大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ
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カテゴリ:思い( 268 )

無力

“無力である。”

1カ月ほど前に、
同病(神経線維種症2型)の知り合いに
体調お伺いのメールをしましたが、

返信がずっとなかったので、
「ああ、体調が悪いんだろうな…」
と心配していました。

この病気について、
少し詳しくなった私。

進行性なので、

私のようにもうろうになって、
車いすユーザーになって、
コミュニケーションにも困るようになって、
外出困難になって…

という方を何人か知りました。

その方に初めてお会いしたときは、
手がとっても冷たかったのが
印象に残っています。

それで、私の顔を触って、
手をにぎにぎして、
最後まで私の手をずっと離さなかった。

私を妹みたいって言ってくれました。

言葉は元気だったけど、
きっと、だれかのぬくもりを
感じていたかったのだと思うし、

家族以外と話す機会もあまりなく、
ものすごく不安なんだろうな、
と思いました。

最近になって、
やっと返信をくれましたが、
やっぱり、具合がよくないようでした。

私も、この季節のかわり目、
体調不良で、頭痛と上半身がむちうち?みたいに痛い。

自分の生命の危機だと、
他人のことを気遣えなくなりがちなのですが、

でも、体調が優れない中、
すごく明るいメールをくれるその方。

私が元気をもらってしまいましたが、
なにかできることはないのかな…。

あまりメールもできないようだし、
その方に会いにいくのがいいかな?
と思ったけれど、

その方が家の外に出るのが難しい状態だし、
私も慣れない家にはあがれないだろうしなあ。

自分の無力さが悲しい。

共生社会ってなんだろう。
心が痛いなあ…

みゆ

ーーー
みゆさま179.png

みゆだけじゃなくてさ・・・

みゆや相手の方が、
病気で自由に会いに行けないからじゃなくて、

ゆゆだって、
そういう時はそばにいたって、
無力なんだよ。

でもさ、そうやって、
励ましあえる人がいることや

「みゆならわかってくれるかな」
「みゆもがんばっているかな」

って思う相手がいることが

相手にとっても
心の痛みが和らぐことに
なっているかもしれないね。

「ひとりじゃないんだな」
って思えるかもね。

ゆゆが、その方のそばにいっても、
本当に無力だけど、

行かなくても、「みゆの存在」が、
微力になっているかも。

ゆゆ

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by mi-yu-yu | 2018-03-13 21:59 | 思い | Comments(0)

見方を変える


“自分の意識を変えることで見方を変える”

R1グランプリ(お笑いのコンテスト)で、
視覚障害のかたが初めて優勝された、
というニュースを読みました!

お客さんの反応は
耳からしかわからず
大変だろうけど、

ハンディに負けず、
卑屈にならず、

自分の大切だと思うことを
大切にできることって、
すばらしいなあ。

この方は、生まれたときから
全盲に近い弱視ということで、

まわりの人の表情を
あんまり見て生きてこなかったからこそ、
お客さんの反応にとらわれることもなかったのかな?
とも思いました。

耳から聞いた
自分が面白いと思った事だけを
とことん追求して、

人の表情を“忖度”して
内容を変えたりしない(できない?)

まあ、「お客さんから笑いが起きないときは、
お客さんがいないんだ、と思いこんだ」
とあったので、

目が見える人の
“お客さんをキャベツやかぼちゃだと
思いこませる「戦法」に似ているのかもしれません。
そういえば、以前映画で、オンチなオペラ歌手が、旦那さんがオンチだといわずに
「うまいうまい!」と絶賛するのを信じて舞台に立つ、というストーリーがありましたが、
だますことでやる気にさせて、夢を叶えるなら、
だましではなく、それはきっかけになるのかも。
私も、そんな魔法にかけてもらったと思います。

みゆ

ーーー

みゆさま179.png

だますことで「やる気」にさせるのではなくて、
だますことで「その気」にさせることが大事です。

「その気」だからやれるんだよ!
「うまい、うまい」と言われて
「その気」になったんだよ。

みゆをダマして、
「ダマした責任」を
ゆゆがとるという、

意味不明な罠に
自分ではまり込んだ気がしますが・・・

ま、みゆは、ゆゆにとって
今や本当にスペシャルな王女さま。

お供の三獣士の気分だよ・・・

昔、私を教育し育ててくれた
職場の恩師(精神科医)に、

「世間をだまして生きていきます」と
宣言したら、恩師が、

「最後までだませれば、
それは、本物だから、頑張れ!」と
励まして?くれました。

みゆは、障害が大変だからか、
なかなか疑い深くて?
だますのが大変ですが

これからは、お互い、

自分のために、
自分に魔法をかけて、

自分を幸せにする見方で、
自分の脳をだまして、

それが、本物の自分の人生に
なるように、頑張りましょー!

ゆゆ

ーーー
みゆより179.png

お返事ありがとうございました。

たしかに、「やる気」ですねー。
本当に、「やる気」スイッチがポチっとついたような…?

あ、間違えた、「その気」でした。

オリジナル上映会、本当に立派なことになりそうで、楽しみです!!
しまじろうのパペットも17日にお借りすることになりました。

ーーー
みゆさま179.png

そうそう、映画「今夜ロマンス劇場で」に
王女様をお守りする三獣士が出てくるの。

そのシーンはB級コメディで、
コテコテのオペレッタなのに

狸の着ぐるみを着ているのは、
竹中直人さん!

映画の中で、重鎮の俳優さんたちが演じる
「三獣士」ですから、

我が、みゆき姫の三獣士には
ぬいぐるみ界の重鎮をご用意いたしました!
(貸してくれた、お友達ありがとう!!)

たぬきの狸吉:なつかしのモンチッチ
    (なんと狸バージョンのモンチッチ借りました!!)
鳩の鳩サブロー:ドコモのポインコ
    (オカリナは鳩サブレー。鳩サブレってオカリナっぽいよね)
虎のトラエもん:子どもたちのアイドル、虎のしまじろう
    (本当は鳩サブローとくるなら「虎の寅次郎」って名前にして欲しかった)

そして、なんと、
ゆゆの記憶とノベライズと想像力で埋めた
盲ろう版上映用シナリオ

映画内でなんかいいこと言ってたような?
「語りの部分」が思い出せなくて

ノベライズにも書いてないので、
困って兄に相談したら
本物のシナリオを読ませてくれました!

(ゆゆシナリオも、かなり忠実に再現されていて、
姪っ子がゆゆの記憶想起力に感動してくれました!
・・・ノベライズのサポートのおかげなんだけどね)

というわけで、かなり上映中の映画に沿った
最強の盲ろうバリアフリー&オリジナル上映会ができそうです!

おたのしみにー。ゆゆは今日は休みでさらにシナリオを進めます!






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by mi-yu-yu | 2018-03-07 22:36 | 思い | Comments(0)

公募エッセイ提出


2月末締め切りの思い出エッセイ、
提出完了!

しかし問題は、結果が発表されるのが半年後なので、忘れたころに入賞のメールがきたりすることです。

去年の秋に、公募のエッセイや
絵本の原稿の募集が
ネット上にある事を教えてもらって、

どんなもんかわからないけど
書いてみたら、
おもしろい!とハマりました。

ブレイルセンスでもできるし、
家にいながらにして、
公募は頑張ることができちゃう。

テーマがあるので、
それについて色々と
思考を巡らして書くことは、
かえって書きやすいのかもしれません。

それに、これを通して
以前に入賞した授賞式では、
尊敬できる方との
すばらしい出会いもありました。

私の生きがいはこれなのかな?
とても楽しいです!
次はなんの公募に挑戦しようかな?!

みゆ

ーー

さて、半年後を楽しみに、

結果を待たずに、
どんどん次を書いてください。

ゆゆ

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by mi-yu-yu | 2018-02-28 10:37 | 思い | Comments(0)

電車のスロープ


健康なころは、なにも考えずにできてしまっていたから、
気づかなかったのかもしれません。
でも今は、なにをするにも頭を使っている気がします…。

今日もそうでしたが、たとえば電車に乗るとき。
通常の倍か3倍くらい、時間がかかっています。

電車に乗りたいときは、まず、有人改札
(改札の端に駅員さんのいる窓口があり、
suica等の改札よりも広くなっているところ)
で駅員さんにスロープをお願いします。

それで、降りる駅の駅員さんにも電話連絡をしてもらい、
下車する時刻に車両の前でスロープを持って待機していてもらうのです…。

大江戸線などはホームと電車のすきまがほとんどなく、
段差もほとんどないため、スロープは必要ないので、
駅員さんにおかけする手間も少なくなっていいと思うのですが。
昔からある路線ほどそういう事が必要になります。

駅の混雑により、駅員さんの手のあく時間も予想不可能なので、
私はいまだ、電車の時刻を考えるのがすごく苦手です。

というわけで、おえらいさんとの待ち合わせとか、
ゲストスピーカーの日など、絶対遅刻できないときは、
すっごく早めにいって、現地で時間をつぶします。

朝が苦手な私ですが、そんなことにがんばっています!

みゆ

ーーー

みゆさま179.png

ほんと、

「移動時間を読めること」
「時間ギリギリに行動できること」、
って、幸せなことだと知りました。

車椅子だと
時間前行動をしていても
思うようにいかないってこと、

みゆと行動を共にして
実感したことありました!


みゆと夕方からの
大事な用事のために

昼から現地入りして、
歩いて行ける距離でランチして、

いざ、時間前に約束の場所に向かおうとしたら・・・

それだって、随分早く、移動を開始したのに・・・

車椅子で地上に上がれる
エレベーターを探して
ぐるぐるしているうちに

方向感覚を失い
おまけに

エレベーターが出たい出口とは
正反対の方にあったり、

乗ろうとしたエレベーターが調整中で、
更に遠くに移動しなくちゃいけなくなったり、、、

そうしているうちに

事前に地図で
しっかり場所を確認していたのにも関わらず

方向感覚が全くわからなくなってしまい、
高層ビルが林立する中では、ビルの名称もわからず

結局、待ち合わせの会場の人に迎えに来てもらい、、、

しかし、迎えに来てくれた
「その近辺を熟知している」はずの人でさえ、

普段、自由に行動できるがゆえに
バリアフリーで行けるルートがわからず、

すごく近くにいるのにタクシーに乗る。。。
ということになりましたね。

タクシーに乗るのも車椅子を
荷台に積んだり、大変だから、

歩いてすぐの場所で、
時間近くまで待機していたのに、

都心では、タクシーも
決められた方向にしか進めないから
大回りするしかなく・・・結果的に遅刻。

みゆはあれだけ時間厳守したくて、
備えたのに・・・

その場に詳しいからと言って、
車椅子で「時間をよんで行動できる」とは限らない
ということを思い知らされました。

そんなこんなな、
ハードルばかり、障害だらけの中で
果敢に外に出ているみゆも介助者の方も

がんばってるなあ・・・と
尊敬とエールを送っています。

ゆゆ





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by mi-yu-yu | 2018-02-27 10:08 | 思い | Comments(0)

生きがい


スケジュールを見ていて、この先もこんな日々がつづいていくのか、と思ったら、なんだか滅入って、元気がなくなってしまいます。

たまに楽しい予定があってワクワクしても、何もない日が多いと、なんか時間がもったいないような気がするのです。

でも、だからといって、身体に元気があるわけでもないので、好きに出かけられるわけでもなく、出かけたいわけでもなく、心だけ元気で困ってしまうんだけど。

家でもできる生きがいとして、ゆゆさんが提案してくれてこのブログを書かせてもらっています。

この先、普通の人でも寿命がどんどんのびて、医療が発展して、多くの人はその人生の長い年月をなんのためにやりすごしているのだろう?
なにが生きがいになっているのかなあ。

人にはやりがいを感じられることって、すごく大切な気がします。

…とはいっても、今週土曜の夜は2年ぶり?に会う
友人とディナー!楽しみだ!

おいしいものを食べて、好きな人たちと笑い会う。それが私の生きがい?!

みゆ

ーーー

今夜は、懐かしいお友だちと
楽しいディナーを!!

ゆゆ


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by mi-yu-yu | 2018-02-24 12:52 | 思い | Comments(0)

心が決める幸せ

「ロマンス劇場」のオリジナル上映会について、
ブログを読んでくれている母校の友人が

「協力できるかな?」
って、メールをくれました。

ゆゆさんのオリジナル上映会、おもしろそう!
私もなにかできないかな、と思ったのだけど・・・」
って言ってくれました。

“映画”の協力をしてくれるそうです!

わーい、嬉しいなあ!

私は意外と簡単にできているので、
そんな声をかけてくれるだけで、
とっても幸せな気持ちになれてしまいます。

いくら人がうらやむような環境にいたとしても、
本人が感じるものは本人のもので、
他人が想像するのとは違うことがあります。

人がうらやむ東大生でも、自殺をする人がいるように。
私はこんな身体でも、幸せを感じられてしまうのは、
やっぱりまわりの人たちの力なんだろうなあ。

みゆ

ーーー

みゆのお友達さま179.png

嬉しい、申し出ありがとうございます!

すでに、ゆゆは、
みゆのブログのお返事もそこそこに、

毎日、オリジナル脚本を作っていて、

盲ろうのみゆでも楽しめる
アイディアを模索しています。

これは、バリアフリーの映画ではなく
ノベライズの再生でもなく、

映画の要素がどうやってみゆに伝わるか、
考えながら作っている

みゆのための「オリジナル上映」です。

バリアフリーは、
「みんなと同じものを同じように楽しみたい」
というニーズに沿ってくれるかもしれないけれど、

ゆゆはバリアフリー以上に、
「みゆに中味がわかる、伝わる」というのを
重視しています。

障害によって楽しみ方も違うと思うし、

忠実に文字で再現するのではない、
障害にあった伝え方もあると思うんです。

だから、バリアフリーも大事だけど、

まったく同じではない、
「オリジナルな贅沢」も味わってほしいなあ!!

そういう視点でゆゆもクリエイティブに
映画の再現を試みています。

そんな折、みゆから嬉しそうに
「お友達の協力の申し出があったという」
メール(上記)がありまして、

ゆゆもとっても嬉しかったです。

ゆゆが伝えたいのは、映画の内容よりも

みゆが映画が見れなくても、
仲間外れにしていいと思っているわけじゃない、

みゆを
「一人ぼっち」にしていいと思っているわけじゃない

むしろ

「ひとりぼっちじゃないんだよー!!」
と伝えたいわけなんですが、

お友達のメッセージで目標達成?!

まさに
「私も協力するよー」と言ってくれることが、

みゆはできないこともたくさんあって、
みんなと同じに楽しめなくて、

寂しいこともあるだろうけど、

「ひとりじゃないよ」
けして
「ひとりぼっちじゃないんだよ」

というメッセージ。

そして、ゆゆも
「一人で頑張らなくていいんだな。
ひとりじゃないんだ!」

というメッセージをもらって嬉しくなっています。
(一人じゃできないので、カピバラさんとママに協力頼んでますが・・・)

本当にありがとう。

ゆゆ

ーー


以下はみゆにはメールしませんが・・・
ブログを読んでくださっている方へ

・・・そういうわけで、

ゆゆは映画の「公開中」の
「みゆ特別上映会」実現に向けて
大急ぎで作業しています!

ブログに抜かりがあるかもしれませんが、
どうぞよろしくお願いします。

薔薇の香りやドロップなど食べ物(なぜか鳩サブレ―も!)以外にも
小道具いろいろ集めてます!

かき氷は雪の役目もしてくれそう。
観た方のアイディアも歓迎します。

今、募集中なのは、しまじろうのぬいぐるみ。
頼りなくもホッとする三獣士たちに、
わが「みゆき姫」を守ってもらいます!

あと、ちっちゃいお地蔵さんみたいな石3つです。

身近で心当たりのある方、よろしくお願いします!

ゆゆ




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by mi-yu-yu | 2018-02-22 21:47 | 思い | Comments(0)

人生は苦行?(その1)

“人生は苦行なのか?”
去年の秋以降、母校の科目履修で倫理学をとっていました。
いかに生きるか、いかに死ぬかの問いや、世の中にあふれている力と宗教、エゴイズムの問題についてなど、考えました。
その中で、“人生は苦行なのか?”ってことについて考えるに至りました。

考えてみると、16歳で難病になり、身体を痛めつけられているだろう私の人生を振り返れば、“人生は苦行でしょー!!”と思われるかもしれない。
でも、今思い返してみると、“そうかな?”とも思います。
だって、そのとき苦しくて苦しくて、もうダメだと、あきらめそうになったことも、そのときどきになにかしらの“救い”があったんだもの。

もちろん、その苦行?みたいなものがなかったら、もっと楽に生きれたのかな?と考えることもあります。
就職もほぼ決まっていたし、やりたいこともたくさんありましたので、それができた人生を想像してみることもあります。
(そういえば、マーチングバンドや、青年海外協力隊もやってみたかったなー)

苦行みたいなものがなければ、それができていたのかもしれないから、そうなっていたらよかったかもなー、というのは思います。
(好きなようにストーリーを展開してみるのは得意分野)

でも、それは
私の勝手な想像でしかなくて、私の経験した苦行?がなかったパターンの人生が、本当に想像通りにもっと素晴らしいものだったのかはわからないんですよねー。
違う人生を生きたことがないから、想像しかできませんし。

…というか、つらい経験のない幸福ってあるのか?とも思います。
なにもなくて、幸福に気づける人はまれじゃないかな?
だから私は苦行があることは悪いことだとは思いません。

それに、私が好きなフランスの哲学者・アランは、“幸せはドアをあけていたからといって、勝手に入ってきたりはしない”、
“試合をする前に負けたと言うな”
というようなことを言っていますが、幸福や満足感は苦しみをを乗り越えようとした結果として得られたり、感じられたりするものではないか?と私は思っています。

苦しみがなくて得られるにこしたことはないだろうけど、私は苦しみがなければ、自分のおかれた環境のありがたみを感じられなかったタイプなのかもしれないし、進歩もなかったのでは??ということだとも思います。

苦しみに対して、どうにかしようとするから、まなびや得るものがあるのでは…?

ホリエモンこと、堀江さんは著書で、「ゼロに何をかけたところで、ゼロのままだ。物事の出発点はかけ算ではなく、必ず「たし算」でなければならない。
まずはゼロとしての自分に小さな1をたす。小さな地道な1歩を踏み出す。
人生にマイナスなんて存在しないのだ。
失敗しても例え、全てを失っても、
ゼロと言うスタートラインに戻るだけ」

いろいろ失ったように思っていた私としては、そんな心境なので、むしろ人生は苦行であることがありがたいのではないかと思っています。

なーんて、苦行やそのふってきたものの過中にいたら、濁流に飲み込まれそうなところを必至にもがいているわけで、客観的に、落ち着いて思考できるわけないんだけど。

困っていることは山ほどあるけど、今は私の病気の症状が落ち着いているからこその考えなのかもしれません。みゆ
ーーー
みゆさま179.png

今、みゆの人生は、「苦行」なのかな・・・?

長い返信を書いてしまったあとで、ふと思いました。

これは、どういうスタンスで書いたのか?

「16歳の頃からいつかまでが苦行?」で、
「今は違う」ってこと?

「人から苦行と思われる」だけで、
「自分はそうではない」という話?

いや、
「今も苦行なんだけど、苦行がありがたい」
っていう話?

16歳より今の方が
病気や障害は大変そうだけど、

どんなことを「苦行」と言ってるのかな。
聞くまでもなく、とっても「苦行」そうだけど、

どんなことを「苦行」と定義しているのか、
人によって「苦しみ」と感じるところが違うからなあ。

みゆにとっての「苦行」とは?

「16歳からが苦行で、今は違う」となると、
みゆの「苦行」は
病気や障害の重症度や不便さとは違うようですね。

「人生の苦行」とはなんでしょう??

みゆのブログを読み返してみると
「今は苦行じゃない」
っていうスタンスだったみたいですね。。。

ゆゆの読解力が・・・衰えています。
今日の日付も思い出せなかったしな・・・。


(ゆゆが感覚だけで読み取って書いたコメントは、、、)

みゆは、今、苦行をがんばっているんだね。
確かに苦しそう・・・

「人から苦行と思われるかもしれない」
じゃなくて、みゆが自分の日々を
「苦行」と感じてるんじゃないかな。

毎度のことながら、なんで、
「人から苦行と思われるかもしれないが」とか

「人がどう思うか」が先に来るんだーーー?!
「自分がどう思ってるんだ??」

「自分がどう思っているのか」

それを感じて認めてあげるのも、
苦行を乗り越えやすくするかもよ?

「苦行がありがたい」なんて

ゆゆは
「本気かーーー?」「まじかー??」と思う。

「若いときの苦労は買ってでもしろ」というけど
買ってまでしたほうがいい苦労と

やむにやまれず、
降りかかってくる苦労があると思います。

「どんな体験でも役立てていこう!」
というみゆの心意気は素晴らしいんですが。

まずは「苦行」をがんばってる、
自分を認めてあげてよー。

苦しくて苦しくても、そこを乗り越えてきた自分を
ほめてあげてよー。

未来に役立てるために?選んで、
苦行をがんばっているわけじゃなく、

「いやおうなく降ってきた苦行」に取り組んでいる、
自分をねぎらってあげてほしい。

そして、その先にあった、救いとは?
それはどんなもので、どんな風に感じたのか?

それは人が、苦しみを乗り越える
知恵になるのではないかなー。


「ただ、苦しみに学びを求めてがんばる」なんて
ますます苦行になるんじゃないですかねえ・・・

苦行が報われるばかりじゃないし、
苦行があるから幸せになるわけじゃない。

自分のためにならない苦行からは、
足を抜けるんなら抜いた方がいい。

だけど、抜けたくても抜けられないときは、
自分をいたわってあげないと辛いー。

それに抜けたくても抜けられないとき、
やみくもにがんばるのをやめて、

「助けてー」とSOSを出したときに、
全面降伏したときに、
思いがけない助けがあるかもしれません。

「苦行や不足」は、幸せに気づくきっかけ
にはなるかもしれないけど

「幸せ」は頭で考えるものではなくて
その人の「心が感じるもの」だから、

正解も不正解もないし、他人から見てなんて関係ない!
自分がそのとき、どう感じたかだ。

まあ、頭で考えるのが「幸福論」であり
哲学なのかもしれませんが・・・。

ゆゆは「心で感じる派」(実践派?)なので、

自分の感情を麻痺させたりしている場合じゃなくて、
心の感度が大切で、

自分のさまざまな感情に素直なのが
幸せを感じる感度をあげていく
秘訣ではないかなーと思います。

赤ちゃんは幸せが何かとは考えてないけど、
お腹がみたされたり、
自分のニーズが心地よく満たされれば
ニコニコ幸せそうに笑ってる。

別に「幸せだー!」なんて主張してないけど
全身で「幸せ感」をふりまいて、
周囲の人にまで「幸せ感をプレゼント」している。

みゆが、心からの幸せを感じているとき、
周りの人は、みゆのことを「不幸そう」とは
言わないし思わないと思うがなあ・・・

大人になると、赤ちゃんのようにはいかないけど

自分のどんな感情も平等に認めてあげて、その中で
「一瞬の快の感情」をちゃんとキャッチできるか
が幸せを感じる力になっていくんじゃないかなー。

その人の心の感度さえよければ
その辺に幸せの種はゴロゴロ転がっていて、

苦行に一生懸命になりすぎると、
見落としてしまうかもよ??

開かれたドアの向こうに幸せの種が転がっているのに、
「目の前の苦行」に一生懸命に取り組んでいて見落とす・・・
拾いにいかない。それはもったいないことです。

苦行のそばにばかり、幸せの種があると思って
開かれているドアの外を見ないのももったいないことです。

あんまり「苦行」から幸せを見つけようとすると
今いるドアの内側の、苦行から離れたところにある、
「幸せの種」を見落とすことだってあるかもしれません。

「体が不自由だから、ドアが開いていても取りに行けない、
入ってくるのを待っているしかない」といじけて諦めるのも、
もったいないことです。
(これぞ、アランさんのおっしゃる
「試合をする前に負けたというな」?!)

「幸せは、ドアを開けていたからといって勝手に入ってきたりはしない」
(by、上記のアランさん)
でも、取りに行かないと入ってこないわけでもない。

外にあるだけで幸せかもしれないし、
呼んだら入ってくるかもしれないし、

なんにしても、幸せを感じるのは、自分。

それを「幸せ」と感じるかどうか、
どんなものが「幸せ」かは、人それぞれ。

「どれを苦行とするか、人それぞれなのと同じ」

心の感度と心の柔軟さが重要かも。

体の不自由が、心まで不自由にしたらもったいないことです。
体の苦痛が、心まで苦痛にすることはよくあるけど

得意の想像力を活かして?想像の翼を広げて、
みゆの心が「苦行にとらわれすぎる」ことなく
自由でいられますように。

あとね、ゼロになってみるのも
素晴らしい体験ができるかもよ!

あらがうのをやめて、
すべてのことに抵抗をやめて降参するの。

もう「宇宙におまかせだー!!」って。

自分は宇宙の循環やバランスの一端を担っている
貴重な一つの細胞。

今ちゃんと宇宙の中に生かされている、
宇宙にとって価値のある存在。

その体にも意味や役割があるかもしれないけど

それももう、宇宙はスケール大きすぎて
なんだかわからないから、深く考えるのはやめて

「神様、私を好きに使ってください!」と自分を差し出すとか。

千と千尋の神隠しの歌にもあったように

「ゼロになる身体」が満たされていくんだよー。

みゆ、「千と千尋の神隠し」は観れた??
2001年公開だから、観たんじゃないかな。。。

苦行をやめて、ただひたすらゼロになる。
たとえば、ただ「ありがとう」と心の中で唱え続ける。

意味なんてなくても、別に感謝しろという話でもなく
ただ心をゼロにするためにやると

ばかばかしいようで、、、これがすごいんだよー。

赤ちゃんが自然に幸福感を発揮してしまうみたいに、
きっと何か、見えないけど
「その人から溢れ出てくるものがあるんじゃないか」
というくらい、その場の空気を変える何かが生まれてきます。

実験だと思ってやってごらん。
あ、みゆの議論に付き合うのを途中から忘れてた。

人生は苦行なんだったっけ?

ゆゆ

ーーー

みゆが返信をくれましたが、
かなり長くなってしまったので(←ゆゆのせいで)

あらためて、
人生は苦行?(その2)としてアップします。





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by mi-yu-yu | 2018-02-05 22:01 | 思い | Comments(1)

インタビュー


全国もうろう者協会発行の“コミュニカ”。
編集委員にしていただいて、もう何年たつのでしょう…。

毎回、1回の会議につき、
寄せられた20本以上の原稿を読み、
会議は1回4時間ほどにわたります。

編集部では、7人のメンバーそれぞれ
“コミュニカ”にコーナーがあったりするのですが、
私のコーナーもつくっていただいています。

今回のテーマは“鹿児島の作業所”にしました。
鹿児島のみなさんはとても温かく、
そこで生きている方たちを
もっと知ってもらいたいと思ったからでした。

それで、去年の夏に
鹿児島の友の会で講演に呼んでいただいた時に、
思い立って、

まだどんな記事にするかという、
なんのプランもなかったけど、

作業所でお仕事をされている
もうろう当事者にインタビューをさせていただきました。

しかし…いやー、これが結構難しい!
相手が主役なので、相手に話してもらいたいのに、
私が言ってほしいと思っていることを使って
インタビューしてしまったり。

いつもの話し方では、インタビューは絶対無理でした。

自分の想像や気持ちではなく、
相手の言葉での気持ちを引き出すって、
いかに難しいかがわかりました。

この初めてのインタビュー、自分の下手さに私は衝撃をうけました。

で、インタビューについて知りたくて、
最近はおすすめしていただいたインタビューの本や、
インタビューでできている本を読んでいます。

いろんな人の人生や考えがわかり、
インタビューって思っていた以上におもしろいな、と思いました。

まだテーマについては悩んでいますが、
様々な立場からみる人生について、
様々な方のお話を聞いて考えたいと思っています。

…って、その前にまずはテストをやらないとなんですが!

みゆ

ーーー

みゆさま168.png

まだ試験期間中なんですね!

みゆへのインタビューも難しいんですよねー。
理由は、盲ろうだからじゃありません!

「おりこうさん」だから?!なーんて。


みゆの、ほんとーの思いや暮らしが知りたい。

みゆの本音や素直な気持ち、
みゆの立場から見える世界を知りたい。

みゆ自身の考えが聴きたい
みゆ自身の生き様や人生に触れたい!

そんな人がたくさんいると思いますが、
ゆゆのインタビューが下手なもんで・・・

残念。

みゆからインタビューについて
学ばせてもらおう・・・

試験勉強、ラストスパート!
検討を祈ります。

今日もいい天気。
心穏やかな1日でありますように!

ゆゆ







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by mi-yu-yu | 2018-01-19 10:06 | 思い | Comments(0)

お正月の三ヶ日が、ダラダラしているうちに過ぎてしまいました。
新年のご挨拶のあけおめメールや、わざわざ点字の年賀状を送ってくださった方、ありがとうございました!
2018年、どうぞ今年もよろしくお願いいたします!

そしてあっという間に過ぎた年末でしたねー。
今年もカピバラマンションにいましたが、大晦日は部屋を、カピバラさんと大掃除しました。
私の担当は洗面所。
トイレとお風呂はカピバラさんが担当してくれました。
見えないままに、洗面の鏡をふきふき、洗面台をスポンジでゴシゴシとお掃除!
カピバラさんのワックスなどは棚にしまってスッキリ。
今回の大掃除で私は、手でさわりながらチェックし、洗面台がツルツルになるのを確かめながら、大掃除をしてました。
つかれたけれど、きれいになるのはやっぱり気持ちがいいものです!
途中でカピバラさんが、イスを持ってきてくれて、座りながら洗えたのもありがたかったです。
常に当たり前のようにあると忘れてしまいやすいけれど、だれかと共同できるってすばらしい。
一緒に大掃除ができて、とっても楽しかったです!

気持ちもあらたに2018年が始まりました。
今年はどんな1年になるのでしょう??
大切な人たちも元気に、今年も豊かな経験ができますように。
今年もどうぞよろしくお願いいたします!

みゆ

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みゆちゃんの心からの笑顔があふれる
一年になりますように!

ブログを読んでくださっているみなさま、
それぞれにチャレンジと成長があり
充実し心豊かな一年になりますように。

世界が平和でありますように。

今年もよろしくお願いします。

ゆゆ

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by mi-yu-yu | 2018-01-05 09:58 | 思い | Comments(0)

Xmasチキンに思う

“クリスマスチキンに思う”

今年も無事にクリスマスを迎えることができました。
ありがとうございます。
昔むかし、18歳くらいのころは、毎日朝晩、漢方薬を飲んでいて、中国の病院にも行っていました。知りあいのツテだったのですが、その中国のお医者さんに、「中医学では鶏肉は腫瘍をできやすくするので、あまり食べない方がいい」と言われていました。
それからというもの、私は鶏肉をひかえていたのですが、実は私はやきとりと、からあげ、てりやきチキンが大好き。高校生のころは、級友が食堂で買う〈みぞれからあげ弁当〉がおいしくて、おいしくて、あこがれていましたが、たいてい私は我慢してました。
それで、年に1度、母がクリスマスに出してくれるクリスマスチキンが、涙がでるほど嬉しかったのを覚えています。
なんで私は、こんなに鶏肉が好きなのかわからないけど、母もクリスマスは「いつも鶏肉を我慢しているごほうびだね」って、いっぱいチキンを食べさせてくれました。
そのころは、病院に入院していても、鶏肉はアレルギーの食物」みたいに、鶏肉を使わない病院食を出してもらっていたのですが、私の入院生活はほとんど食事が楽しみだったので、そうしているうちに、「好きなものも食べられない私って、一体なんなんだろう…」と思うこともありました。
お医者さんに、「覚悟してください」と言われながらも、もう6年が過ぎ、それでも私がまだ生きていられるのは、あのとき鶏肉を制限したり、両親が一生懸命大変な思いをしながら漢方薬を飲ませてくれたおかげなのかもしれません。
結局それは、“症状をおさえ、未来も幸せに生きられるように”両親がやってくれたことだと思うから、それはそれでありがたかったと思います。
でも、もうろうになって、もういいやと好きなものを我慢しないで食べるようになった今、食事に制限があったころより、障害は重いけれど、自由で、幸せにいられるのではないかとも思います。
障害がないから、病気がないからと、長時間の労働を当たり前のように頼まれたり、様々なことをしなければならないという面もある。
一方で私は、障害や病気に苦しめられているものの、ほぼ自由に、好きなだけ寝ていても許されてしまうという面があります。
そう思うと、どちらにもいい面、悪い面があるなーと思う。
障害や病気の有無ではなく、大切なのは、その中身、質なんだろうなあ…。
好きなものをおなかいっぱい食べられて、安心して空気をすえる。
当たり前のように今あるものを大切にしないといけないと思っています。
私のクリスマスシーズンは、年末で会議も多めでしたが、年に1度は行っている私のお気に入りフレンチのお店でカピバラさんとたらふく食べたり、カピバラさんの弟くんとディナーをして、弟くんが仕事で行った中国の話を聞いて中国を懐かしく思い出したり、知り合いご夫婦とランチをして、自分の世界からは想像もつかないような、まったく違う会社経営のお話を聞いてワクワクしたり。明日はお友達が久しぶりに帰省して、ランチに行くので楽しみです!
来年は30代に突入するので、なにか新しいことをはじめたくなりました。
なんだか20代には、若さゆえの暴走がある気がしていますが、今は少し落ち着いた気がしています。病気が落ち着いているせいなのかなあ?でも、来年はより自分の行動に責任をもち、きちんと30代の自覚をもたなきゃ、と思います。

みゆ

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みゆさま

メリーXmas!は、過ぎてしまいました・・・
きっと穏やかで愛の溢れる時間をすごしたことでしょう。

美味しくクリスマスのチキンを食べられたかな?

今日の話題でも、やっぱり
「自分を大切にする」ってことの大切さを考えました!

せっかくチキンを食べちゃうことにしたからには、
変な魔術(「体に悪い」っていう暗示)もといて、食べてねー。

結局、最後は自分の心や体に、どうしたらいいか
聞いてあげたらいいと思います。

いつでも「今」を生きている私たちは
未来も含めて、今の自分が本当に必要なものを知っている。

みゆは、自分の心も大切にすることにして、
美味しく食べることにしたんでしょう?

美味しく食べられたのなら、
体もきっとトリさんを拒否していないよ。


人間、「頑張りどき」や、
実際、「体に悪い食べ物」もあるけれど

ちゃんと自分の心や体に聞いてあげれば、
自分にとって本当に必要なことは自分が知っていると思います。

自分の体や感情を他人の意向に合わせて
麻痺させればさせるほど、

自分の本当の気持ちから目を背けるほど
自分の心や体のサインを受け取れなくなっちゃうよー

「そこは頑張りどき!」っていう時も
「自分のために我慢が必要な時」もあるけれど、

最終的には、自分の内なる声をちゃんと聞いてあげて、

理不尽だったり、都合よく使われて、
自分が吸い尽くされていると感じたり

本来やりたいこともやれなくなったりしていたら、

それは自分のためになっているか見直して、
そうでなければ

勇気を出して「ノー!!」と言えないと。

なんのために我慢しているのか、わからなくなったら、
ちゃんとそれは必要な我慢なのか自分の心にきかないと。

それすらできないくらい、
自分の感情や肉体を麻痺させてしまうこともあるからこそ

そうなる前から、
ちゃんと自分と対話する習慣をつけた方がいいんです。

健康だろうが、やろうと思えばできる時でも
ノーという時はいう。ノーのいい時をわきまえている。

人のために頑張ることも大事だけど、
自分との折り合いのつけどころは見失ってはだめ。

「やれるから」と自分を犠牲にして頑張った結果、
人のためにもならないこともある。

他の人が頑張るチャンスや成長のチャンスを奪うこともある。

病気でずっと寝ていることが他人から許されるかどうかよりも
自分がそんな自分を否定せずに許して
いたわってあげられるかが大事。

それが「自分を大切にする」ってことです!
自分を大切にすることは自分の義務です。

それがなかなか微妙だからこそ、
バランス感覚も必要だからこそ

あえて、「自分を大切に!」といっております。

それがちゃんとできるようになると、
「自分の体にとっていいもの」を取り入れたくなって、
直感もさえてきます。

別にすごく我慢をするわけじゃなくても、
ストイックに節制をしなくても

自分の体に良くないものを食べたくなくなったり、

体にいいものを取り入れると、
心も喜んでいるのがわかるようになります。

そして、時に、思い切りジャンクなものを食べたくなったら、
「心が食べたがってるー!!」って
ちゃんと食べさせてあげても、ほどほどで満足できるようになります。

ゆゆは、もう一段いって、もっと無意識レベルでも
心や体は自分に必要なものを知っていると思っています。
(オーリングテストの「自分に必要な薬も自分の体自身が知っている」
とか信じます)

カウンセリングの効果研究でも、
最初の段階で
「改善するかしないか」というのはある程度わかる。
というのを聞いたことがあります。

淀みなくペラペラしゃべるのではなくて、
自分の内側に問うような、自分の内側を感じながら
言いよどんだり、間があったりするような話し方をしている人は
改善していくそうです。

「自分自身の心や体の声に耳を傾ける、
自分自身をもっと信頼して、自分を大切にする」

それが本当に大事だし、
それは自分の責任なんじゃないかな、と思います。

周りの期待に応えようとしたり、
周りのために感情を抑えて、喜んでいる振りをしたりしていると
自分の本当の気持ちや体の訴えを聞けなくなるよー!

場の空気を読んだり、和を乱さないようにすることが
いい意味で自分に跳ね返ってくることもあるけれど、

最後の最後は、「自分を大切にすること」
内なる自分とつながれるように、
自分の心や体の声を聞くことの大切さを忘れないほうが大事と
ゆゆは思うんです。

せっかく場の空気を読めなくなったからこそ、
盲ろうでも、自分の体や心の声は何よりも確実に聞けるからこそ

真剣に内なる自分を大切にして向き合って
自分の世界を大切にして、表現していったら、

それがみゆの素晴らしいオリジナリティー
価値ある体験に変わるんじゃないかなあ・・・と

まあ、もう、うざがられるほどに言って、
深夜の3時も過ぎちゃった。。。

自分を大切にしよう。
おやすみ

ゆゆ

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みゆより

簡単にできそうで、意外と、自分を大切にするって難しいですよね。
食べたいものをいっぱい食べたら太って、お気に入りの洋服がきれなくなるし。
自分にとって大切な人が喜んでくれたら嬉しいから頑張ってしまったり。
好きなもの、嫌いなものを主張したら、“わがまま”といわれたり。
好きな生活ができるわけではなく、人に生かされている生活において、“自分を大切に生活すること”
ってとても難しいと感じます。
そしてそれは相手にとっても、私に“自分を大切にしてもらうために”
自分が我慢をしていたり、と思うと、やはり私は自分の気持ちをマヒさせるのが円満に生活できるのかな、と思っているんです。
そこのバランスが難しいなと思います。





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by mi-yu-yu | 2017-12-26 22:40 | 思い | Comments(1)