大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ
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ヒマワリの花

055.gif yuyuさんへ

今度お会いする先生は、視覚に障害のある方を、
単に「目がみえない人」ととらえるのではなく、

「目を使わない新たな身体の働きをもっている人」
という生物学や美学からの視点で、

「自分と異なる身体をもって生きている人」
という考えをもっておられる方です。

最近その先生のご著書を読んでいるのですが、
「生命」についてよく考えます。

昨日いただいたひまわり。
触っていると、なんだかやさしい気持ちになれます。

ヒマワリは花としてですが、生を与えられ、
私と同じようにこの世界を生きています。

きっとこのヒマワリは、自分の存在で人間を癒したいなんて
考えてもいないと思います。

ただ自分の与えられた生をいかして
咲いているだけなんでしょう。

でも、なんの無理もしていないのに、
その存在を愛でる私たちの心には癒しと元気が与えられています。

そう考えると、「みんな違ってみんないい」(金子みすず)、
どんな存在にも価値があるんだなーとしみじみ思います。

花やアリや犬は、人間と同じ言葉はもっていないかもしれないけれど、
それぞれができる方法で一生懸命にこの世界を生きているのは
同じなんじゃないかな。

だから、世界の見方はたくさんあるかもしれないけれど、
どれが正しい見方で、どうあるべきかなんて
決められるものではないんだろうなー。

でも、それは思想としての問題で、
障害の大変さや物理的な問題はまた違うんじゃないかな、とも思います。

思想的、物理的な問題でゆれ動く私の心。
難しいなあ。

みゆ


055.gif miyuへ

心が揺れ動くのが、
「人間らしさ」なのかもしれないですよ。

ひまわりが、ただ「ひまわりの命を発揮している」ということは、

太陽に向かって高く伸びて、黄色い花を大きく開いて、
ただ風に吹かれて揺れているように見える。

人間の命を発揮して生きる、
人間らしさを発揮して生きるということも、

どんどん成長して大人になって、
「心が、何かを感じて揺れ動く」ということなのかもしれないなー。

そして、そんな「懸命に」という自覚もなく、
でも懸命に生きる姿が

「ただひまわりの花に癒される」ように、

人間らしい心の揺れ動きに共感して救われたり、
「人間の生命力に癒される」こともあるんじゃないかな。

別に誰かを癒そうと思っているわけではないし、
生きるのに精一杯だったり、

自分なりにもがき苦しんでいたり、
ただ生命の営みに従っているだけかもしれないけれど、

そんな姿が誰かの励みにもなる。

「あー、自分の他にも不器用でも大変でも
頑張って生きている人がいる」


そうやって、人間同士だけでなく、花も動物も、
自然界のいろんな命が、

お互いを支えあって癒し合っていることも
きっとあるんだろうな。

命にはそんな力もあるような気がします。

ゆゆ


みゆより055.gif

おかえりなさーい!!
お返事ありがとうございました。
難しいので思索にふけります……

みゆ
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by mi-yu-yu | 2015-08-02 18:28 | 思い | Comments(0)