と言ってもらえることが、何よりも私の後悔を救ってくれました。
今は何もせずに寝ていたいです。
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by mi-yu-yu | 2013-05-30 21:48 | 回想 | Comments(3)

初七日

055.gif yuyuさんへ

もう、誰もかも、ギリギリのところまできていました。
おばあちゃんも、両親も、私も。

もとの生活を取り戻さなければ、みんなでダメになってしまいそうでした。
どんなに悲しくても、身体は正直で、疲れるし、倒れそうにもなるし、悲鳴もあげている。

初七日を迎え、落ち着くどころか、ポッカリとあいた穴をふさぐこともできないまま、
ついに、私のクスリも昨日の朝を最後に底をついてしまいました。

「これ以上、ここにいることはできないね…東京に戻らないと…」
ゆっくりと悲しみをかみしめるヒマも与えてくれないくらい、押し寄せる忙しさ。

「少しくらい、心の整理をする時間をくれてもいいのに…人々は、何を急いでいるの?」

今日も、レンタルしていたおじいちゃんのベッドと車イスを撤収しに人がきました。
どんなに悲しくても、物事は進んでいく。

だから「残されたものは、その日がやってくるまで、精いっぱい生きなくては…。」?
どうも、そんな気分にはなれません。

おばあちゃんも疲れていて、私たち家族がいると、気を遣い、ゆっくり休めないにしても、
私には、大きな一軒家におばあちゃんをただ1人残していくことは、
あまりにもむごいことのように思えます。

だけど、私はお世話をしてもらわなければならなくなった立場であり、
足手まといになるだけで、かわりにごはんをつくって、ただそばに残ることもできない。
こんな身体にならなければ、もっと、できることはあったのにね…。

みゆ

055.gif miyuへ

悲しみを悲しみとして受け止める余裕もないほど、それが許されないほど、
忙しい世の中に暮らしているとすると、それこそが悲しいことだなーと思います。

仕事や学校に行っていると、それでもやるべきことは迫ってきて、
たとえ親を亡くしても、やるべきことも、試験もレポートも待ってはくれません・・・

でも、そんな時に流れに乗れなくても、それはそれでいいのかなーと思います。
それでも「頑張るべき」というものでもないのかなーと思います。

確かに、人が一人いなくなることは、とても大きなことで、
その後の整理が大変なのも事実です。

そんな忙しさに、みゆまでも飲み込まれるとは・・・
みゆこそが、しっかりおじいちゃんの存在を味わって、弔うことができる存在かもしれないのに。

亡くなった直後だからこその忙しさと、その現実対処しなければならないご家族の中で、
miyuこそが、今、静かに、おじいちゃんを想い、
あちらに送ってあげられる貴重な存在なのかもしれません。

しかし・・・、急変してハラハラとした思いで一夜を明かした、そのままの流れで、
お看取り、お葬式という人生の一大イベントを迎えたのだから、
miyuもご家族の皆様も本当にお疲れのことと思います。

一度、東京に帰ってきて、生活の段取りをつけて、
またママをおばあちゃんの元に返してあげることもできるのでは?
こうなる前に、そうなった時は・・・って話もしていたでしょう??

ゆゆ

miyuより055.gif

学校に行く元気も、ヤル気も出ないので、今週は大学をお休みすることにしました。
ゆっくり休みます。

yuyu: ゆっくりしてください・・・。話したい時は会いに行きます。おやすみなさい☆
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by mi-yu-yu | 2013-05-29 21:50 | 思い | Comments(3)

悲しみは・・・

055.gif yuyuさんへ

すべてが終わりました。
夢をみているような数日間。

こうして、悲しみを内に秘めたまま、人はまた日常へ戻っていくのでしょう。

私には「おじいちゃんが亡くなった」という事実だけが宙にうかび、
大好きなおじいちゃんの亡きがらも、遺影も、なにも見ることができないまま、
ただ冷たくなったまま熟睡しているおじいちゃんの顔を触り、

何が起きているのかとまどうまま、だけどとめどなく溢れる思いや悲しみは、
おじいちゃんの体をもう2度と触ることができない現実を、ちゃんと理解しているようでした。

おじいちゃんが置いていった、この悲哀に満ちた感情は、いったいどこへ葬ればよいのでしょう。
おじいちゃんはきっと「いつまでメソメソしてんだ!?」って怒るかもしれない。

ぐうたら生活が嫌いなおじいちゃんだけど、でも卒論やレポート、本を読む気にはなれません。
でも、私も自分の場所に戻らなくちゃ。
感情をコントロールできる大人にならなくちゃね。

みゆ

055.gif miyuへ

miyuの、ぐうたら嫌いはおじいちゃん譲り・・・

「悲しむべきことを悲しむ」「人との別れをしっかり受け止める」って、大切なことだから、
「すぐに日常生活に戻らなくちゃ!」とか、「悲しみをこらえて頑張らなくちゃ!」とか
思わなくていいよー。

「悲哀に満ちた感情・・・」は、どこへも葬らないで、
それを教えてくれたおじいちゃんを悼み、抱えていくことも意味があるのではないでしょうか。

おじいちゃんとの出会いと別れ、miyuに注がれた愛情や経験の贈り物を
しっかり味わって、心に刻むことで、より豊かで深みのある人間になるのだと思います。

ご家族みなさんも大きな儀式を終えて、お疲れのことと思います。
悲しみ方もそれぞれだと思います。
ゆっくり、ご自分のペースを大切に日常生活を取り戻して行けますように。

ゆゆ

miyuより055.gif

もう、みんなポロポロなきながら、悲しみをこらえて仕事をしていて、
おじいちゃんの部屋のおかたづけを始めています。

おばあちゃんも「悲しくてさびしいけれど、生きているものは
生活をしなければいけないでしょう、だからいつまでもメソメソしていちゃだめよ。
そんなみゆをおじいちゃんは喜ばないよ。」といいます。

だから私だけメソメソしていると、おじいちゃんにも心配をかけてしまうし、
がんばらなくちゃって思っています。

yuyu: えーーー?!やっぱり「(考え方は)頑張る」一家なんですねー。
    
     みんなだってポロポロ泣いているのにー??泣きたい時は徹底的に泣けー!!
     悲しみをこらえたりなんかしないで、堂々と泣きながらお片づけしたらいいのに。

     涙が枯れるまで泣いた方が、本当に大切なものがわかって頑張れます。
     おじいちゃんだって、今なら「自分はそんなに愛されてたのかー」って嬉しいかも。

     今こそ、徹底的に堂々と悲しめる時だから、おばあちゃんも我慢しない方がいいよー、
     って反対にmiyuが諭してあげたらどうでしょう。

     まあ、悲しみ方はいろいろ。泣いてないから悲しんでいないわけでもない。
     それぞれ自分の心に素直に自分のペースでね。

miyu: たぶん、利用していた福祉制度や、様々な手続きがあるため、
今は忙しさにかまけて、悲しみをまぎらわせているのだと思います。
すべて落ち着いた頃、ドット悲しみに襲われそうです。

  
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by mi-yu-yu | 2013-05-28 20:15 | 思い | Comments(6)

お通夜

055.gif yuyuさんへ

今日はお通夜のため、私も式場にみんなと宿泊中。
今宵でおじいちゃんとしばしのお別れで、

明日からは、もうおじいちゃんの姿はなく、お骨だけに変わってしまうのか…、と思うと、
なんだかやりきれない喪失感に満ちています。

祖父母にとって、私は初孫だったので、
それはそれはとってもかわいがってもらい育ちました。

私が小さいときは、おじいちゃんに「みゆ、おやすみのちゅーは?」と言われて寝るのが
祖父母宅にいるときの日課だったし、

おじいちゃんが少年だった頃の、特に戦争の話を
寝る前の絵本がわりによく語り聞かせてくれました。

おじいちゃんは読書家でもあったから、そこいらのつまらない本にお金をだすよりも、
よっぽどおもしろいお話をしてくれました。

祖父母と3人でいろんなところに旅行をした思い出も、ありありとよみがえります。
おじいちゃんの思い出を語ることは、もれなく私が当たり前のように元気だった頃の記憶も
一緒にくっついてくるから、私は失いしものの二重の悲しみをうけとらなければなりません。

でも、自分の人生に対して、どんなときにも一本筋を通し、
泣きごとをいったり、弱音をはかなかったおじいちゃんだから、

「家族葬につき、参列はお気持ちだけで結構です」と断っても断っても、
結局たくさんの人がお別れに来てくださるような、
みんなに愛され、人望の厚いおじいちゃんなのでしょうね。

私のおじいちゃんでいてくれたこと、本当に誇りに思います。
私も、自分の人生に責任をもって、しっかりと筋を通して生きられるようにがんばるからね。
だから、ずっとずっと見ててね。

みゆ

055.gif miyuへ

長い一日、お疲れさまです。
朝から、唐突に「四字熟語を教えて」というメールが来て・・・

いつものことながら、「どういう流れでこの質問が??」と思いつつ、
みゆが弔辞を書いているのかな・・・と

そばにいた母も巻き込んで、みゆの質問の意図もわからないまま、
考え、辞書をひき返信しました。

そうしたら、その返信から、miyuのご家族が集まって、
みんなでおじいちゃんの旅立ちを見送るために、知恵を出し合って、
あちらでの平安を祈る言葉を考えている姿が伝わって来ました。

miyuの家族みんなの「あーでもないこーでもない」という「試行(思考)錯誤?」も、
ちゃんとmiyuと手書きで共有して、miyuが一族の一員として、
おじいちゃんのお見送りにしっかり参加している情景が浮かんで、ほっこりしました。

そして、そんなカタチでyuyuも、miyuの大好きなおじいちゃんのお見送りに
参加させてもらって、嬉しかったです。

家族それぞれ「文殊の知恵」を出し合い、温かい支えあいや交流をしている姿を
おじいちゃんも感じて、安心して旅立てそうですね。
悲しみや苦しみの無い平安な世界で、魂が穏やかなやすらぎにつつまれますように。

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2013-05-26 23:52 | 思い | Comments(0)

中日

055.gif yuyuさんへ

今日は中日で、昨日よりは落ち着いています。
祖母も両親もおじさんたちも、みんな寝不足でグッタリだけど、
おじいちゃんのことがみんな大好きだから、

おじいちゃんに気持ちよく旅立ってもらおうと、
それぞれが自然と気遣いあって、役割分担して、疲れを気にしあって、
家族一丸となっているのがわかる。

おじいちゃんは人使いが荒かったけれど、でもそれを超えた人をひきつける
魅力があって、たくさんの人がおじいちゃんを中心に集まっていました。
本当に、おじいちゃんが作ったこの一族も最高です。

私も、今日はお皿洗いをしました。
この身体には、それくらいしかできないけれど、
お皿を流しに運んでくれれば、それくらい、ちゃんと私にもできるよ。

「おっ、みゆ、センキュー!」
テレビを観ながら、おじいちゃんなら、ジェスチャー付きでそう言っただろうな。

「センキューじゃないよ、まったく。口だけは達者なんだから、もうやになっちゃうね。」
おばあちゃんなら、そう言うかな?

そんな光景がありありと目にうかぶけれど、
私が失った目や耳があったころの幸せなひと時ははるか遠く、

今ベッドに寝ているおじいちゃんは、いくら話かけても何も答えてくれない。
時計の針を戻したら、時間もあの頃に戻ればいいのに。

みゆ

055.gif miyuへ

心の中にしっかりおじいちゃんの存在があって、
「こういう時には、おじいちゃんだったら、こう言うだろうなー」と、
おじいちゃんは、しっかりmiyuの心の中に住んでいて、対話できる存在なんですね。

実際の声を聞いたり、存在を実感することができないのは寂しいけれど、
そういう風に、心の中に大切な人が住んでいて、

離れていても実際に会話しなくても、対話できるということが、
生きていく上での孤独を支えてくれるものなのだろうなーと思います。

miyuはご両親からもとても大切にされているけれど、そのママも
ご両親から大切にされているのだな、と感じることがよくありました。

そうやって、大切に育まれることが伝播していくことや、
生きていく為の知恵や工夫が、愛情を持って伝播されていくことが、
実は、お金よりももっと大切な財産なんだと思います。

何度かブログでの話題にも出ていたように、おじいちゃんは、
miyuが自分の人生と向き合う上でのモデルでもあり、心で対話できる存在。

そして、実際、ものすごく可愛がってもらったそうですね・・・。

miyuにママを通して、命そのもののバトンを渡してくれたと共に、
miyuを心底可愛がり、豊かな経験や愛情の贈り物をしてくれたのだな、と感じます。

これからも、miyuの心の中で生き続け、励ましてくれることでしょう。
そして、魂が自由になって、今まで以上に
強力にmiyuを見守ってくれるのではないかな・・・。

ゆゆ

miyuより055.gif

おじいちゃんがいつもつけていた時計をもらいました。
ブカブカだし、文字盤も見えないけれど、私のさわる時計と一緒につけて、
いつも一緒にいてもらうことにしました。

いつまでもメソメソしていたら、おじいちゃんに、「ほら、みゆ、しっかりしろ!」って、
背中をバシッとたたかれそうだから、私もしっかりしなくちゃなあ。
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by mi-yu-yu | 2013-05-25 19:03 | 思い | Comments(4)

miyuにできる供養とは?

055.gif yuyuさんへ

葬儀会社の人、行列をつくっておじいちゃんに会いにくる近所の人たちへの対応。
昨日の今日だっていうのに、みんな悲しみをおし隠して、
おばあちゃんも母もおじさんも、涙をこらえながらみんな忙しそうに働いている。

私は誰かが来てもわからないし、葬儀の話も聞けない。
だからといって、みんな忙しく動きまわっているのに、
「情報ください」なんて、誰かを引きとめて足手まといになることもできない。

私も一緒にお手伝いしたいけれど、それができないなら、
せめてみんなの仕事を増やしたり、迷惑をかけないように、
2階でおとなしくおじいちゃんのことを考えていることが、
私にできる精いっぱいの供養かなと思いました。

みゆ

055.gif miyuへ

そばに誰かいて欲しい時は行きますよー。
おうちに来て欲しい時は言ってね!
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by mi-yu-yu | 2013-05-24 10:55 | 思い | Comments(5)

哀悼の意を捧げます


5月23日

みゆの大好きなおじいちゃんが、お亡くなりになりました。
お悔やみを申し上げます。 yuyu
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by mi-yu-yu | 2013-05-23 23:32 | miyu | Comments(3)

おじいちゃん

miyuより055.gif

さっき電話があって、おじいちゃんが急変したそうです。
今緊急手術中ですが、私もこれから千葉へ向かうので今日のブログはお休みさせてください。

(とのことでしたが・・・、夜中の3時頃、
miyuより、「気をまぎらわせています」と記事が届きました。)

055.gif yuyuさんへ

どんなに努力しても、見えないものは見えないし、聞こえないものは聞こえない。
自分の力ではどうにもならない無力感がつらかった。

学校の後、おじいちゃんの様態が急変したとの連絡があった。
私と母も、すぐさま病院に飛んで、緊急おじいちゃんのオペが終わるのを待った。

そうして一応手術は終わったけれど、なおも予断を許さない状況の中、
私は闘っているおじいちゃんの顔も様子も状況も、伝えてくれる言葉以外、
何も見れなかった。ただおじいちゃんの手をさわっていただけ。

それどころか、私はおじいちゃんの娘である母の足までひっぱってしまっている。
待合室にはおばあちゃんとおじ2人が集まっていて、みんな私に手書きをしてくれる。

それはとても嬉しいことだけれど、私はこんな緊急事態に
通訳者をお願いするヒマもなかったから、特に母には負担をかけることとなってしまいました。

この家族の中にはゆび点字の達者な人がいないため、
私はみんなの会話の速度についていけないから、
私はお医者さんのお話を一緒に聞くこともできない。

せめて、おじいちゃんの娘である母には、兄弟であるおじたちやおばあちゃんと一緒に
話を聞きに行ってほしかった。

だけど、そうすると私が1人で待合室にお留守番することになるから、
きっと気掛かりで、母にはできなかったのでしょう。

私は自分に対して悲しいというか、情けないというか、申し訳なさもある。
だけど今はなによりもおじいちゃんががんばってくれますように。
それだけです。

みゆ

055.gif miyuへ

おはよう。
昨夜は張り詰めた落ち着かない夜をすごしましたね。少し休めましたか?

miyuの無力感を受け止めるべきなのかもしれないけれど・・・
miyuの、プラスアルファな壮絶さはこの際、よこに置いて言わせてもらうと・・・

そういう時は、実はみんな無力感を抱えているもの。
無力感の中で、他に守るべきものがあるということは、支えになることもありますよ。

そして、先生の話を聞きたいか聞きたくないかはママの自由だけど・・・、

もし、またそんな機会があったらmiyuはおじいちゃんのそばに置いて
(聞きたい時は)先生の話を聞きに行ってください。

miyuとおじいちゃん、ふたりっきりで魂の対話をする貴重な機会になると思うので。
お大事に。大切な時間を過ごしてください。

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2013-05-22 20:47 | 思い | Comments(3)

一粒の麦もし死なずば

055.gif yuyuさんへ

今日の天気はなんなんだ!?
昨日の霧雨低気圧と、今日の30度高気圧の落差にやられて、頭がガンガンしています。

そんなわけで熱も出てしまい、今日は本読みに学校へ行くはずでしたが、
お休みさせてもらうことにしました。

通訳さんも手配していただいていたし、帰りはお友達とおしゃべりする予定だったのですが、
本当にたくさんの人にご迷惑かけて申し訳ないです。

相変わらず、頭はガンガンしていますが、ゼミの本読みが終わらなくてピンチなので、
今日は寝ながら自力読破中。

フランス文学、ジッド作の『一粒の麦もし死なずば』です。

本の内容はまだかじったばかりなのでよくわからないけれど、
この表題の意味を考えると難しいです。
でも、なんとなくこの言葉はかっこよくて、私をひきつけました。

この言葉は福音書に書かれている一説、キリストの言葉である、
「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」
からきているそうです。

私はこの言葉を、一生懸命ない頭で考えてみましたが、
「人は死とともに生きている。死ぬことがなければ、命は輝くこともないし、
死んだあとも形を変えて生まれるものがある。

みんな同じである必要はなく、それぞれが自分の信じるものを大切にしていけば、
いつか実を結ぶだろう。」と解釈しました。

難しすぎて、考えれば考えるほど底なし沼なのですが。
多数の中で生かされている自分だけど、

大勢がそう考えるから正しいわけでもないし、みんな一緒である必要もなく、
自分の考えを大切にすればいい。みんな違くていいんだ。

形はなくなっても、残るもの(思想とか理念?)はあるし、共感してくれる人はいるだろう。
連なっていた麦からポロリと落ちて、もしみんなと運命が異なってしまっても、

1粒ポロリと落ちたところでまた新しい芽をだして、新しい麦の仲間が生まれるかもしれない。
お互いの命を輝かせるために、1粒1粒の麦を大切にしよう!と考えました。

みゆ

055.gif miyuへ

今日は宗教の話ですか?!
なんだか、また簡単に返信できないような難しい話題が降ってきましたね。

でも私たち、無宗教だから・・・ましてmiyuは無神論者だから、解釈というよりも、
ただの自由な連想ということで、対話しましょう。

まっとうな頭?で話すのもなんなので、
miyuは「ない頭で真剣に何時間もかけて考えた」らしいけど、
yuyuは「ほろ酔いで気楽に考えようと、ビール片手に考える」ことにしました。

そういえば・・・miyuの応援を決意したとき、他にも、変化を拒み、変化を恐れ
「死んでいる?、いや、死なない?」種をいくつか抱えていました。

miyuも頑なに「死んで新しい命を生きることを恐れていました」
でもこの大変な地に落ちて、芽吹くのが大変な硬いカラに包まれた麦の一粒に、
むしろ大きな可能性を感じることができました。

もし、この大変な地に落ちた種がしっかり芽吹き、成長し、沢山の種を生み出せば、
変化を恐れ、カラを破れない種たちにも、大きな勇気と励ましになるのではないか?

自分が「この、どれも困難な地に蒔かれた、どの種を育てることを優先するべきなのか??」
毎日、神様に相談しました。

全部に満遍なく水をやったところで、yuyuの蓄えている水ではどれにも不足。
中途半端な気配りと配慮でも、どの種も芽吹かせることができない。

それで、miyuにyuyuが蓄えている限られたお水を最優先に与える決意をしました。
一番困難な種こそ、一番豊かな可能性を秘めているように思えました。

そして実際、miyuはいい種の資質を持っていて、このまま成長していったら
豊かな実りを人に分けてあげられるお花を咲かせてくれそうです。

miyuが、沢山の若者のみならず、沢山の人々に、
勇気や励ましを与えられる存在になってくれることは、
結局多くの種に水と栄養を与えることになる可能性があります。

自分の変化(死)を恐れず、カラを破ることにしたyuyuにも、
大きな実りを与えてくれるのかもしれません。

miyuの美しいお花を堪能できる喜びとともに、
miyuの存在と勇気が励みになって、沢山の可能性の塊の種たちがカラを破って

美しいそれぞれの花を咲かせ、豊かな実りを次につなげていくことができたら、
この世界が豊かになって、yuyuにとって最高の実りだと思います。

そして、今や、yuyu一人の水をせっせと上げなくても、沢山の人が少しずつ
水をかけてくれるので、miyuはぐんぐん豊かな成長をして、時期が来たら、
沢山の人にその実りを分け与えることになるのでしょう。

「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」
とは、「変化を恐れず、成長すること。」それが、yuyuの連想です。

「変化しなければただ一つのものも、変化し成長すれば一粒の種が沢山の種を生み出すこと」
かな、と思います。そして、それはこの世界の一つ一つの小さなことから、
人生全体の「生と死」にもつながることかな、と思います。

命は循環し、日々が小さな生と死の積み重ねでもあると思うから。

<おまけの連想>
25歳の時、一年間ボランティアの終了時に、
その一年間を四コマ漫画で示すという課題がありました。

yuyuは一年間をホスピスですごしたので、
1.一粒の種が→2.芽吹いて(双葉)、→3.成長して木になって、→4.沢山の実をつけて、
それが地面に落っこちて、→1.また種になる、という循環を→で示して、
それを「実りある死」という題名で、四コマ漫画にしたのを思い出しました。

ゆゆ

miyuより055.gif

なるほどー!やっぱりゆゆさんは賢いですね!
そうか!輪廻のことを言っているのですね!
とってもスッキリしました!ありがとうございまーす!

私は人に水を与えることはできないかもしれないけれど、
いっぱい実をつくることはできるかもしれない。
そしてまわりが豊かな麦畑になったらいいなー!

yuyu : さあ、実際はどんな意味かは知りません。ただの連想です。
     宗教的には、きっともっと深い意味があるのだと確信します。

     miyuのまわりが美しい黄金の麦畑になりますように☆

     そして金色に輝く麦畑を見たら、風になびく金色の髪の
     「星の王子様」を懐かしく思うように

     みんなが「一粒の麦の種から豊かな麦畑を作り出した」
     miyuのことを思い出して励まされますように!
     
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by mi-yu-yu | 2013-05-21 21:08 | 読書 | Comments(6)