大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

<   2012年 07月 ( 31 )   > この月の画像一覧

かっこいい人になる

055.gif yuyuさんへ

今日は病院にリハに行ってきました!
病院の中庭を歩いて、坂道の練習。

中庭は植物がいっぱいで、私も見えていた頃は、かなり癒される空間だったけれど、
今は恐怖のでこぼこ道と化し、迷路のようにうねうねした道が広がっている場所です。

中庭でリハをしたご褒美なのか、帰ってくると、みごとに蚊にさされていましたーー
かゆーーーっと思ったけれど、蚊は盲ろうな私も分け隔てなくさすんだなー…と思うと、
不思議とちょっと愛着がわいてきたり?

さてさて、私は最近、点字図書館を使えるようになったので、
自分探しのためにも、いろいろと本を読んでいるのだけれど、

福島先生(尊敬する盲ろうの東大教授)の「ゆびさきの宇宙」に、こんな文がありました。

−アサ、 メザメタ トキニ、 トナリノ フトンヲ
サワルト、 ソコニ サワミ(妻)ガ イルト ホット スル。−

なんか、この一文が、盲ろうのすべてを表しているように思えて、涙が出ます。
私も1番怖くて不安になるのが朝、目が覚めたときです。

だから、手をのばしたとき、誰かがいると、ホッとします。

夢の中では何不自由ない生活をしているのに、
パッと目がさめたときに、まわりに何もない空間が広がっていて、
まぶしい朝の光もない世界を、寝ぼけた頭で新たに感じる恐怖があります。

そして、そこから1日が始まり、人とのつながりを実感する中で、
少しずつその孤独が癒えていき、穏やかに眠りにつく。

でも、次の日に目が覚めると、また恐怖が広がっている…そんな繰り返し。
だから、1日1日が一生のようです。

この福島先生の想いにたいして妻は、

−アイテガ イナイト、 ジブンガ イキテ イルト ジッカン シニクインダト オモウ−
と、「触れる」ということについて、話しています。

確かにー。

誰かの存在がなかったら、ここが現実なのか、天国なのか、わからない。
そういう、自分の存在がプカプカういた恐怖感が、ずーっと一生続くと思ったら怖いけれど…。

でも、そんな気持ちも奥さんはちゃんとわかってくれていて、だから頑張りすぎちゃって…。

−ボクワ モーローカラ ニゲラレナイカラ アキラメモツクケレド、
キミワ ニゲヨート オモエバ ニゲラレル。デモ ニゲナイ。
ダカラ カットーガ オオキイダローネ−

と、福島先生。
なんか…すごくいい夫婦だなー。

障がいとか関係なく、他人のせいにして逃げるのは簡単だけど、
自分の行動や言動に責任をもつのって、すごく勇気がいると思います。

それでも、自分で決めたこと、正しいと思ったことをつらぬける人って、
本当に尊敬するし、かっこいいなーーと思います。

でも、自分が自分を信じられなきゃ、どうにもならない。
自分で決めた分、辛いことだってあるけれど、

やっぱり、自分の考えがグラついているうちは、だめだな−−。
自分の信じる道がほしい!!

かっこいい人になりたい!と、思いました。

みゆ


055.gif miyuへ

自分探しじゃなくて、自分作りをして、かっこいい人になってね♪

miyuの思う、かっこいい人像をちゃんと作っていくと、そんな自分ならどうするか、
自然とそれに沿った振る舞いをするから、かっこいい人にちゃんとなれます。

あこがれと自尊心を大切に。

その時その時、いろんな思いに揺れても、それも自然なこと。
でも、こうありたい自分像があれば、揺れながらもそこに近づいていくから大丈夫。

もうすでに、かっこいい人、立派な人を目指して歩み始めているmiyu。
そのために必要な人もちゃんと引き寄せているし、

今もなかなか素敵だけど、ちゃんと自分の目指すかっこいい人になれると思うから、

いろんな思いと付き合いながら、とにかく一歩前進。大きな一歩じゃなくていい。
自分の歩幅でいいから、怖い時は恐る恐るの小さな一歩でもいいから
とにかく、勇気を出して一歩足を踏み出す。それだけでちゃんと近づいていっちゃうよ。

不安と恐怖に押しつぶされそうな時もありそうだけど、
それも自分の心が作った世界でもあるから、そんな時はあえて、
沢山の人に支えられているところや愛につつまれているところをイメージしてね。

朝、目覚めて一日を始める時の決まったイメージを作ってもいいね。
まず、目が覚めたときに、恐怖のイメージから切り替えて
あえて自分が目指す状態をイメージする工夫の仕方、

ちょっとyuyuに、作戦が生まれて、手伝えそうなことがあったよ♪
まだmiyuに私の秘儀を教えていない事を思い出した。

宇宙飛行士や登山家や冒険家も身につけている、自己コントロールの方法。
一流のスポーツ選手も・・・。孤独との闘いには、メンタルの強化が必要。
miyuも一流の人生の探検家を目指すなら、身につけたほうがいいかもね。

ではでは~。明日の目覚めが穏やかな気持ちで迎えられますように。

ゆゆ
[PR]
by mi-yu-yu | 2012-07-31 23:12 | 思い | Comments(3)

認められること

055.gif yuyuさんへ

お友達とランチにでかけた母が置いていったお昼をモクモクと食べたり、
ひとりで数時間すごしたあと、

午後には約束をしていたお客さまが5人いらしたので、
昨日練習した、「ひとりでオートロックを解除する方法」を実践しました!

昨日も完ぺきだったとはいえないので、もう緊張しまくりながら、
うまくできなかったらどうしよう…、オートロックのまえでおまたせしちゃったらどうしよう… とか、
今か今かと緊張しすぎて吐きそうになりながら待っていました。

暑い中、来てくれたみんなに、氷をいれたお茶を出すというミッションにも一応クリア。

もう、それだけで私の1日はおわった…というくらいの難題、試練と闘い終えた私は、
会ってから10分もたたず、すでにヘトヘトでした。。。

でも、見えなくて、聞こえなくても、ひとりだってこんなふうにみんなを呼んだり、
それぞれ自由気ままにおしゃべりを楽しんだり、

普通に楽しい宅飲みをしているみたいに、やれるんだ、というような明るい気持ちになりました。

自分が盲ろうだということを忘れさせてくれるのは、やっぱり周りの力であって、
私もとても心があったかくなりました。

盲ろうという重い障がいも、支援のあたたかい手や理解、やさしさを感じられているかぎり、
自分の存在を否定することはないし、独りではないことに気づいたら、心も軽くなる。

はてしなく続くさびしさという自分との闘いも、
仲間が手に伝えてくれる世界に救われることができる。

障がいを持つことの辛さは、見えない聞こえないなんていうこと自体ではなくて、
他人からもたれるイメージや言われなき差別の目で、

私はこれからそれと闘っていかなければならないけれど、

人が人であるためには、やっぱり
自分の存在をだれかに認めてもらうことが1番大切なんじゃないかなー。。
心強い応援団がいることに改めて感謝しました。

私も当初の夢とははるかに違う人生となったけれど、
生きるっていう永遠のテーマを深く考えるきっかけとなって良かったのかもしれないなー。

この世界でもっともっと考えなくちゃいけないと思いました。
そして…

みんなが帰ってからしばらくした頃に帰ってきた母も、
久しぶりにお友達との時間やお買い物を楽しんできたようで、とってもごきげんでした。

やっぱり一緒にいて、私が重荷と感じさせてしまうような関係ではなく、
それぞれが自由に人生を楽しみ、一緒にいることがマイナスとなるのではなく、
プラスとなるような家庭が、私の元気の源で、
社会でしぼんだ心を安心して充電できるような場所であってほしいなーと、つくづく感じました!

みゆ


055.gif miyuへ

ただいま~。やっと自宅に戻り、自分のパソコンから安心して返信しています。
コメントをつけてくださった皆さん、本当にありがとうございます。

旅の途中も、みゆの日記は携帯で読めたのだけど、パソコンがないと

メールのサイトを開いたり、それからブログに貼り付けて、漢字のチェックをしたり、
自分の返信をじっくり考えて書く、という作業がなかなか、いつものペースですることができず、

しかし、コメント中毒になっているmiyuから、数日のうちに
「早く帰って来て」メールを受取り、慌ててコメントをつけたり008.gif

でも、留守の間も皆さんが素敵なコメントをつけてくださって、ありがたかったです。
私も一読者になって楽しんでいます。(つい自分もコメント欄に書き込みしたくなったり・・・。)

yuyuも今回の旅行では、たまたま急なお誘いで、
miyuと同じ年の頃に「生きるっていう永遠のテーマ」を考えに行った場所に行ってきました~。

懐かしく尊敬できる方々に沢山あって、いろんなお話を聞いて、
原点にかえるような思いでした。

しかし、そこから自由気ままな人生が始まってしまったのですけれどね~。
でもそんなyuyuだから、神様がmiyuに会わせたのかなあ・・・と思います。

社会から切り捨てられたようなところに、放り込まれたこともあるyuyuから見ると、
miyuは差別を受けている、というより逆差別で、
ありえないほど大事にされているように感じるけど、

だから、同情心というよりも、むしろなんでmiyuにこんなにエネルギー注いでいるのか?
と思うけれど

miyuはあとひと押しがあれば、ちゃんと社会の中で
人として尊重されて生きていくことができるから、

それまで、神様に「応援するように」って言われているような気がしています。

ではでは~。
すぐふらっと放浪の旅に出たくなっちゃうyuyuですが、今後もよろしくお願いします。

ゆゆ
[PR]
by mi-yu-yu | 2012-07-30 23:38 | 思い | Comments(1)

障がいを持つこと

055.gif yuyuさんへ

自力でオートロックを解除するべく、練習をしてみました!
(誰からのインターフォンなのかについての確認は、いまだ難航中なので、
約束している人限定のオートロック解除について)

うちは二重にオートロックがあるマンションで、部屋の前まで上ってくる時間差もあり、
インターフォンやカギの解除のタイミングが結構難しいことに気づいた私。

携帯バイブ機能を利用してのオートロック解除は、成功と失敗を繰り返し、
不安の残るものでした…。

ほかにも、生活の工夫として思いついたのが、
私は家にいる時、まわりには母しかいないので、気ままにしゃべっているのですが、

なにも反応が感じられないとき私は、「聞いてないのかなー?」「いないのかなー?」
とちょっと不安な気分になります。

それがお互い自分の好きなことをしている時だとなおさら、
母は返事をしても私には伝わらないので、いちいち書きに来なければならないし、

パッと手をはなせないようなことをしてたらどうするのか。
そんなときにあったらいいなと思うのが、小さな手のひらサイズのゴムボール。
(100均などの痛くないやつ)

これを、私にむかって投げつけてくれたら、
ちょっと待っての合図を遠隔地からでも伝えられるんじゃないか??と思っています。

一歩まちがえれば虐待だけれど、なかなか便利なような気がしませんか?

あとはやっぱり私の目と耳のかわりをしてくれる通訳さんが
私の生活にもずっといてくれたらいいなーとも思うけれど、

自分の人生に通訳さんの存在が必要という現実に、とてもモヤモヤした気持ちになります。

ひとりで聞いて、見えていたのに、
目がさめたら、光と音のない世界にきていたような不思議な感覚。

世界はなにも変わっていないような気がするのに、
通訳さんのお手伝いなしには成り立たなくなっている…

夢か現実か、私自身って一体なんだ??って思って、私ってポンコツじゃないか!!と。

だけど通訳さんをどんなに必要としていても、
その人を自分の体の一部にすることなんてできないというもどかしさ。

相手も意思をもった人間ってことをついつい忘れがち。

通訳さんがいなければ、世界がわからない私自身って、私といえるのか?
「わたし」という個がなくなりそうな感覚にもなります。

むしろ、自分が通訳してほしいときだけ魔法のランプをこすって、
用がすんだらバイバーイ!みたいな、都合のいい話があればいいのに。

そんな生き苦しさが障がいを持ったということなんだろうなと思いました。

みゆ


☆ yuyu放浪中・・・
コメントよろしくお願いします。

今夜には自宅に戻る予定です。
[PR]
by mi-yu-yu | 2012-07-29 23:50 | 思い | Comments(3)

考える葦

055.gif yuyuさんへ

このあっつーい炎天下の中、近くのカフェへと大冒険してきました!!

山あり斜めあり、狭い道に杖をぶつけ、
電柱にしょっちゅう行く手を阻まれながら、歩くこと三千里。
クラクラ、フラフラ、ヘトヘト…。(カフェは徒歩5分)

元気な時は感じなかったけれど、道中や店内の歩きにくいこと歩きにくいこと。
バリアフリーなんてほど遠く、障がい者にとって、こんなにもツライとは…。

もうこんなんじゃ、障がいのある人がどんなに外に出たくたって、
普通にいろいろと楽しみたくたって、困難がありすぎて、家を出るのも億劫、足が重いし、
世間の風はなかなか厳しいなーと思いました。

店内にはおしゃべりを楽しむおばちゃんや一人読書にふける若者など、
ありとあらゆる人があふれていたけれど、

私はそんなの1つもレーダーにかからないので、なにも感じもせず、なにも聞こえず、
ただ独りの世界に漂う中で、おいしい食べ物とコーヒーだけが、
私がそこにいることの意味を与えてくれていました。

なんで、こんなに人がいて、人生を謳歌しているような人たちばかりなのに、
私だけがこんな障がいを受けまくらなくてはならないんだ!?!(怒)

私もそっち側の住人になれたらどんなにいいだろう??
せめて耳か目のどちらかが使えるだけでもいいのに。

むしろ年に1度くらい、「盲ろうのお休み日」を与えてくれたっていいものなのに。
オールウェイズ盲ろう。(プラスアルファ)

そもそも生きるってなんだろう。
自分ってなんだろう。

人が人であるために必要なことってなんだろう。

誰かにお伴してもらわなければ、社会の中を歩けなくなった私ってなんなんだろう。
クビにリードをまいた犬のような気分になる。

当たり前のことをできなくなって、当たり前がどんなに幸せなことなのかを感じます。

朝昼晩のごはんを食べ、眠りにつき、また同じような朝を迎える。
それって幸せなことなのか、うんざりすることなのかわからない。

刺激がなければ人生なんてつまらないじゃないかと思う。

「見えて聞こえる生物たち」がウヨウヨしているところにまざるのは、
結構勇気がいって、本当はすごく怖いけれど。

でもだからって、安住の地で大海を知らず、我慢しているのは、
社会に負けたような気がしてなんか悔しいので、

「なんか文句あるかーーー!」でいきます!
それにしてもホットドッグおいしかったなー。。

みゆ


☆ yuyu放浪中・・・
コメントよろしくお願いします。

そもそも生きるってなんだろう。
自分ってなんだろう。

人が人であるために必要なことってなんだろう。


という表現から、題名を「考える葦」にしました。


一年に一回だけ、目と耳が使えると神様が確約してくれたら、
その日に何を見るか、何を聞くか、用意周到で現地に行って待つし、

どんなものをどんな理由で、見たり聞いたりしよう!と
一年の策を練るのか、と想像してしまった。

かつて見た思い出の風景を見たり、見たかった景色やすばらしい演奏に浸るのか、
見えなくなってから人から聞いたものを知りたい!見たい!と楽しみにするのか。

きっと一年のその日がとても楽しみで、厳選された一日になるね。
実際には、それもまた夢かと思うと切なくなるかもしれないけれど、

それで、童話の一本でも書けそう。
一年に一度だけ、塔の暗闇から開放されて行動の自由を得る王女・・・。

その時に何をするのか・・・。

当たり前の幸せは、当たり前の時に味わえないと意味がないのに、
なかなか味わえないものですよね~。

みゆは当たり前の中の奇跡をお知らせする、幸福の青い鳥かもしれないね。

でも、みゆも当たり前に受け取っていることの幸せや奇跡を今も感じる事ができるはず♪
とっても当たり前じゃない幸せも享受しているように見えるみゆ。(怒られるかなあ・・・)

みゆの幸福の青い鳥はどこにいるのかな?
心の自由だけは手放さないようにしてくださいね。
[PR]
by mi-yu-yu | 2012-07-28 23:29 | 思い | Comments(2)

千里の道も一歩から

055.gif yuyuさんへ

将来が見えなくて、怖くてたまらないとき、生きるパワーを失いそうになったとき、
いつもゆゆさんの言葉を思い出します。

「なんでも一足とびに考えない。」
「目の前にあることを一生懸命やっていたら、いつのまにか…!」

私は大学を卒業するのが怖くて、おばあちゃんになって行くのが怖くて、
自分の見たことも聞いたこともない世界が広がっていくのが怖い。

生きることの意味を求めたり、
障がいをもった自分を不良品のように感じて悲しくなったり。

それでも、障がいをもった自分を肯定したくて、障がいがあるからこそ、
なにかをしてみせるーーー!なんて燃えているという・・・。

なんの答えもみつけられないまま…、
テンションの下がるような自問自答をグルグルとくりかえしていながら、

夢だけ大きい自分は、ケージの中でキャンキャン吠えているだけじゃないかと思ったり。

そんなときに、ゆゆさんの「一足とび」を思い出すと、
あせって先の先を考えてる自分がばかみたいに思えて、
心に余裕ができるような気がします。

今が未来につながっているけれど、
過去がなければ今もない。

人生ゲームで、その時々の自分の選択が、未来を作っていくように、
自分が障がいをもつことも、自分でえらんできたことなのかもしれないな。

だから、人生にとって、なにも無駄なことなんてないんだ!って思います。
盲ろうなんて障がいをもったら、もう人生おわりじゃーん…って思いが頭に浮かぶけれど、

全然そんなことまったくない!むしろよかった!ってくらいに思えます。
自分で自分の可能性をつぶしてしまうのはやめよう。

「千里の道も一歩から!」ですもんね!

みゆ


☆ yuyu放浪中・・・
コメントよろしくお願いします。


みゆも可能性のかたまりです♪ 実際いろんな可能性を見せてくれたし。
(最近、難聴で緑内障を発症した盲ろう予備軍の父親は、
 miyuのブログを見て、自分も点字をやるぞ!と触発されていましたよ♪)


生きることの意味をつけるのは、それぞれの自由だから、
どんな意味をつけてもいいのです・・・。

どんな意味をつけるのか、どんな側面に光を当てていくのか、
全部自分次第なんだと思う~。だから人生は楽しい。

同じ素材でも料理の仕方で、悲劇にも喜劇にも感動の名作にもできます。
さて、自分の人生はどんなドラマにしますか?

そして!夢だけは、どんなに大きくても思い描いておくといいよ。
自然にそこに向かう行動をとるようになるから。

でも、今それができていないからと言って嘆いたり、諦めたりするのは早い。
「ローマは一日にして成らず!」「千里の道も一歩から」

そうなった自分ならどう振舞うか考えて、そうなったつもりで生きていると、
いつの間にか、そうなっているよ。

カップラーメンを食べたい!と思ったら、実際に食べると決めたら、
お湯を沸かそうとするし、それはヤカンだったり電気ポットだったり、
何を使うかわからないけど、無意識にそうするために行動するでしょ。

最初にイメージするから、それに沿った行動をとるわけで、
夢さえ描ければ、そちらに向かう行動を選んでいくようになるから、大丈夫。

途中のやり方なんて気にしなくてもOK。
ただ決めた方向に、一歩一歩、歩みを進めていくだけです。

ゆゆは、人生の終わりの日に、自分の人生はなかなかおもしろかった!
と思うのを目指しています。だから・・・放浪ばかりしていてゴメンネ。

ゆゆ
[PR]
by mi-yu-yu | 2012-07-27 22:30 | 思い | Comments(1)

髪を切りました!

055.gif yuyuさんへ

リフレッシュしてきましたーーー!!!!
もうそれはそれはサッパリと、バッサリと!

毎日暑くて暑くて、これは髪の毛のせいだ!!と思って、
思い切ってセミロングにしてきたんですけど、
やっぱり1度くらいは違いそうですねー!!

いつもお願いしている美容院のお兄さんが、とっても優しくて、頼もしいんです。

「ぼくに安心してまかせてください!!」と、手の平での会話も、
なんてことなく当たり前のように普通にこなし、

シャンプー台までの移動のときも、杖をついてる私にも臆せず、
「ぼくと一緒に行きましょう!」なんて言われて、逆に私のほうがちょっと緊張。。。

「長さはこのくらいでいいかなー??もっと切る??ちょっとさわって確かめてみて。」
って、私が「百書は1触にしかず」なこともよくご存知です。

お兄さんの思いやりはすごく温かったです。

障がいを持っている人に対する思いやりって、思っている以上に嬉しいもの。

私の祖父は、私が中学生の時に、心臓の手術を受けましたが、
その全身麻酔がよくなかったらしく、下半身不随になりました。

それから祖父は車いす生活。
トイレもお風呂も着替えもサポートが必要です。

祖母の苦労ははかりしれないけれど、

祖父自身、自分の好きなところに出かけられないことや、
日々の生活の不自由にも、一切グチをいわない祖父が好きで、尊敬していて、

よく祖父の車いすを押して、近所の囲碁教室まで送迎したり、
家族旅行でも車いすを押すのが好きでした。

そんな時いつも思うのは、
「おじいちゃん、おしり痛くないかな。でこぼこしてるとこはきっと乗り心地悪いだろうなー」
って思って避けたりしていたら、祖父にすごく喜ばれました。

就活をしていた頃には、会社の説明会場に、白杖をついた男の就活生に出会いました。

みんなどうしていいかわからずに、遠まきに邪魔しないように見ていたけれど、
説明会用のパイプイスがいっぱい出ていたので、

「これ、邪魔だろうな。危ないし。」と思って、道を作るべく、パイプイスをどかしていたら、
その男の子に「ありがとう助かります。」って言われました。

でもそれって本当に感謝されるべきものなのかな??
そういうことって、誰に教えてもらうことでもなく、
相手のことを思ったら、自然に出てくることじゃないかな。

その頃の私は、障がいがなかったこともあって、
障がいをもつ人たちの不便さとか、どうしてほしいのか、全然わからなかったし、
もしかしたら余計なお世話なこともしていたかもしれないけれど。

私は今障がいをもって、誰かに自分の気持ちをわかってほしいとは思わないけれど、
そういう人がいた時に、「この人、みえないんだ。きこえないんだ。」って、
どういう行動をとれるかって、すごく大切なことに思います。

細かいサポートは、障がいのあるものがお願いしなくちゃいけないことだし、
想像すればわかるでしょ、なんて思ってないけれど、

見えない人がいたら障害物をよけるとか、
聞こえない人がいたら筆談するとか、
車いすの人がいたら道をあけるとか…

そういう気遣いって、人間として当たり前のことじゃないのかなー?
的を外れたサポートでも、自分のことを思ってやってくれたんだ、って思うと
すごく嬉しくなります。

でも、私は少しの思いやりがあれば、あとは障がいのことなんて忘れてほしい。

見えなくて聞こえないのに、これ言ったら傷つくかなーとか、
へんな気遣いは逆に障がいをクローズアップさせて、悲しい気持ちになりますしね。

まー、そもそも思いやりなんて、障がいとか関係ないですけどねー。

みゆ


☆ yuyu放浪中・・・
コメントよろしくお願いします。
[PR]
by mi-yu-yu | 2012-07-26 23:38 | 思い | Comments(2)

治療

055.gif yuyuさんへ

難病は、これといった治療法がありません。
今の医療じゃ治らない病気。

私は何度病気に苦しめられたのかなー。
頭の中や体のあちこちですくすくと育っている腫瘍の数々は、待ってはくれません。

今日はアバスチンという、抗ガン剤の一種の点滴治療でした。
これは、腫瘍がこれ以上大きくなるのに「待った!」をかけるものです。

腫瘍がなくなることはないけれど、
大きくなっていろいろなところに支障をきたすのをおさえています。

ビタミン剤や痛み止め、腫瘍により高くなっている脳内の圧を和らげるおクスリなども、
併用して毎日何錠ものんでいるけれど、病気の根本的な解決には至りません。

直接腫瘍をおさえ、私が生きるためには、
アバスチンの治療を続けることが頼みの綱なのに、
この治療は自費なんです。

つまり、私はこの治療をしないと、命の危険があって、月1回は点滴が必要なのに、
1回の点滴につき、10万以上かかります。

これが今の医療の現実なんだなー、と悲しくなります。
病気になってしまったら、しかもそれが難病だったら。

誰にだって起こり得ることなのに、あきらめるしかないのでしょうか。
障がいを持った苦しみだけではなく、金銭面でも辛い思いをして、

そのせいで両親がケンカを始めたり、
車を売らなければどうにも私の治療費を捻出できなかったりして、

病気によって肉体的にむしばまれるだけではなく、金銭面にとっても
難病で、精神的にも追い詰められてしまう現実。

両親に申し訳ない気持ちばっかり。

どうか一刻も早く、このクスリを保険が効くように認可してくれますように。
まだ生きさせてくれますように。

アバスチンの薬剤を体に流しながらそんなことを思った1日でした。

そして今日のハッピーな出来事は、点滴中のことでした。
産休中のU先生が1年近くぶりに突然私の点滴をしているベッドに現れてくれました。

まだ数カ月の赤ちゃん連れでしたが、
私が1口で食べれちゃいそうな小さなお手てがあまりにもかわいくて、かわいくて、

未来がいっぱいつまっていて、うらやましかったです。
もうちょっと大きくなったら、その手で私に話しかけてくれるようになるのかなー!!

とっても楽しみです!

みゆ


☆ yuyu放浪中・・・ のyuyuより返信055.gif

腫瘍をすくすく育てるイメージなんかしている場合ではありません。
アバスチンの薬剤を体に流しながらイメージするのは・・・

お薬が腫瘍に効いて、腫瘍がどんどん小さくなる、
あるいは仲良く手を取り合って共存するイメージにしてください。

「おとなしくしていて、いい子だね。やりたいことがまだあるから仲良くしてね。」
って優しくしてあげてみて。なんて返事をするかなあ。。。

悪さをするために身体の中にいるのか?
自分に役目を果たさせるためにいるのか?
いじめるためにいるのか?学びのためにいるのか?

そんなのわからないけど、意味なんてないけれど、
そうやって意味をつけたがるのも人間。

病気だって、自分の一部。自分の中に敵を住まわせるのか、
一緒にやっていける仲間を住まわせるのか。

どっちにするのかは、自分。

外にかける言葉も大切だけど、内なる自分にかける言葉も大事。
自分の内側とよく対話してあげてね!

みゆは素直だから、腫瘍くんがすくすく・ぐんぐん育っちゃったら困るからね~。

それより、これから達成したいことが実現した時にどんな気持ちになるか
イメージして過ごすようにしてください。

きっと嬉しくてわくわくして、こころに病気とうまく付き合っていくエネルギーや
魂に生命力を与えてくれるから・・・

そして、いつでも、今この一瞬を大切に♪ では、またねー。

ゆゆ


(放浪中に、パソコンにかじりついちゃったよ~。)
今はyuyuも自然と言うお薬に、心身ともに癒してもらっています~。

今日は水の神様のところに行って、「水は人間には作れない。」という言葉を読んで
感慨にふけっています。確かに水は、

人間が作ったのではなく、自然の恵みの中で形を変えて、私たちを潤してくれている。
身体にも地球にも、なくてはならないもの。

流れる水にこころの淀みを洗い流してもらいました♪
[PR]
by mi-yu-yu | 2012-07-25 22:36 | 思い | Comments(2)

ひまわりのように

055.gif yuyuさんへ

新しい私が生まれた場所、古巣のような病院にリハビリに行ってきました。

ここは、目と耳が良かったころから訪れていた病院なので、
盲ろうとなった私の喪失と再生の経緯を

リアルタイムで見守ってくれた人たちが沢山いるので、
私も緊張しないで、安心できるし、落ち着く場所です。

入院していた頃は、好き勝手ばかりしていたように思いますが、

限られた人の出入りしかない病棟で、ゆっくりコーヒーを飲みながら、
自分を見つめ直して、再構築する時間をいただけたこと、

本当に感謝しています。

この、これからの自分の人生を考える時間がなかったら、
きっと大学も行ってないだろうし、今の自分はなかったと思います。

今日久しぶりにリハの先生にあったら、「顔がキリッとしたね」と
お褒めの言葉をいただきましたー!

盲ろうとなったときの衝撃ははかりしれなかったので、
もう人に頼りっぱなしで、これからどうしたらいいのやら、お先まっくら状態だったけれど、

沢山の言葉の魔法が功をそうし、前をむいて社会復帰して、
人とふれあうことまでも奪われなくて、本当によかった。

そしてそれが生き生きした表情につながってるのかな?って思って嬉しかったー。

こうして退院した今も、私のことを思っていてくれてる人が沢山いて、
本当にいい環境にいられた私はラッキーガールだなーと思いました。

大好きなひげ先生も、リハ室にきてくれたし!

盲ろうとなって、ちょーーー不便で、諦めなきゃいけないことも沢山あるけれど、

こういう人との出会いがすごく恵まれていて、
もし自分が盲ろうになっていなかったら絶対に出会えてないような人たちが、

私の人生の中の誇りで、同時に、私の頑張るスイッチを押してくれてます。
私が立ち止まるのが怖いのは、立ち止まったら、

「それくらいの人だったのか」と、みんなの手が離れていってしまったら嫌だから。

頑張っている人がいたら、ひまわりが太陽の方を向くように、
引き寄せられるパワーがあると思うからです。

そのためにも、自分が輝いてなくちゃー!!!
それが私の盲ろう攻略法です!

みゆ


☆ yuyu放浪中・・・
コメントよろしくお願いします。
[PR]
by mi-yu-yu | 2012-07-24 23:09 | 思い | Comments(2)

モットー

055.gif yuyuさんへ

夏休みに入ったものの、授業を受けるのに通訳さんやテイカーさんの存在が
かかせない私は、手配上の都合もあり、一足早く秋学期に受講する科目を決めるべく、
大学へ、いつもとたいしてかわらずに出動してきました。。

授業を決めるということにも、いろいろとしばりが生じてしまうのは
悲しいやら情けないやら。

パソコンのサイトを通してのシラバス閲覧にも、
手書きだとかなりの時間がかかって、不自由なことばかり。
もうとっくにあきらめてることだし、今さらだけど。

そうして疲れきっているところに、ちょうどくるみがやってきて、
昨日のお出かけのお土産をくれました!

その名も−リラックマペットボトルー!!
これ、普通のペットボトルみたいに、筒状じゃないんです。

まさしく、ペットボトルがリラックマの形なんです!!
立体フィギュアがついているわけではなく、そのペットボトル自体がリラックマ。

ーこんなのあるなんて、はじめて知ったー!ー

私は見れないけれど、指先の感触で、耳とか鼻、しっぽ、
リラックマの背中のところのチャックまでちゃんとあって、すっごくかわいいんですよー!

「みゆがクマすきだから!
それに、これなら冷蔵庫に入っていても、さわってすぐわかるでしょ??」

なんて、よくできた、優しい子なのだろうと、じーーーん…、としました。

こんなお友達が、こんな盲ろうな状態の私にもいたんだなー、としみじみする気持ちと、
じゃあ私は同じくらい返せているのかな?、などと思いながら、

この感謝の気持ちを伝えるために、何ができるのだろうと思います。
「ありがとう」って言葉じゃ、全然足りないくらい、感謝しているのに。
10分の1も伝わっていないような気がします。

それはそうと、結局秋学期は金曜日に取りたい授業がないので、
月火水木、休みなし4連勤で、やってみる予定です…。

一体、私の時限爆弾な身体は、どこまで耐えられるのか。。

復学当初の希望では、−週1くらいー登校できれば立派!と思っていたのに。

でも、「絶対」なんて絶対ない。
永遠に変わらないものなんてないと、この1年で学びました。

「悔いを残さぬ人生を!!」
「できることを後回しにしない!」
「やりたいと思ったことをやる!」

っていうのが、思いもかけず盲ろうとなった私の最近のモットーです。
やれるだけやります!

みゆ


☆ yuyu放浪中・・・
コメントよろしくお願いします。

055.gif yuyu
モットー、おそろだね。
そういうわけで放浪中・・・
[PR]
by mi-yu-yu | 2012-07-23 23:54 | 日々のこと | Comments(3)

音楽

055.gif yuyuさんへ

今朝の朝食後、ひとりでブレイルセンスをいじりながら、鼻歌を歌っていました。
曲は中学、高校時代に入っていた、ブラスバンド部(吹奏楽部)で演奏した、
なつかしのメロディー。

学校の野球部の試合の応援のため
演奏しにいった私たちは、暑い中、首にタオルをまいて、真っ赤になりながら、大好きな、
「アフリカンシンフォニー」を演奏しました。

7、8年たったいまも、その光景がまざまざとよみがえってきます。
数年後、盲ろうとなるなんて予想もしていなかったけれど、

その頃は、たくさんの楽器の音色に囲まれているのがたまらなく幸せだった。
ブラスバンドの中にいると、その音色を聴くだけで、
ワクワクと、しびれるような感覚にとらわれて、気分がすごく高揚します。

大学のサークルも、吹奏楽団系に入りたいの思っていたけれど、
その頃はもう片耳が難聴だったので、難しいだろうと思って、泣く泣くあきらめました。

私はもう、自分の声すらも遠くなり、ほとんど聞こえなくなってしまったので、
きっとほかの人が聞いたら、音程がとれていなくて、すごくオンチなんだろうけれど、
それでもかまわない。

そのころの情景を思い浮かべながら、たくさん練習した曲を歌うと、
あのころと同じように体が勝手にリズムをとって、テンションがあがって、

クラリネット、サックス、チューバ、フルート、パーカスなどなど、
たくさんの音がよみがえってきて、すごく楽しい気分になります。

そして、私の奏でるオンチな(?)鼻歌につられて近づいてきた母は、
「その曲なんの曲ー?いい曲ー!」といい、私が曲名を伝えると、

さっそくパソコンをひらいて、ユーチューブで調べて聴いていました。
私は聴くことができないけれど、それでいいような気がします。

私の中では、その頃、部活の顧問と部員の仲間たちで
一生懸命作り上げた演奏が1番だと思っているからです。

きっと、ユーチューブで聴くことのできる、違うオーケストラが演奏した曲は、
同じ曲にしろ、なんの思い出もなく、まるっきり違う曲に聴こえてしまって、
なんだかものたりなく聴こえるんだろうな。

音楽をききたいなーと思う気持ちと、思い出をけがされたくない気持ちと。

みゆ


☆ yuyu放浪中・・・
コメントよろしくお願いします。
[PR]
by mi-yu-yu | 2012-07-22 23:46 | 回想 | Comments(2)