大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ
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障がい受容のための階段?

055.gif yuyuさんへ

「なぜ、私に病がふりかかったのか?」
「何がいけなかったのか?」
「なぜ私なのか?」

病気の科学的原因(遺伝子の突然変異によるものです。とか)はわかっても、
精神的に納得のいく答えを見つけるまでには、とても時間がかかるものです。

「前世で悪いことをした罪なのか?」
「両親が悪いことをした罪なのか?」
「私がおかした罪なのか?」

そんな気持ちにもなるけれど、その答えについて、
私はこの前お会いした〈盲ろうの神父さん〉が言っていた、

「誰のせいでもなく、ただ神の御業がふりかかっただけ。
神が私に試練を与えたのなら、乗り越えられるものであるはずです。」
という考えが好きです。

そんなに、病気になった理由は大切ではないんじゃないかなー。
でも、災因論や病因論は、壊れそうな心が、受容していくために、
必要な段階をふんでいることなのかもしれません。

認めたくない現実を受け入れていくために、大切な役目を果たしているのかもしれません。
でも、どうせよくなる確率が低いのなら、原因を追及するよりも、
精神的豊かさを追及するほうが、ずっとずっと幸せに生きていけるのではないかなー。

私は、病気を〈悪いもの〉として、〈悪魔ばらい〉をすることは、あまり好きではありません。
だって、病気は必ずしも悪いものであるとは限らないと思うんです。
いろんな考えを知り、いろんな人との出会いが、心の傷を癒してくれているのかなー。

みゆ

055.gif miyuへ

また、重いテーマが来たなー、と思ったら、今日は水曜日。
医療人類学の授業でしたね!?

さてさて、yuyuは別にコメントしなくてもいいものなのか?
miyuの感じたことだけでもいいような気もするけれど・・・

miyu自身の障害受容のプロセスも明らかにしたい、というニーズがあったのですよねー。
掲載するかは、miyuの判断におまかせします。

「なんでー!!」って言う問いは、けして、
その「科学的な原因をもう一度説明して。」ってことではなくて、
人としての実存的な問い、魂の叫びですよねー。

そして、答えはない。自分なりの答えを見つけていく。自分なりのおさまりどころを探す。

去年の今頃は、miyuが「本当に治ると信じているなら、言うはずのことを言わない」から、
yuyuの感触としては「無意識ではわかっているな。」って感じていたけど、

miyuは、口に出してしまうことは、とてもできないんだなーという状態で、

そして、悪い情報からmiyuを守りたいという力もかなり強く働いていて、
それは、yuyuのスタンスではないのだけれど、

どっちみち「できることも、もう少し増えないと直面できないし、
でも直面しないから、できること増えないし・・・」悪循環だーーー!!と、
かなり悩んでおりました。

そんな中、miyuは、
「うそだー!」(否認)「なんで、私がー!私は何にも悪いことしてないのに!」(怒り)
「神さま、いい子にしていますから、何とか治してください。」(取引き)
「いい子にしているのに全然良くならない・・・」(あきらめと抑うつ)・・・

を、たった一人で抱えていたんですよね・・・。もちろん、ホントはyuyuはわかっていたから、
本当に一人だった訳ではないけど、誰にも言えないって時点で、孤独で辛かったでしょうね。

二月になって、やっとmiyuと率直に話ができるようになって、こういうプロセスが誰にでもある、
って言ったら、「なんで、私のことわかるんですかーーーー!!」って叫んでた・・・。

その後も病気の人たちが抱える、様々な感情を話すと、
自分のこと言われているみたいになって、「誰のことですかーーーー!!」って叫んでた・・・。

みんな一人一人の思いは特別で、みんな違うけれど、
それでもどこか人として共有できるものがあるんですね。

そして、たまには、そういうことを共有できると、救われることもあるから、
miyuはみんなに自分の障がいを受け入れるプロセスも表明していこうと、
自分を差し出しているんですよね。(身体をはって、偉いです。)

全然、口にすることもできなかった時から、混沌としながらも、思いを言葉にできるようになって、
今や、こうして文章にすることができる。やっぱり文章にできるところまでには、
かなり、自分の中でこなれていかないと難しいものだけど、よく頑張ってここまで来ています。

上に書いた、障がい受容のプロセスは、
「死の受容のプロセス」(キューブラー・ロス)をmiyuにわかるように、
子どもバージョン(←失礼な?!)で話したんですが、
最後に「受容」につながっていく5段階です。

私が大学の時に習っていた、アルフォンス・デーケン先生は、その後に「希望」を付け加えて、
6段階で説明しています。miyuは抑うつとか受容とかを、一足飛びに、
「希望」に向かって頑張ってしまったけれど、

それでも、このプロセスは一つ一つクリアしていくものではなくて、
いろんな場面で行ったり来たりするものだと思うから、それこそ七転び八起きで
自分のペースで歩んでいってください。

精神的豊かさを追求して、幸せに自分を発揮していってくださいね。
それが、神の御業?!お望み?!

ゆゆ

miyuより055.gif

オッケーです!!
受容のプロセス、本当におもしろいと思います!!

yuyu : 初めて話した時の感想も・・・
     「オモシロイ・・・」でしたね・・・・・・・・

     私たち、相当、深刻な話してるけど、
     外から見るとすごーく楽しそうに見えるらしいよ・・・。
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by mi-yu-yu | 2012-12-05 23:50 | 思い | Comments(0)