大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ
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おじいちゃんの命日に

ゆゆさんへ055.gif

今日は暑いですねー。
晴れてよかったのですが、今日は祖父の命日なんです。
ちょうど三年前の今日、祖父は亡くなりました。

お墓に会いに行った母と祖母はきっと暑かっただろうな、
大丈夫かな?と、ちょっと心配でした。
私は大学に行ってきたので、お墓には行けませんでした。

祖父は母がまだ中学生のころ、事故で顔に大ヤケドを負って、
皮膚を移植して、顔の皮膚の色が違っていたり、

高齢になってからはやはり事故で車イス使用になり、障害を持ちました。

人に驚きの目で見られることもありましたが、
祖父はそれについては何も言わず、

それどころか話がおもしろいのでいつもまわりに人がいて、
頼りにされ、自分が正しいと思ったことをやっていました。

それを支えつづけた祖母も立派でしたが、
祖父は決して自分の不便さや不運について、
なにか嘆いたり不満を言っているのを私は見たことがありません。

私だったら、悔しさや悲しみ、怒りなど、
本当は大切に思っている人にぶつけてしまうのに。

(なかなか素直になれず、心の思いと言葉で現れるものが
矛盾してしまうのはやっかいなことですね)

私が居候して一緒に暮らしていた頃、夏になると
「ほたるの墓(戦時中が題材のアニメ)は見れない」
と言ってた事が印象に残っています。

読書家で映画を見るのが大好きで、
涙をにじませていることがたまにありました。
情に深いというか。

歳とったせいだよと母は言っていましたが。

大きな水彩画を描いたり、囲碁に出かけたり
車イスでもできる趣味を楽しんで、いつも楽しそうに暮らしていました。

生きている祖父に最後に会ったとき、祖父は80歳で手術を受け、
麻酔がきいていて、管につながれ、口には挿管されて意識がありませんでした。
点滴でパンパンになった祖父の手。

私はもうろうになっていましたし、通訳者もいませんでしたので、
母が教えてくれた祖父の様子はそれくらいしかわかりませんでした。

祖母や母が声をかけていく中、私は心の中で祖父に話し掛け、
手をさわっていました。

すると、祖父が返事をしてくれたように、
私の手の下で、祖父の手が動いたんです。

「大丈夫」と言ってくれたのか
「おじいちゃんも頑張るからみゆも頑張れ」と言ってくれたのか。

眠っているはずの祖父の手が握り返すようになんで動いたのか、
いまだ私にはわかりませんが、きっと私の思いは祖父に伝わったし、
私も祖父の思いを受け取ったように思っています。

さて、そんな思い出に浸っていたら、祖母に会いたくなりました。
近いうちに、同じように大好きな祖母に、また会いに行きたいです!

みゆ

ーーー

みゆへ055.gif

おじいちゃんが亡くなって、もう3年なんですね。

眠っているはずなのに、わかりあっている、
通じ合うような体験って、私は、あると思います。

ちょうどみゆが盲ろうになって、最初の一年は
家族みんながみゆの苦しみをみて、撃沈していたかもしれないけど

みゆが再び立ち上がって、社会に出て行くチャレンジ(みゆの逆襲?!)の様子
を見届けて、少し安心して旅立てたのではないかな??

そして、今はきっと、もっとパワフルに
みゆを応援して、サポートしてくれているんだと思います。

今の活躍はおじいちゃんの応援あってのことかも。

今やおじいちゃんの魂はこの世界での不自由さからもすっかり解放されて
のびのびとしているのではないかな?

そういえば、指点字の練習の時、みゆは
「千の風になって」で練習することを勧めていましたよね?!

ゆゆは、魂の存在を感じることがあるから、
本当に、お墓にはいなくて、千の風になって、
いつでもみゆのことを守ってくれていると思います。

だって、本当に、亡くなる人を守っていたり、迎えに来てくれたり、
亡くなった後に、大切な人のところに会いに来たりする魂に会うことがあるもの!!

非科学的だと言われちゃうから、普段はそっと追求せずにいるけれど、
あんまりにも自然に見守っていて、あとで「この世にはいない人」だとわかって
びっくりすることがありますよ。

ちなみに、私の祖父は亡くなる数日前に、
「(すでに亡くなった)親や兄弟がいて楽しい。
だけど(この世にいる家族と)離れるのは悲しい」
と言って母を抱きしめたんですよ。

特に死を宣告されている状況でもなく、
周囲の人たちは、まだ、同じような日々が続いていくだろうと思っていたけど。

前日の夜寝る前には祖母に
「あなたには一番お世話になりましたね」と声をかけて、
翌朝、静かに息を引き取っていたんです。

母と「あー、おじいちゃんはわかっていたんだね」と
悲しいんだけど、納得した日のことを思い出します。

ゆゆ自身も、わりと魂の存在やエネルギーは感じやすいので、
輪廻転生も、自然のことと思っていて

みゆともきっとどこかの生で深いご縁があったのだろうな、
と思って恩返し?しています。

ここでひどいことしたら、来世で逆襲されそうだしなあ・・・

また、みゆもゆゆも、それぞれのおじいちゃんと
どこかの生で会うと思うから、
さらに向上した魂で会えるようにしておかないとね?!

ゆゆ

ーーー

みゆより055.gif

私の場合、自分が死にそうになったから、
“千の風になって”や“星のおうじさま”が伝えてくれている、
魂の存在に、私は魅かれているのかなあ。

ゆゆさんのおじい様のお話を読んで、
90歳をこえられた寂聴さんが著書の中で、

“向うで待っていてくれている人の方が、(こっちよりも)多いから全然寂しくない。
むしろ、向うでだれに1番最初に声をかけようか悩む”
と書かれていたのを思いだしました。

生や死について、考えさせられる機会が多いほど、
そういう境地に至るものなのかもしれないですね。
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by mi-yu-yu | 2016-05-23 22:15 | 思い | Comments(0)