大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ
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助けられ上手に

055.gif yuyuさんへ

バレンタインです!
記念日を口実に、チョコをたっぷり食べられる日。

ちょうど父が日本に帰ってきているので、母の手作りチョコクリームスコーンをいただきました。
この間いただいた、クマの形をしたフィギュアみたいなくまの数々は、
とてもかわいくて、やっぱり食べられませんけど。

チョコをもらうと、大切にとっておきすぎて、
いつしかそのチョコにカビをはやすのが得意な私です。

ところで、私は、障がいをもって、現実的に「できなくなったこと」を認められなくて、
実際にできないのに、「なんとか自分1人の力でやろう」「自分でやらなければ!」、
「できていたんだから」、と、自分を苦しめていたのかもしれません。

病気の進行とともに、できなくなったことは、何を隠そう、実際にあるのです。
それは、なまけているわけではなく、どんなに頑張ったってできないこと。
できないことをやるのは不可能です。

でもそれを「なんとかやろう、人間がすたる!」と思ってしまう。
極端にいえば、まったく見えないのに、「見なさい」と言われたって、できるわけないんです。

「相手に申し訳ないから」、「めんどくさがられたくないから」と、
それを自分でやろうとしていた私。

だけど、それが他人にとって簡単にできることなら、頼ったっていいんだ、と思いました。
他人の目や耳に依存することだって、時には必要で、大切なこと。

自転車だって、はじめからスイスイこげるわけではなくて、初めは誰かの補助が必要です。
はじめからまっさらに、一人でやろうとしても、転ぶだけ。

誰かに支えてもらいつつ、できたことがあるならば、自分でできたこととして、
自分を褒めてあげたっていいのかも。

人に気持ちよくお願いできるようになりたいな。
それは障がいの有無なんて関係ないのではないでしょうか。

みゆ

055.gif miyuへ

少し休めましたか?
パパがいてママが手作りのバレンタインなんて素敵な一日ですねー。

ーーーーー
いっつも、病室を訪れて「困っていることはない?」って聞いても、
「だいじょうぶでーす。」「困ってません。」「慣れました。」って、全然弱音をはかなかったmiyu。

傍から見てると、困っていること、いーっぱいありそうなのに。

「ふーん、ちょっとの我慢で行けてるってこと?」って聞くと、苦笑していました。
「ほんとに困ってません!!」って、むきになったり。

ナースコールは使えないように、グルグル巻きにしてベットの裏に自分で隠してました!!
(意地か?!)

そして、ママが来るまで溜め込んで、全部、ママにやらせてました。
yuyuが行く日は、ママがお休みする日になっていたので、さすがに困ることもあって、

「実は困ってます・・・」っていう日は、「何ー?」と聞いてみると、
なんとー、ただ「ティッシュの箱がシーツ交換で裏返って、いつもと違う場所に行ってしまい、
お昼ご飯の時にもティッシュがなくて困った」とか・・・、物が落っこったままだとか・・・。

「そんなことー?見える人からすれば、そんなのを元に戻すことくらい、
なんてことないんだから、一人でずっと困っていないで、コールしなさい!!」

そんなことでお役に立てるなら、犬なら、投げたボールを上手に拾って取ってこれて、
「いい子いい子って、褒められた気分」になれるのに!

みんなだって、小さなことでも力になれたら、って思っているのに、
そんなことも頼めずに、yuyuが行くお昼すぎまでずーっと、困惑して困っていたなんて、
そっちの方が切なすぎるー。

ほんと、現代版なんちゃってサリバン先生は、「人を信頼させる」ってことからスタートして、
更に、「人の助けを受ける」っていうのが大変な訓練で、

現代版(途中から)ヘレンに必要なのは「言葉の教育」じゃなくて、
「人に助けを求め、人の助けを受け取る教育かー」と思い知らされた出来事でした。

まあ、「だいじょうぶでーす」っていうのが基本で、
かろうじてyuyuには頼みやすい?ってなったものの、
それじゃあダメなんだーーー!!yuyuだけに頼めてもダメ!!

まさに「依存先を沢山!作らねばー。」と頑張ったのですが、
そこは結構大変な課題でしたね・・・。

yuyuは入院中から、ずーっと言い続けて来たけれど、
今日のブログで、今もまだそんなところか・・・とわかりました。

「人の助けを受けるのは本当に苦手だ」と自分でも言っていましたね。

でもyuyuに負担をかけないように、ってyuyuのために一生懸命、
人の支援を受けだしたのも、ちゃんとわかっています。偉かったです。
自分の苦手なことを本当に頑張ったと褒めてあげます。

今、思い返してみると、きっと我慢して本心を言っていなかったのではなくて、
「自分が、見えなくて困っている」ってことを認められなかったんですね。

そして、miyuにそれを感じさせないほど、ママが頑張っていたということでもあります。

ママにも「人の助けを受けろーーー。」って言い続けましたけどね。
実際、「人の助けを受ける」というのは、「人を助ける」よりも、大変な課題だと思います。

だから、頼まれた人の方が、軽い課題をやっているんだから、安心して
まかせちゃえば??

こんなことぐらいで、っていう軽い頼みほど、
無邪気な犬のように、お役にたてて喜んでくれるかもしれません。

yuyuも溜め込まれて、「いつも遠慮するみゆに頼まれた!」っていう断れない状況で、
「重い頼み」がどーんと来るよりも、日々、「軽い頼み」に応えて、みゆに気持ちよく、
安心して過ごせてもらえている方がいいです。

で、依存先が沢山あれば、手伝う方も「自分しかいない!」なんて気負わないで、安心して
むしろいろんなことができるかもしれません。何事も交渉してみなければわかりません。

案外、ちょっとくらい重い頼みでも、人によってはたいしたことなかったり、
「調整すればできる」ってことや、「他に出来る人を見つけてくれる」ってことは
沢山あるから、断られるのを恐れず、とりあえず言ってみる!

頼みを拒否されるのは誰だって嫌だけど、
「たまたま忙しかったのね」って次の人にアタック!!
助けられ上手なみゆになってくださーい。それも、また魅力的だと思いますよ!

ゆゆ
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Commented by くるみ at 2013-02-15 12:27 x
助けを受けることの難しさは私も感じている。
特に私たちは今まで持っていたものを失ったのだから「できるはず」とか思ってしまう。
私は聞こえないのに「聞こえます」とか言って、友達に怒られたり…
これはどうすればいいのだろうね、miyuねえさん!
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by mi-yu-yu | 2013-02-14 20:45 | 盲ろう | Comments(1)