大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ

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「たんぽぽ ぽぽたん」

055.gif yuyuさんへ

自分の心は、身体の中で元気に飛びはねて、
「外に出たい!遊びに行きたい!!自然の中にいたい!」って、言っているのに、

身体にはその元気がなくて、言うことをきいてくれなくて、心を必至になだめている、
そんな状況って、どんなに切ないでしょう。

まるで、強制的に押入れの中に閉じ込められて、
出られないようにくくりつけられているようなかんじ??(わかりにくい?)

気分次第で好き勝手にブラブラ出かけていた頃がなつかしいなー。

でも、きっと、家族の介護をしているような人だって、「外に出たい!でも出られない」、
縄でしばりつけられているような、自分の意思をジャマする反対向きの
ベクトルがあって、同じような気持ちを抱えているのかもしれません。

誰しも、「神さまが植えた場所で咲く」しかないのなら、
その場所で、どれだけたくさんの幸せを見つけ、感じられる人であるか、ってことが、
すごく大切なことなんだろうと思います。

たとえ、風に身をゆだね、とんできた場所が、孤独で寂しい場所であったとしても、
いつしか、まわりにたくさんのお花が咲いて、お花畑ができているかもしれません。

なんだか、今日は久しぶりに、私が初めて点字にふれることとなった、触る絵本、
「たんぽぽ ぽぽたん」が読みたい気分になりました。

この本を読むと、いきなり視聴覚を失って、文字も音もなくなり、
どうしようもなく辛かった日々のことを思い出します。

表紙には、細かい点で形作られた(レーザーポインター?)、
なつかしき、愛らしき、もう2度と見ることができないかもしれない、
慣れ親しんだ墨字が、触ってわかるように書いてあります。

手話も点字もわからなかった私にとって、墨字がうき出たかたちの
「たんぽぽ ぽぽたん」という、たった8文字だけのタイトルが、すごく、すごく嬉しかった。

中の文も、たった20文字くらいの1ページを、点字で読むのに、ツメをたてて、
点の場所を一生懸命探って、やっと1週間で読みました。

でも、そうやって、一生懸命読むと、みんなが喜んで、褒めてくれるんです。
最初は点字をさわることすら受け入れられなくて、

点字を勉強したら、見えないことを認めるみたいで、このまま一生見えないみたいで、
触りたくもなかったけれど、みんなが読めない文字を読めることは、
ちょっと得意気でもありました。

この絵本は、そんな頃の思いがつまっています。

そしてこの本の内容から今も感じるのは、晴れの日もくもりの日も雨の日も、
ムダなことなんて1つもなく、

自分が植えられたまっくらな土の中から、芽をだして、キレイな花をさかせるための、
大切な栄養分なのだということです。

みゆ

055.gif miyuへ

絵本を大切に読んでくれてありがとう。
yuyuのすることは、いつも「種まき」だから、

yuyuの意図が花開くのはいつもかなり先になってから。
でもmiyuは必ずわかってくれるから、期待できておもしろい。

種の中の命だって、「外に出たい!おひさまの光を浴びたい!」って、
強く願って、固い殻や真っ暗な土の中に閉じ込められているのかも。

でも自然な命の発露に従っていけば、種からも土からも芽を出して、
そして花開けば、その美しさや香りに惹かれて、いろんな虫たちが遊びにやってくる。

まっ暗な土の中で、一生懸命伸ばした根っこにも、微生物のお友達や、
もぐらくんたちが、楽しそうに集まっているかも?!

花はただそこに咲いているだけだけど、自由に動いていくことはできないけれど、

それが花の運命で、時には葉っぱの陰で虫たちに雨宿りさせてあげたり、
さなぎを作ったり、卵を産み付ける場所を貸してあげたりする。

蝶ちょや蜂が飛んできて、蝶ちょは蝶ちょ、蜂は蜂の役目を果たす。

別に花のために支援しているわけじゃないけど、
自分たちのために活動しているけれど、花が種や実を作るのを手伝ってくれる。

与えられた場所で幸せに咲いていたら、いろんな人が花に心を慰めてもらいに寄ってくるし、
自分の中から生まれた種を遠くに飛ばして、あちこちに花を咲かせることもできる。

風や鳥が、種を遠くに飛ばすのを協力してくれるかもしれない。

miyuはきっと素敵な花を咲かせてくれるから、そして花としての役目を果たすから
大事に水をやらないと♪ (でも水をやりすぎると枯れるから、過保護も禁止です。)

しなやかで美しい花がつぼみの中で、花開くのを待っているところを想像して、
じーっと楽しみに観察中です。では、また。

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2012-11-30 20:15 | 読書 | Comments(0)

インターフォン

055.gif yuyuさんへ

今日は早朝から夜遅くまで、母はお友達と温泉?スパ?
なんだかよく知りませんけれど、遊びにでかけたので、
私はのびのび1人くらしを満喫中。

退院したばかりの頃は、母にとって盲ろうの私は、1人でおいて出かけるには
心配で?気がかりで?自分が自由に出かけられない、

まるで母と私はお互いに、おおいかぶさりあって、がんじがらめになって、
窮屈で、ケンカばかりの日々でした。

それが、夏の1人ぐらし体験を通して、「1人でも大丈夫」ということが実証され、
やっと母も自分の人生を歩きはじめ、新たな交友関係も生まれ来たようです。

私自身としても、「母がいないとダメ」と思われることも減って、本当に良かった。
でも、困ることもモチロンあります。

今日もそうでしたが、大学に行くのに、お迎えにきてくれた通訳さんが鳴らす
インターフォンが聞こえないこと。

ただ単に、玄関のカギを開けるだけならいいけれど、
その前には難関の2重重ねのオートロックがあります。

でも、インターフォンがなったことを、腕時計の振動で伝えてくれる、
聴覚障がい者の機械は、同居人がいると支給してもらえません。

盲ろうの私は、モニターでチェックすることもできないし、
オートロックを開けるためのボタンの位置も難しい。

それでも、母に自由に出かけてもらうためには、自力でどうにかするしかないんです。
1人くらしをすることだけが、自立なのではなく、

経済状況などの、その人をとりまくさまざまな問題によって、
1人ぐらしが難しい状況の人もいます。

そんな人が、家族と暮らしていても、自立した生活をするために、
必要なものがあるならば、必要な人のところへ届けられるようになれば いいんだけどなー。

みゆ

055.gif miyuへ

え、そんな便利な機械があったんだ・・・
必死にない知恵を絞っていたのに・・・

それ、miyuにとって普段でも必需品ですよねー。
同居人がいたって、いつも二人一緒にいるわけにいかないよね。

それって何とかならないのかなー。
絶対必要です!って福祉の窓口で叫んでみては。

ゆゆ

miyuより055.gif

こんばんわ!!
でも、「自立支援法」により、ダメみたいです。

yuyu: 自立支援法か・・・。
     最近、福祉の制度とは全くご無沙汰で、もう変化についていけなくなっちゃったな。
    すっかり世捨て人となって、心の不思議を楽しむ毎日です。

     昨日は、涙というよりも頭に来る講義だったのかなーっていう印象ですが、
     今日の制度といい、頭にくることが沢山ありそう・・・

     ほんと、頭にきちゃうね!!

     パン屋に「いつも怒ってばかりいる店長」と、
     「いつもニコニコしている障害を抱えた人」がいたら、
     
     絶対、ニコニコしている子の方が歓迎されていて、
     お店の士気にも売上にも貢献してるのに!
     
     私は生産性がなくても、笑顔で幸福感を溢れさせて過ごしているだけで、
     十分他人の幸福に貢献していると思います。

     では、明日もハッピーに行きましょう。素敵な休日を!!     
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by mi-yu-yu | 2012-11-29 21:56 | 日々のこと | Comments(1)
055.gif yuyuさんへ

心がグッサリ痛いmiyuです。
人が生きるって、どういうことでしょうか??
またこの問いへ戻ってきてしまった気がします。

もし、西洋医学が発展していなかったら、おまじないやお祈りだけでは、
どうにもこうにもならないことがあります。

医学が発展したことにより、使うクスリや手術が増え、
それに伴って医療ミスや副作用も増えました。

でも、何もせずに、自然に任せているだけだったら、死んでしまう人もいます。

私も、1年半前、手術を受けなかったら、今頃はきっと死んでいました。
目と耳をとられたけれど、今ある命は、現代医学の賜物、生かされた命です。

つまり、自然の流れとしては死んでいるはずのmiyuが、
流れに逆らって、生きているわけです。

「人が生きている」、「死んでいる」の境界線は、一体どこでしょう??

尊厳死や本人の意思を尊重することが大切なら、盲ろうになっても生きたいのかどうなのか、
私にも選択が必要だったのかもしれません。

だって、「障がい者も、多少の不手際があっても、パンは焼ける。
そうして雇用され、自立を支援することもできる」、なんて、社会貢献の1例があるけれど、

私はそれは支援なんかじゃないと思うし、
そこまでして生きて、社会に貢献しようとも思えません。

もちろん、パンを焼くことに喜びを感じて、誇りをもってやれる人にとっては、
すばらしい仕事です。私もパンは大好きだし。

でも、健常の人にもいろいろな人がいるように、障がいをもった人だっていろいろで、
パンを焼くことに喜びを感じない人だっています。

私は、パンを作りたくて大学に来たわけではないのに、障がいを持つと、
自分が社会貢献できる道が一気にせばまってしまいます。

私は、障がいがあったって、それぞれの個性を活かせて、満足できる場所を与えられ、
社会のためにも貢献できるのが、本当の支援であると思っています。

障がいがあったって、なくたって、自分を活かして輝けることが、
生きている喜びなのではないでしょうか。

みゆ

055.gif miyuへ

降水確率が高くて、警報が出ているような日は、一番備えなければならなかったのは
yuyuだった・・・ということを今頃、思い知らされました。

なんて重いテーマが降ってきたのでしょう。

yuyuはけして、miyuが流れに逆らって生きているとは思いません。
今、この時代に生まれて、手術で命が生かされるという場にいることができた。

それこそが運命の巡り合わせなのではないでしょうか。
これが発展途上国でも無理だったと思うし、その後のサポートもなかったかもしれません。

それは必要ないからではなくて、それどころではないから、思いつきもしないからであって、
こういう可能性もあるということを示せるということは、とても重要なことだと思います。

miyuだって、今現在のサポートを想像もできなかった時に、盲ろうで生きていくか
選択を迫られたら・・・幸せを感じることもできるのに「できない」と決め付けている時に
選択を迫られたら・・・それこそが怖かったなー。


「人が生きている」、「死んでいる」の境界線。それは・・・、
(以下は、長くなりすぎたので中略。miyuには全文送っています。)

~略~


パンを作って人にとって大切な食行動を支えるから、社会貢献っていう発想自体が、
どうなのー。って思います。生産性がなければ生きている意味がないという発想ですかね?

生産性なんてなくても、「生きている」その命を表現している、
自分にできることをして命そのものを輝かせている、

どんな状況でも、与えられた命を生き抜く。それが大事で、
人にその「与えられた命を生き抜く」ということの「質」をも考えさせている。

それは素晴らしい「人類への貢献」だと思います。
まだまだ一人一人が生きることに精一杯で、「質」もへったくれもない国もあると思います。

どんな状況でも幸せに生き抜くことができる「見本」があれば、それは
全世界のためにもなると思います。(日本が見本となっているとも思えていないけど)

誰でも身体が壊れることはあるけれど、そんな時でも、豊かに生きていくということは、
「どんな社会であれば、身体が壊れても幸せに生きていけるんだろう」、
ってそれぞれが考える、

「どんな考え方で、人生における様々な障がいを捉えて行動していけば、
自分の身体が壊れた時も、幸せを感じて生きていけるんだろう」と考える、

そういうことが、すべての人にとって大切なんじゃないかなー。と思います。
そして、見本があるとやりやすい。

miyuの目と耳が壊れてしまった身体には「ピチピチの活きのいい魂」が宿っていて、
肉体はしっかり生命活動(呼吸をしたり、それぞれの細胞が活動していること)を維持していて、
しかも幸せを感じる瞬間も沢山ある。

おまけに出かけて人と交流したり、大学に行ってしっかり学ぶこともできる!
学んだことをこうして人と分かち持ったりもしてる・・・

「パンを作りたくて大学に来たわけではないのに、障がいを持つと、
自分が社会貢献できる道が一気にせばまってしまいます。」??

別にパン焼かなくていいし、社会貢献できる道は、むしろ広がっているかも!!

会社で自分の生活のためにノルマを果たすとかじゃなくて、
人間が生きていくということを深ーく考えさせてくれるような、
ホントの意味で社会貢献する可能性です!

もう、はっきり言って反対に、社会貢献しか道はないんじゃないのー??
みんなが幸せに生きていくための想像力・創造力を刺激しまくるしかないんじゃ??

miyuの家族のサポートとか人間関係とか、目と耳が使えなくなった以外の様々な条件は、
世の中の別の苦しみの中にいる人と比較したときに(比較は嫌いだけど)
むしろ恵まれていると感じるところが多くて、

miyuが、これで「生きていけない」となったら、
「日本で盲ろうになったら誰も生きていけない」ってことだし、
引きこもって生きていくしか道がなければ、みんな引きこもるしかない・・・。

「それは社会の問題だなーと思って、状況がそう思わせるってことだなー」と思って、
本当に、日本では盲ろうになったら幸せに生きていけないのか?大学には行けないのか?
引きこもって、ひっそり暮らさなければならないのか?

yuyuは神様から、これまでのお仕事の総決算?総合問題?を与えられた気分になり、
「しょうがないかー。頑張るかー。」という、重い腰を上げました。

でも、miyuが頑張る気持ちになってくれただけで、(←そこだけが大変だっただけで、)
yuyuはそんなに具体的支援は頑張らなくてすんで、
むしろ心の問題もかなり重要だと気付かされて、

本人が「がんばりたい」って気持ちを示すだけで、みんな応援してくれるものなんだー。
心さえ決まれば、そっちの方向に展開していくんだーと、(逆に決まらないと何も進まない)

制度だけでは補えない部分も、人との関わりを持つことで、むしろ補ってもらえて、
日本ってまだまだ捨てたもんじゃないかも♪ と
(まだ制度上の問題、沢山あるみたいですが、けして満足の行くものではないらしいですが、)

当事者にしてみたら、大変なことが一杯ありそうだけど、そして、どんなに環境が整っても、
心の大変さは、解決されるものではないかもしれないけれど、

それでも、miyuの魂がピカピカ輝いてて、こうしてちゃんとみんなの想像力を刺激して
社会貢献もしていて、人としての大切な役目を果たしていて、素晴らしい!と思います。

では、グッサリ、心の傷?が癒える日が来ますように。お疲れ様でした。

ゆゆ

miyuより055.gif
 
生命活動ってなんですか??(yu: かっこで説明つけときました)
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by mi-yu-yu | 2012-11-28 23:32 | 大学でのこと | Comments(2)

楽しい話と思いきや?

055.gif yuyuさんへ

もうすぐ12月。
レポートのことなんて考えたくないので、その先の、楽しい楽しい?
冬休み、春休みに思いをはせています。

毎年恒例我が家の年末年始は、親戚一同が集まって
みんなで年越しソバやおせちをつつきながら、ワイワイガヤガヤやるものだけれど、
今年はどうしようかなー。

わざわざ千葉に出向いて、おばあちゃんたち特有の
ちょっぴり変な手書き文字を授かりにいこうか。

慣れ親しんだ祖父母の家の探検は、もはやジャングルクルーズと化してしまったから、
あんまり気分がのりません。

2年前の今ごろは、祖父母の家はジャングルではなく、ただの大好きな祖父母のお家でした。
大学3年次の終わり、就活をはじめたころ、髪の毛を真っ黒に染めなければならず、
ほんとうにイヤだったけれど、

パリっとスーツを身にまとって、ちょっとお姉さんになったような高揚感と、
背筋がピンとなるような緊張感、期待と夢でいっぱいでした。
(まるで中学校の入学式!?!)

あの半年後、まさか盲ろうになるとはー。
去年の今ごろは、まだ入院中だったけれど、外泊で祖父母のお家に出かけることにしました。

もう、すでに祖父母のおうちはジャングルと化していて、
慣れ親しんだはずのものが、なにも見えませんでした。

以前と変わらず、そこにあるのはわかっているのに。
おばあちゃん、おじいちゃんの顔は一体どんな顔だったっけ??

おじいちゃんの描いた神がかった風景画はどこへ消えた??
ちっちゃな従兄弟たちは、日々成長しているだろうけれど、
私の頭の中では成長がとまったまま、いつまでも同じ、ちっちゃな従兄弟たち。

キレイに手入れされた緑あふれるお庭の中で、縁側に寝っころがって、虫の音を聴きながら、
真っ青にすんだ空の中を流れていく雲を、ボーっと眺めているのが好きだったなー。

大好きだった商店街のおばちゃん、おじちゃんは今ごろ何をしているんだろう。
みんな変わらず元気でいるのかな。

なんだかとても遠い昔のお話のようですが、
あの風景は今もハッキリ思い出せます。

そんな中、今年は祖父母のお家でゆったりまったり、新年を迎えられるのか、どうなのか。
大好きだけれど、悲しみを痛感する場所。
ジャングルクルーズはまだまだなれません。

みゆ

055.gif miyuへ

喪失と向き合うのって、本当に大変なことだね。
楽しい冬休みや春休みの話が展開していくのかと思いきや・・・

そういえば、冬休みや夏休みに里帰りして、元気に暮らしていた頃の生活に直面するたびに、
大変なバトルをして帰ってきていたような・・・。

miyuは、退院後、新しい環境で生活をスタートさせて、「とにかく前向きに行く」ということで、
頑張ってこれたのかもしれないね。

入院する前と違う状態で元の家に帰ることになった人たちは、
以前と違う状態の暮らしを受け入れていくのに、

むしろおうちで大変な心の葛藤を抱えているのか・・・
と考えさせられました。

病院にいる間は治療とか、その状況に直面するので必死だろうしね・・・。

病院での身体的機能の喪失(障がい)そのものを受け入れていく過程と、
社会に戻ってからの社会的な側面も含めた機能の喪失(障がい)を抱えた生活を
受け入れていく過程って、なんだか質が違って、

身体機能の喪失に伴う、社会生活の中で何気なく「できてたことができなくなる」
様々な喪失や、役割や関係の変化という喪失は、

これまでと違う日常生活や社会生活の中でこそ、人との関わりの中でこそ、
直面させられて、気持ちの上でも、いくつもの困難な段階を踏んで
乗り越えて行くものなのだなー、と

喪失とハンディキャップを受けいれる道のりとは単純ではない、
その大変さと「時間」が必要なことを痛感します・・・。

miyuも焦らず、ゆっくり自分の生活を作っていけたらいいね。

喪失と再生って、単純に二分割できなくて、
再生のための作業をしながら、新しい生活に適応しながら、喪失を受け入れていく、

日々、行ったり来たりしながら、そんなことの繰り返しなのかもしれないね。
そして、最後まで消せない思いというのもあるのかもしれません・・・。

もう、一気に何もかも受け入れようとしなくていいから、
「私は、受け入れられました!」なんて頑張らなくていいから、長い時間かけて、

自分のペースで、自分の気持ちを大切にしながら進んでいけるように、
時々嵐やヒョウが降ってくることも覚悟して、応援しますよー。

まだまだ山アリ谷アリの地道で苦しい登山の日々だけど、
目指す高い山の美しい頂きを見上げながら、そこを目指して、進んでいきましょう。

そして、楽しいものを感じた時は寄り道しながら、ホッと一息ついたときの
心地よい風を感じて、凛々しく、颯爽と登って行きましょう!
(楽しいものを見つけるだけの人生でも、十分素晴らしいと思います!)

みゆの場合は、たった一人の孤独な山登りじゃないところがいいね。
みんなでワイワイ、励ましあいながら、登ってくださいませ。

ゆゆ

miyuより055.gif

私危なっかしいので、時々ひっかかって転んで、谷間におっこちそうになりますー
ゆゆさんに起こしてもらわないと!!七転び八起き!!
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by mi-yu-yu | 2012-11-27 21:48 | 思い | Comments(0)

医療人類学の予習中

055.gif yuyuさんへ

最近、 一気に寒くなったせいか、 私のまわりでも体調を崩す人が増えています。
みなさん大丈夫でしょうか。私も気をつけなければ。

さて、今週の水曜は、いよいよ、「医療人類学」です。
その響きから、もうすでに私にとって、ヤバそうな気がしているのだけれど…

現代の医療について、深く考えるということで、
授業で使う映像として、文字おこしされたデータが渡されました。
それが、なんと、「1リットルの涙」。

主人公が、「どうして病気は私をえらんだの?」と泣き叫び、
母親も、「どんなことがあっても、体のことを考えて、料理だけは手をぬかなかった。
それなのにどうして、うちの子が…?」って。

先生・・・鬼です。
これはすでに、かなりキツそうです。

入院中、「私も1リットルの涙の主人公みたいに、ドラマになれるようにがんばる!」と、公言し、
「何か立派なことをして、ドラマや映画になれるような人になろう」、と思ってきました。

でも、まだそれから8カ月程度…。
まさか、こんなに早く、目標だったけれど、見るのがツライ、
私の心の核心に迫ってくるような、映像と向き合うことになるとは…。

降水確率は80パーセントくらい??

あまりに内容が酷なので、まわりも心配してくれていて、とてもありがたいです。
でも、私はちゃんと授業をうけるつもりです。真正面から勝負してみたい。

「1リットルの涙」を見て、先生の話を聞くということは、きっとツライことです。
でも、その立ちはだかるツラさの山を乗り越えたら、また見える景色が違って、
また1つ、私の目指すものに近づけるかもしれません。

だから、乗り越えたいです。

みゆ


055.gif miyuへ

miyu親子のライバルだった「一リットルの涙」が、miyuに挑戦状を?!
「おもしろすぎる・・・!!」と笑ってしまいましたが・・・、ここは笑うところではなかった?

ドラマの門は、miyuの前に大きく開かれていて、
段差も敷居もないから、車椅子でもスーっと入っていけるのだけど、

なんと、そこへ持っていくものがまだ何にもないんですよねー。
「いい原作と、いいエピソードと、いい脚本」があれば、いつでも可能性は開かれているのに、

miyuは過去に心を閉ざして、新しい道を切り開くことしか考えていなかったし、
未来を切り拓くのはこれからだし、

現在の、「目と耳が使えなくなりました。何百リットル泣きました!」だけでは、
どうにもドラマにできないし、

何よりも「お涙頂戴」はまっぴらごめんのmiyu。
まさに「同情するなら金をくれ!」
(↑ このドラマはyuyu世代しかわからんかも・・・by「家なき子」)

じゃあ、地道に素材を作って行くしかないんじゃない??ということで、
まずは、本になることやドキュメンタリーを目指して、ここまで、やってきて、

その間に、過去の友だちとのつながりが復活し、
過去からせき止められていた流れもつながりました。

一人暮らし体験もやってみて、新しい人間関係も広がって、
少し未来のエピソードも育ってきました。

これからの未来は、どんなドラマになったらいいか、イメージしながら、
素敵なドラマを展開していくといいね!ドラマには波乱も苦しみもスパイス!

それがあってこそ、それをどう乗り越えるかが、ドラマチックなんですから、
ドラマになろうなんて勇気ある・・・。しかも目指すは、ハッピーエンド!!

友人の皆さんもドラマに素敵な味を付ける大切な脇役?ですから、
積極的にmiyuの素晴らしいドラマに関与して行って

一緒に感動の名作を作りあげてください。きっと自分のドラマも素敵になりますよ!

しかし・・・yuyuはすぐ、ヘンなアイディアばかり浮かんでしまい、
浮かんだことはやりたくなるから、

どんどん自分の道からはずれて行って、思わぬ人生になっているのですよねー。
miyuと出会ってしまい、yuyuの人生ドラマは、どんな展開をしてしまうのか・・・恐ろしい・・・。


ま、ぜひ「一リットルの涙」を検証して、自分がどんなドラマを作り上げたいのか、
よく考えて構想を練ってみてくださいねー。

って、これは「医療人類学」の授業でしたね・・・。

しかし、ドラマ実現に関する鬼レベルで言うと、おそらく
医療人類学の先生 < ゆゆ < 監督
だと思われるので、その山は練習登山として何とか乗り越えて欲しいものです。
(エベレスト登山をしている友人は富士山が練習登山だってさー)

「1リットルの涙」では、すでに負けているから、
授業中だけでも「5リットル」は涙を流してこないと・・・(こんなことに勝ち負けはない!!)

先生が授業できなくなっちゃうかも・・・

なんにせよ、その日の予報は雨。降水確率99%ということで、泣いて来てください。
お天気には逆らえません。でも、その後、キレイな虹がかかるかもしれないよ。

ゆゆ

miyuより055.gif

こんにちわ!
お返事とてもステキでした!挑戦状、受けてたちます!!!
なんかもう、ゆゆさんパワーで笑えてきたので明日もがんばりまーす!

yuyu: 「miyuによる大雨洪水注意報」発令中。警戒区域の皆さん、十分備えてください。
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by mi-yu-yu | 2012-11-26 23:05 | 大学でのこと | Comments(2)

お見舞い

055.gif yuyuさんへ

今日は、「盲ろうのお姉さま」のおうちに、お見舞いに行ってきました。
お姉さまは、私の人生の「道しるべ」でもあり、

盲ろう女子として同じ気持ちを理解できる同志でもあり、難病と闘う戦友でもあります。

初めて出会った時から、まだ半年くらいしかたっていないような気がするけれど、
私にとって、とても大切な存在です。

そんな、お姉さまのお見舞い。
見る景色も、音もなく、医療器具に囲まれて、外にも出れずに、
孤独と闘いながら寝ているしかないって、どんな気持ちかと思ったら、

どんなふうに声をかければいいのか、とても悲しい気持ちでした。
ただ、早く元気になってほしいだけ。

お姉さまの家を出るとき、おうちに1人、お姉さまを残して出ていくのが、とても辛かったです。
私でも、気休めくらいになれるのなら、また遊びに行きたいなーと思っています。

でも今日は、鍛えあげた「ゆび文字」を披露できて、触手話で読み取ってもらえて、
とてもうれしかったなー。

お互い盲ろうで、耳が使えず、コミュニケーション手段も異なり、
いつも私の言葉を直接伝えることができていませんでした。
(いつもお姉さまは、ゆび点字や手書きで、私に伝えてくれるのです)

だから、初めて言葉を読みとってもらえたとき、
「伝わった!!!!!」って、すごく感動しました。

私の言葉に、相手が瞬時に反応してくれている、この感じ。

誰かが通訳してくれるのは、とてもありがたいことだけれど、
相手に言葉が伝わって、その反応がまた通訳されて戻ってくるまでに、
とても時間がかかってしまうんですよね。

それなので、会話に臨場感が欠けてしまいがち…
最近、コミュニケーションの問題が多く私のそばにあり、いろいろと考えているけれど、

結局は、私がゆび文字、手話マスターになれば、オールオッケーなんですよね。
私がゆび文字や手話を学ぶことで、話ができる相手がいるのなら、

そしてそれが大切な人であるのならなおさら、やるしかないと思います。
そして同時に、いろんな人と話ができる手段が増えるということは、

私にとってもムダなことではなく、私の人生をも豊かにしてくれるものだろうと、思っています。

ミユ

055.gif miyuへ

盲ろうのお姉さま・・・
先日、miyuのブレイルセンス故障の記事のところに、コメントくださっていて、

「大丈夫かなー。具合が悪そうなのに、miyuのこと気遣ってくれてる・・・」
と思っているところでしたが、本当に具合が悪そうですね。

おとといのmiyuの切ないブログもお姉さまのことだったのか・・・。
相手の言葉でお見舞できて、お姉さまを励ますことができたかな?

どうかお大事に・・・。

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2012-11-25 22:51 | 盲ろう | Comments(2)

逆転コミュニケーション

055.gif yuyuさんへ

人生の半ば、コミュニケーションに障害を持ちました。
耳から入る情報が限られるようになり、大勢の中にいても、

みんなの話についていけなくて、置いてけぼりになって、みんなと同じテンポで笑えなくて 、
大勢の中での孤独や、さびしい思いも沢山してきたように思います。

そんな中、思いついたが、INVERTIONコミュニケーション。(逆転コミュニケーション)

「日々のコミュニケーションにハンディを得て、つらい思い、苦労をしているのなら、
自分たちの言語が主流の、INVERTIONコミュニケーションの世界を作って、
のびのび楽しくやればいいじゃない!?!」

そして、いざ、実践。
メンバーは、盲ろうの私(ゆび点字)、難聴のくるみ(ゆび文字)、健常の友達(音声)。
みんなコミュニケーション手段はバラバラだけれど、なんてことはない、
同じ大学で仲良くなった友達であることに変わりはありません。

「音声だけでの会話は禁止、誰か1人だけがわからない会話も禁止、
くるみがごはんを作ってくれているときも、3人でおしゃべりをすること。」

ゆび点字や手書き、ゆび文字だけの世界。
私にも、くるみにも、全部のおしゃべりの内容が入ってくることは、
この上ない喜びでもありました。

時折、近くで眺めていたらしい母は、ゆび文字がよめないので、
会話がわからず、さびしい思いをしていたそうです。

私とくるみは、多かれ少なかれ、いつも感じている孤独なさびしさが、
逆転コミュニケーションにより、立場も逆転、

私たちが会話の内容を説明してあげなければならないという、おもしろい状況でした。
そして、この状況に満足しきりの私たち。

結局、気づいたら9時間もおしゃべりしていました。
でもほんとうに、それだけ充実感と解放感を感じて、楽しかったのだと思います。

もっともっとゆび文字をがんばりまーす!!

みゆ

055.gif miyuへ

アップが遅くなってごめんね。
なんと、その会話、yuyuも入れてもらえるかも?

指点字、指文字、手書き、バイリンガル目指しています!

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2012-11-24 23:40 | 日々のこと | Comments(2)

勤労感謝の日の思索

055.gif yuyuさんへ

どうして人は病気になるのでしょう。
多くの中からその人が選びだされた理由は??
選ばれなかった人と、選ばれた人との違いは??

友達が、家族が、大切な人が、病におかされていくのを、
近くで、何もできずに、ただみているしかない、無力さ。
ほんとうにはがゆい気持ちです。

どうしてその人が、そんなに大きな闘いを強いられなければならないのか??
もちろん私も、どうなることやらわからない自分の病気があるけれど、
今は盲ろうになったけれど、でも元気だから、ツライ思いをしている人のそばにいたいなー。

病気なんてなくなって、みんなで幸せに暮らせたらいいのに。
でも、病気になったから、出会えた人たちもいて、

病気はマイナス要素だけではないのかな、とも思います。
自分だけが満足して、幸せを実感するのではなくて、
みんなで一緒に笑いあえたら、もっともっとステキなのになー。

人として、どんなことができるか、何が重要か。
私にできることってなにか、わからない。
進行していく病気ならなおさら、このまま時間を止めてしまいたいくらいです。

みゆ

055.gif miyuへ

今日は、祝日。勤労感謝の日でしたが・・・
yuyuは、いつも通りお仕事に行ってきました。

最近、カレンダーとかも全然気にせず、日々をのんきに過ごしているので、
「お仕事があることに感謝」して、勤労感謝のお勤めをしてきました。

病院は休日に行くと、辛くて寂しい思いをしている人は喜んでくれるけれど、
miyuも休みの日は他の予定がなくて退屈だから、行くと喜んでくれましたよね・・・。

「生老病死」は、人生における免れない四つの苦悩といいますね。
本当は選ぶとか選ばないとかではなくて、誰にとっても起こりうることとして、

共に支え合って、誰かが大変なときには声をかけて
自分にできるささやかな手伝い(ちょっとご飯を持って行ってあげたり)が
できる社会だといいなーと思います。

最近、隣近所でもお互いの生活に立ち入らなくて、そういう状況にあることも知らない、
あえて干渉しない、というような空気もあるけれど、まだまだそういうささやかな助け合いが
生きていることも知ると、ホッとします。

若い男性が妻を亡くした悲しみで、ご飯も食べられなくなっていた時に、心配していたら、

なんと自分の猫ちゃんをかして、その餌やりや世話をしに行きながら、
悲嘆にくれている男性を慰めたり、お食事の心配をしてくれた大家さんがいましたよ。

いろんな慰め方があるものだ。と心あたたまる思いがしたけれど、
miyuもその存在だけで、沢山の人を慰めることができると思います。

でも実は、miyuがそんな話ばかり聞かされるようになったら、それも辛いな・・・とも
心配しているのだけど。

最期の瞬間まで、ポッと明るい気持ちになれたり、笑い合えたらいいよね。

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2012-11-23 23:11 | 思い | Comments(0)

オートフィクション

055.gif yuyuさんへ

翻訳の授業で、「オートフィクション」について、学びました。
これは、自分の体験や気持ちを、自分で語るのではなく、
ある架空の人物にたくして語らせてゆく手法です。

自伝とは異なって、文学の世界って、リアルな世界とは違う。
だからそれをリアルな世界と混同してはいけないけれど、
でも、文学の世界だからこそ、美しいものがあります。

それに、自伝だと、書き言葉になってしまうけれど、
話し言葉だから伝わることもあります。

それが事実であろうと、そうでなかろうと、文学の世界で大切なのは、
読む人にどんな気持ちを与えられるか…。

それは、それぞれの作者の腕のみせどころでもあります。

私も、言葉に自分の体験や思いをのせて、自分にしかできない表現で、
オートフィクションを書きたいなー。

「自分にしか書けない、自分自身の物語り」なんて、ステキですよね!!

今日は、いろんな人に車イスに坐って足で操縦してもらい、
私が車イスを運転、たくさん歩きました。

やっぱり、ダイエットのためには歩かないと…
っていうのは半分冗談、半分マジで、

ずっと車イスに坐っていると、血流が悪くなって、氷の女王みたいなことになるので…
と思ったら、意外とみんな、車イスの世界を楽しんでくれていました。

友達も、職員さんも、このアトラクションに興味津々??
カメラ撮影まで始まって、おもしろかったです。

みんなの操縦も、とってもうまかったし、
構内を歩くのも、久しぶりで、なんだか心が軽やかになりました。

今日は、ゆび文字の練習のために、
ゆび点字 VSゆび文字でしりとり勝負をしたり。

おつかれさまーな平日をしめくくる、とてもよい1日でした。

昨日のmiyuによる大雨とは打ってかわり、
嵐がどこかへ通りすぎたかのような、おだやかさでした。

こうして、毎日が台風一過のような、ポカポカ陽気であればいいのになー。

みゆ

055.gif miyuへ

miyuしか書けないmiyuの物語は書けるから、
作者の腕の見せどころ、期待して楽しみに待っています。

一週間お疲れ様でした。穏やかな休日をー。

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2012-11-22 22:22 | 大学でのこと | Comments(0)
055.gif yuyuさんへ

授業中、泣いてきました。
まさか、まさか、今日学校で泣くことになるなんて…

どこかにスイッチが入ったらしく、帰り道も、しばらく涙がとまりませんでした。
最近は、毎日つらい思いなんてしていないし、盲ろうも受け入れつつあるし、
幸せであふれているから、泣くつもりなんてなかったのに。

でも、涙が勝手にたれてくるんですよねー。
まわりの人たちは、なんで泣いているのかわからず、さぞ驚いただろうと思います。

今日の授業は、文化人類学。
授業も後半にさしかかり、経済人類学や医療人類学の内容に入ってきました。

今日は、社会貢献や企業のありかたを問うような物で、
生産力の強い人、弱い人、健常者、障がい者、
どんな人も同じ人間であることにかわりはないけれど、
そんな中でもどう自分を社会にいかしていくか…というような講義でした。

私は授業を聞きながら、つい、就活をしていたころ(2年前)を思い出してしまいました。
あの頃は、難聴だったけれど、ある会社のすばらしい理念に感銘をうけて、
ここなら会社に誇りをもって働ける!って思っていた会社がありました。

その会社に、ほとんど内定が決まっていて、
本社にいった時には、キレイなオフィス街でバリバリ働くおねえさんを見ては、
とてもまぶしく感じて、かっこよくて、

「働きだしたら、私もこんなふうになれるのかなー。」なんて、
社会に出ることにワクワクしていました。

そんな夢は、あと一歩で手の届きそうなところで、姿を隠してしまいました。
この授業のテーマ的にあたりまえだけれど、

今日は先生があまりに現実的な会社の話しや商品、理念、役割、などなど、
何度も話をするので、

「あー…私もOLさんになりたかったなー…
 なんで病気になってしまったのかなー…。くやしいなー…」

なんて、いつもしまっていたはずの気持ちを思い出してしまって、授業が辛かった。
でも、そんな私を心配して、元気をくれるように、気分を変えようと、
通訳さんたちが遊びにつれだしてくれました。

本当にうれしかった…。
私の大好きなタピオカミルクティーを探しに、コンビニを5件近くはしごしてくれたり、
行き先も知らずにのった電車で、渋谷まで遊びにいったり…、

渋谷では、アメリカのフロリダから飛行機に乗ってやって来た、
かわいすぎるクマさんを見つけたり、ロフトめぐりをして、沢山のおもしろいものをさわったり。

学校帰りに、5時間近く、つきあってくれました…。
もう十分すぎるほど、やさしさを感じて、たくさんの元気をもらって、
明日からまたがんばろうって、思いました。

でも、それだけではありませんでした。
家に帰ったら、もっともっと感動がまっていました。

なんと!!
ずーーっと頭の中にいたけれど、高すぎてあきらめたくまさんが、なぜかそこにいました。

クリスマスがおわったら、アメリカに帰ってしまうので、
もう2度と?会えないなーと思っていたフロリダのくまさんが、
なぜかラッピンクされて一緒におうちに帰ってきていました。

うそ………!!
まさかまさか……。
また泣きました。

でも、それ以上に、優しさとあったかい気持ちを感じました。
こんなに幸せな人生をもらったこと、忘れそうになった自分をちょっと情けなく思いました。

以前の思い描いた人生とは大きくかわってしまったけれど、
でも今のほうが幸せかもしれません。

はー。なんて私って幸せなのでしょう。

みゆ

055.gif miyuへ

今朝、yuyuはもう卒業かー、と思ったばかりなのに、
メールの最初の部分を読みだしたら・・・

「あれれれれー」

で、読みすすめているうちに、なんだか持ち上がってきて、

みゆの気持ちは「ジェットコースターみたい。」
読んでいるだけで、スリル満点、ハラハラドキドキしちゃいました。

まだまだ、どこでスイッチが入っちゃうか、わからないね。
あれだけ沢山の涙を流したのに、つつけばいっぱい溢れだしてしまうね。

もうmiyuのぽろぽろ涙を見すぎてしまって、
すぐにmiyuの大粒の涙と涙顔が浮かんでしまうよ・・・。

でもyuyuがそばにいなくても沢山の人に大切にされていて、
とっても安心しました。通訳の方たちの思いやりに感謝。
ありがとうございます。お疲れ様でした。

まだ、泣いちゃう時もあるかもしれないけれど、我慢なんてしないで、
泣きたいときは泣いてもいいよ。

ゆゆ
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by mi-yu-yu | 2012-11-21 23:46 | 大学でのこと | Comments(1)