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大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ
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がんばってのんびり?!

ゆゆさんへ

今日はなにも予定がない1日なので、好き放題朝寝坊をしました。

目覚まし時計の振動を気にすることも、
時間におわれることもなく、気がむくままに過ごしました。

“忙しく働くべき”“早起きするべき”“迷惑をかけてはいけない”…。
まあ、それはそうなのかもしれない。

けれど、病気になった時、やたら真面目だった私は脅迫観念のように、
“こうあるべき!”と思っていて、身体がそれをできなくなって

“のんびりさせてほしいよー”という身体の声と
“キチンとしなきゃ”と思う心の板挟みに苦しみました。

私は“のんびり生きる”フリーパスをもらっても、
その生活を満喫するのがヘタなんだと思います。
残念。

ルーフバルコニーに出ると、新しくしつらえたベンチと、
中央がくりぬかれてプランターになっているかわいい丸太が。

バルコニーにある水道からジョウロに水をくんで、
ルッコラやハーブに水をやるのは私のお仕事。

横にあるフランス語で書かれた看板を触って、
蜂蜜の香りのする花が元気良く咲いているのを確かめて、
よし、完ぺき!

両親が敷いてくれた人工芝生に寝転がって、
本を読んだり、うたた寝したり、
今日の曇った風のかんじや春の暖かさを頬に感じていました。

4時をまわるとさすがに寒くなってきたので、
“そろそろ部屋の中に入ろう”と思ったのですが、
時おり、ほんのり温かい太陽がさしてくる度、
私はそれがとても心地よくて、
背中が芝生にくっついてしまったように、
なかなか立ち上がる気になれませんでした。

今日はあまりお天気がよくなかったけれど、
身体がすがすがしい空気に包まれて、なんだか浄化された気分です。

住み慣れた都会からちょっと郊外に引っ越して、
自然を感じられるのはいい事だったかな。
週末を楽しみたいです!

みゆ


ーーー

みゆさま

みゆの新しいおうちの庭も充実してきた様子ですね!

病院の患者さんも外の空気が恋しくて、
ゆゆの登場を心待ちにしてくれる

ゆゆにとってはお散歩三昧、のんびり日向ぼっこの季節です!

みゆとよく出かけた、病院の中庭は
雲で優しくコーティングされた穏やかな光が降り注いでいて

暑すぎず、強すぎない日差しと柔らかい新緑の中を
心地よい風が通り抜けていきました。

桜はみんな散ってしまったけれど、
代わりに新緑が吹き出して

ツツジやシャクナゲ、モッコウバラや山吹
赤や黄色、色とりどりの花がしっかり春のバトンを受け取って、
ますます賑やかに庭を彩ってくれていました。

あ、ローズマリーも薄いブルーの小さな花を咲かせながら、
いい香りを放っていましたよ!

ところで・・・
人間、「暇」ってことは恥なのでしょうか?

「忙しい」といいつつどこか得意げだったり、
手帳に予定がなく、遊ぶ友達や恋人がいないと
それだけで寂しくなったり、

それどころか、そんなことで自己否定まですることもあります。
でも、「時間」に罪はない。

「忙しく働いている」「がんばっている」ことが美徳?な
「日本社会に浸透している価値観」の影響もあるかもしれないけれど、

「自分が自分をどう思っているか」「その時間をどう感じているか」
という「思い」が、同じ状況を
「苦しく」も「楽しく」も感じさせるのではないかなー。


「何もしていない時間」の問題じゃない。

「なんにもしていないけど、すごく充実している」
そんな時間もあるものです。

それにのんびりゆったり、時間がありそうにしている方が、
人は話しかけやすいし、頼りにもあてにもできるのです。

時間がありそうな方が、急にいい話があったときに
声もかけてもらえます!

予定にしばられていないから、チャンスに飛びつけるのです!

本当にやりたいことでもない予定に占領されて
大好きなことや本当にやりたいことに使える時間がなくなっちゃう
なんて本末転倒。

入れた予定をちゃんとこなせるか、体調を維持できるか、
予定にしばられて、不要な不安も抱えてしまいますしね。

どっちみち人生は味わい尽くすには短い。

だからこそ、未来をあてにしないで、
楽しみは先送りしないで、

この機会や出会いは今しかないと 
今この瞬間をしっかり味わう。

そうすると、もっと名残惜しくなっちゃう分、
体験を味わえたときの感謝や喜びがふくらむような気がするし
日々の小さな楽しみや喜びに貪欲になるような気がします。

みゆの手で触るカレンダーをセッティングしながら
「みゆの予定が、触るだけでわくわくする
楽しい予定でありますように」と祈ってますが

あんまりみゆの予定がいっぱいで。。。
ゆゆの入る隙間なし。

そういうわけで?
ゆゆの隙間に入ってきた嬉しいお誘いに便乗して
また、旅に行ってきまーす。

みゆもカピバラさんと楽しい週末を!!

ゆゆ

ーーー

みゆより

ゆゆさんの返信を読みながら、なにかの本で読んだ、
“チャンスをきっちりつかんだ、桃太郎のおばあさん”の話
を思い出していました。

川で洗濯をしていたおばあさんは、
川に流れてきた大きな桃をみたとたん、
洗濯もそっちのけにしてとびついた。

なにをそっちのけにしても、流れてきたチャンスに
飛びつくことができたからこそ、
桃太郎という宝を手にいれられたのだ…。
というような話だったと思います。

人生は有限だからこそ、私はつめこまないと
「もったいない」と思ってしまうんですよねえ…。

ーーー

本当にやりたいことや自分にとって大切なことを
つめこんで満たされているんならいいんです!

流れてきた桃に目もくれず、
洗い物が綺麗になった喜びに浸っているなら、

桃が流れていたことにも気がつかないか、どうでもよくて、
でもおばあさんの心は満足しているはず。

その桃が「宝」かどうかも、
開けてみないとわからないリスクもある。

でも「この大きな桃はなんじゃあ・・・!!」
と自分の心に従って洗濯物も放り出して桃を取りに行った。

それがおばあさんらしい人生か?!

桃から生まれた男の子を宝と思って大事に育てて
いい関係をつくったから、本当の宝物になったのかも?!

みゆの「〜べき」論的、価値観で言えば、
「桃なんかに気をとられていないで、しっかり洗濯をすべき!?」

一般的な?価値観や役目にしばられることなく
自分の心に従ったおばあさんの引き寄せた結果。
一つの出会いを大切に育てたおばあさんの得た実り。

「無駄かもしれないけど、関心がある」
という自分の心の声に従ってこそ

他人にとってどうでもいいことも、
自分にとっての素敵な出会いや経験になるのかも。

集中せず意識を漂わせているような
「無駄と思える、暇な時間」は、チャンスの宝庫

そして、その時その時の自分の心に従った小さな選択が
自分らしい人生になる。

おばあさんは桃の中味はわからないけど、心の赴くままに
桃に関心を向けて、行動した。

そしてそこで出会った機会を丁寧に育てた。
だからこそ「宝物」に出会えたのではないかな。

「のんびり生きるフリーパス」を有効利用して、
宝物に出会う、旅に出よう!!

ゆゆ



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by mi-yu-yu | 2017-04-21 23:24 | 日々のこと | Comments(0)