大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ
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見ている世界

055.gif yuyuさんへ

同じ空間で、同じことが行われていても、
盲ろう者の見ている世界は、人それぞれ。

例えば、「犬が吠えている」という現象にしても、
見る人それぞれ、何を盲ろう者に伝えるかが異なります。

鳴き声はキャンキャンなのか、ガウガウなのか、グルルルルなのか。
どうでもよさそうな情報だけれど、でも私にとって、
それぞれ思い浮かべる情景が異なるのも事実。

その他にも、犬種、色、誰に向かって吠えているのか、
どこで、どんな動きをしながら、……、などなど、

「吠えている」にしても、いろいろな情報がありすぎて、
どれを選んで伝えるか、とても難しいと思います。

しかし私にとっては、情報があればあるほどリアルな世界に近づきます。
日記に書くと、「犬が吠えていた」という1つの事実にすぎませんが。

これは、極端な例だったけれど、
ものごとには本当に膨大な情報がわんさかつまっています。

けれど、私は伝えてもらわないと、なにひとつわからない。
1つの現象に対して、どれを伝えてもらうかで、盲ろう者の数だけ世界が生まれます。

そして、世の中に情報はありすぎるから、盲ろう者それぞれ、
見る角度は違い、作られる世界はなかなか一致しません。

どんな言葉をキャッチするか、どの状況を伝えてもらうか、
それが私の世界になっていきます。

以前は何もしなくても、耳や目から自然と入ってきていた、たくさんの情報。

それを今は、自分から情報をもらいにいかなければ、世界は豊かにならなくなりました。

でも、情報のカケラが多ければ多いほど、組み立てられていく世界は充実していて、
リアリティをもって、私の前に広がっていく気がします。

みゆ

055.gif miyuへ

また、私の思考の参考になりました。どうもありがとう。

人は見えていて、聞こえていても、沢山の情報の中から、
その人が「どの情報をキャッチするか」で見える世界も感じる世界も変わります。

犬の散歩に遭遇したとき、miyuが「吠えている犬」に関心が向き、
yuyuが「犬をなだめている人」に関心が向くように?関心の対象も違います。

そうすると自ずと、最初に人に伝える情報が変わりますね・・・

更に、その人の思い込みのフィルターがかかって、物事を見るから、
同じ空間を共にしていても、違う世界を体験しているんだ・・・と感じることがあります。

だけど漠然とでも全体像が見えているのと違って、盲ろう者の集いは・・・!!

その伝えられ方や、どの部分に焦点があたっているか、
切り取られたどの情報を伝えられるかで、イメージする世界が変わり、
同じ空間にいても、違う世界を体験していることが十分、ありえますね。

ただでさえ、人は同じものを見ているようで見ていないのに・・・。
同じことを聞いているようで、聞いていなかったり、受け止め方は違うのに・・・。

ゆゆ

miyuより055.gif

ゆゆさんのお返事、おもしろかったです!
犬のところで笑って、なるほどー!って思いました!

私にとって情報は「ろうと」を勝ち抜いた選りすぐりの情報ですねー!

yuyu : 私は反対に、出てきた言葉から、「ろうとの入口」(心的世界)を探ります!
     
     「海」と言われても、岩場の海だったり、どこまでも続く砂浜の海だったり、
     人がイメージしているのは様々で、その人がどんな世界を体験しているのか?

     どんな体験やフィルターを通って、その言葉や行動になっているのか?     
     その人が世界を、どんな風に見て、どんな風に感じているのか。
     
     出てきた言葉だけで、わかった気になると、実は全然ズレているってことがあって。
     だから、コミュニケーションって大事なのかなーと思います。

     また、いろいろ教えてね♪
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by mi-yu-yu | 2012-12-26 18:09 | 盲ろう | Comments(0)