大学4年生で聴覚と視覚を失った☆の王女さまmiyu。 新しい大学生活のスタート


by みゆ
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ご無沙汰しております!

ブログを読んでくださっている皆様へ

こんばんわ、みゆです。
せいこさん、コメントをありがとうございました!

私のブレイルセンス(点字の機械)からコメが読めず、
ゆゆさんに知らせてもらって

このブログを楽しみにしてくださっている方がいるとはと
嬉しくもあり、申し訳なくも思いました…。

最後の記事からいつの間にか1ヶ月以上経っていたなんて。
あっという間にもう季節は夏って感じの暑さですね。

私は元気に暮らしています。

たいていは時間に余裕があり、
のびのびと気ままな生活をしているのですが、

いろんなことが重なる時期があり、
今はちょうど自分のやりたいことに加えて、

様々な場所での講義?講演活動などのお役目仕事が重なり、
てんやわんやしていて、ブログにかける時間がありませんでした。

(私としては、いつもゆゆさんにも時間をかけていただいて、
大切にやっているブログなので、
自分が納得できないブログ記事をのせたくはなかったのです…)

これからも細く長く、ブログは続けさせていただきたいと思っていますので、
今後ともよろしくお願いいたします。

みなさま、これからも時間のあるときに遊びにいらしていただけたら嬉しいです!

ちなみに、“うであみ”は、
ゆゆさんや母がステキな毛糸を探してきてくださり、
編んでいるときにはヒモを間違わないように、
ゆゆさんがとなりで見ていてくださいました。

無事にオシャレなネックウォーマーができあがって、
バレンタインデーにプレゼントし、喜んでもらいました!
そのことについては、記事を書いたつもりでいたのですが、
私の勘違いだったみたいですね。

おもしろい物を教えてくださり、ありがとうございました!
そして、またよかったら、なにかいいものがあった時にはぜひ教えてください!

最近はまたまた、レポートがたまってしまいました……。
夏休み前はテスト期間なのですが、

私は試験の代わりにレポート課題にしていただいているため、
レポートが山のようなのです!

でも、レポートが終われば、夏休み!
その頃にまた記事を書こうと思います!

みゆ

ーーー

コメント以外にも、
いろんな方にご心配いただきましたが、

・・・そういうわけらしいです。
今後ともよろしくお願いいたします!

これから夏本番ですが、
みなさま、ご自愛ください。

素敵な夏になりますように。

ゆゆ

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# by mi-yu-yu | 2017-07-11 20:09 | miyu | Comments(1)
055.gif yuyuさんへ

先週末は、スカイツリータウンで開催された
“ナポリタンスタジアム”に行ってきました。

各地の予選を勝ち抜いた10種類くらいのナポリタンが集結して、
参加者の投票によるグランプリを決めていました。

私は“18カ月熟成した生ハムとたっぷりチーズの贅沢ナポリタン”、
最終的にグランプリに輝いた
“赤牛ととろとろチーズのフォンデュdeナポリタン”、
“安曇野りんごナポリタン”の3種類を食べてみました。

…どれも麺の太さまでこだわっていて、
“ナポリタンに、こんなにたくさんの味があるんだ!”と驚きました。

前日は大雨だったので、朝もどんよりした曇り空。

これからどうなるのか心配になるお天気でしたが、
私がスカイツリータウンについたころには日がさしてきて、
暑くも寒くもない、とても気持ちのいい温かさでした!

会場は外なので、身体を包み込むような太陽の心地よさに思わず、
“私の上には空があるー!雨の日もある、風の日もある。
たまに晴れたらまるもうけー!”と、教えてもらった、
歌手のAIさんの“みんながみんな英雄”という曲のフレーズが、
頭の中をかけめぐっていました。

365日、いろんな日がある!

この出店はいったいどんなテイストで、
ナポリタンはどんな盛り付けで、
テーブルにはどんなクロスがかけられていて、
テーブルの形はどんなふうで、
売っている人やお客さんの様子はどんなで、
どんな声色でどんな話をしているのか…。
もっともっといろんなことを知りたいと思うけれど、
すべてを言葉でしか受け取れないというわずらわしさ。

見えていたころは、そんなことを言葉にしなくたって、
一瞬で受け取ることができていたんだなあ、と思うと、
いろいろと残念に思います。
そして、そんなどうでもいいことが、実は楽しみだったり、
心地のよいものだったのだと、なくなって気づくという。

でも、だからといって、今それらを全て言葉で表現し、
伝えてもらいたい、と思うわけでもなくなりました。
今の私は、そんなことを考えて、もんもんとして、
楽しみだったり、“女神の前髪”を見失うことがもったいないと思うのです。

“昔の幸福の形”は認めるけれど、
それが“今の幸福の形”とピッタリ一致するわけではない。

私にとって、今大切なのは、
この1日をどうやってハッピーに過ごすかっていうことです!

みゆ


055.gif miyuへ

おはよー。さて、今日をどうやってハッピーにすごしましょう?!

ナポリタンって、イタリア料理というよりも
日本で進化し続けている、日本独自のパスタですよね。

イタリアで食べるパスタよりも美味しい?
昔懐かしい、レトロな香り漂う、日本の味。

スカイツリーは通勤途上ですが、
そんな美味しいイベントをやっていたとは、、、
全然知りませんでした。で、美味しかった??

ゆゆは、みゆがどんな食感を味わい、
それぞれのパスタにどんな個性を感じ、
みゆにとってどんな風に美味しかったのか?
みゆがそのイベントに何を感じていたのか??

それが知りたい。

ところで、今日は真夏のような暑さでしたが、

緑が鬱蒼と生い茂る日本庭園まで
患者さんの車椅子を押してお散歩に行きました。

「散歩が好きとか楽しいというよりも、
1日1回は体の空気を入れ替えないと、
病室にいるだけじゃ息が詰まってしまいそう」

と、切羽詰まったようにお散歩を心待ちにしている患者さんが
全身で庭の空気と自然を感じようとしていて、

ゆゆとのたった1時間の散歩の「限られた瞬間」を名残惜しむように
「ああ、本当に気持ちがいいね、緑の匂いがする・・・」と
散歩のすべてを必死に全身で味わっていて

「気分転換」なんてのんきなことを行ってられないような
切実にその時間を味わっている様子に

みゆだったら、この散歩をどんな風に味わうのかな?
と想像し、ゆゆも全身の五感を研ぎ澄ませてみました。

空の青さと日差し、緑の森の中に赤いツツジ。
葉にあたってチラチラする光と小鳥たちの鳴く声。
草木のモワッとした匂い、花の香り。

肌にあたって髪をなびかせる
風の心地よさ、温度、空気、肌の感覚、
ゆゆの血を吸う、蚊!そのかゆみ。。。ナドナド

森のようにすっかり緑が濃くなり、
たっぷり葉をつけた木々にキラキラ光が降り注いで、

たわわについた葉っぱに風がそよぐたび、
その葉っぱの影になっている葉っぱにも光がなびいて行って、
葉っぱに降り注ぐ光がイルミネーションのように動いていました。

ただ静かにその景色と空気を味わって耳をすませていると

都会のど真ん中らしく、
時折通る車や学校帰りの子供達の賑やかな声も聞こえるけれど、

風とともに、サワサワ、ざわざわ、葉っぱたちが軽やかな音をたてて、
いろんな種類の小鳥たちの声や池の水が流れる音もします。

(でも、見えない聞こえないみゆだったら・・・
どんな散歩になるのかな?
「触覚」と「嗅覚」に意識を向けてみる)

木々のモワッとした匂い、ツツジの香り、
空気も場所によっていろんな匂いがあって、

バラのそばを通ると、バラの存在を忘れていても
バラに気づかせてくれるほど、
「本当にバラっていい香りがするんだなあ・・・!」

道路を車椅子でゆっくり移動していると、
緑の葉をいっぱいつけた街路樹のおかげで

日向、日陰が交互に現れて、その度に、
暖かい日差しに包まれた風、木陰に守られた涼しい風が

肌に違う感触を吹き付けてくれて、(日陰か日向かで)
「風の温度が全然違うね〜」と話しながら進んでいきました。

風が演出する
「木の葉の光のショー」も「葉っぱのざわめき」も、

小鳥たちのおしゃべりも、水の音も、
感じることができないみゆだけど・・・

風にもいろんな感触があって、
なでるようだったり刺すようだったり、まとわりつくようだったり
湿気を含んでいたり

おひさまが照っているところと、木陰になっているところでは、
風の温度も全然違う。

みゆも森林浴でオゾンを感じたり、
滝のそばではミストやマイナスイオンを感じたりするでしょう。

海のそばに行けば、湿気と塩気を含んだ、
いつもと違う風と匂いを絶対味わえます!

全部、人の目には見えないものだけど、確かに感じられるそれを
言葉にできたら、みゆならではの感性になるのでは。

風は見えないけど、葉っぱやものを揺らして風を感じる。
世界には見えないものがたくさん存在しているから
みゆの感性と言葉で見えるものにしてくれたらな。

みゆが、誰かに情景を教えてもらうのではなくて、
みゆが感じた情景、体験を言葉にできるようになったらいいのにな。

残されたアンテナを研ぎ澄ませて、
自分の心と体がどんな風にその景色を感じているのか、
ちゃんと自分の感覚と向き合って、

それが言葉にできるようになって、

見えたり聞こえたりしている人と分かち合えたら、
お互いに新しい発見があったり、景色が違って新鮮に見えたり、

自分自身の忘れがちな感覚を
みんなが大切にできるようになるかもしれないな。

「周りがどう感じるか、周りにどう思われるか」じゃなくて
「自分がどう感じるか、それが自分にとってどんなものなのか」

しっかり自分と対話ができる人って
案外、少ないのかもしれない。

孤独を感じやすいハンデを持ったみゆ。
実は、誰よりも人に取り巻かれ、濃密に人と関わっていて、

現実と、実際にみゆが感じている世界とのギャップや
現実とみゆが体験している世界の違いに
ゆゆはいつも戸惑います。

みゆが必死にみんなと同じ情報を得、
みんなと同じであろうとすることに、
人としての痛みを感じるけれど

ゆゆはみゆに出会って、
「もっともっと自分の感覚やアンテナを大切にしよう、

自分自身が本当に望んでいることはなんなのか、
ちゃんとそれを大切にしてあげよう」

と思うようになりました。

みゆのおかげで視覚や聴覚を使って
漠然と漂わせている感覚でキャッチしているものの多さも
実感したけれど、その感覚に頼ることが多いからこそ

みゆの限られた、普段、意識することすら忘れられがちの
皮膚の感覚や匂いで世界をどうキャッチしているのか
みゆは、それをどう感じているのか

みゆが自分自身と向き合って、
自分の心や体の声を言語化してくれたら、

人が言葉にしにくい感覚を共感できたり
人が忘れていた感覚をより思い出させてくれたりするのかも。

本当は見えないもの、形のないもので溢れている世界。
風も、空気も、魂も、心も、愛情も、優しさも。

みゆに見えない「外」を必死に追うのではなくて、
みんなも見えてない「内」をゆゆと追求しようよー。

と誘っても、振られてばかりのゆゆです。
そうしている間に、、、

ゆゆの目の前に、「女神の前髪(チャンス)」がー!!
つかんじゃっていいかしら。


今日もいいお天気です。お洗濯も完了。
お日様と風に乾かしてもらった洗濯物の感触や匂いっていいよね!

では、おじいさんは山へ芝刈りに。
おばあさんは川に洗濯に。

みゆは大事なお仕事に。元気にいってらっしゃい!
ゆゆは病院に、みんなの心の洗濯に。

さて、出かけた先でどんな宝(桃太郎)を発見するかな?
今日もハッピーな1日になりますように!

ゆゆ

ーーー

みゆより168.png

ナポリタンスタジアムはカピバラさんと行ったのですが、
とても楽しかったです!

“生ハムのナポリタン”は生ハムの塩気とケチャップの愛称が最高で、
サラダのようにさっぱりとしておいしかったです。
“とろとろチーズのナポリタン”はのっているとろけるようなお肉がやみつきで、もっと食べたくて、肉食女子にはたまりませんでした。
最後に選んだ、“りんごのナポリタン”は、千切りにしたりんごがナポリタンの上にのせられている感じなのですが、ナポリタンも細い麺を使っていて、ケチャップに混ざるさっぱりとした甘さがデザートナポリタンのようで、ナポリタンとりんごなんて意外な組み合わせですが、私の想像をこえた絶妙なマッチ具合でした!

でも、きっとこんなにナポリタンがおいしいのは、
一緒に行ったカピバラさんが一生懸命車イスをおしてくれたことや、
紙皿のナポリタンをまるで“わんわん物語”のレディとトランプみたいに半分こしたりして、心安らぐ時間を安心して過ごせたこともあるのでしょうね…。

そう考えると、“どこに行って、どういうことをした”という表面的なことよりも、“だれと一緒に体験して、どう感じた”ということの方が大切なことなんだろうなあ。




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# by mi-yu-yu | 2017-05-19 23:24 | 思い | Comments(3)

ゴールデンウィークは

055.gif yuyuさんへ

ゆゆさんへ

こんばんわ!
GWが終わり、一気に暑くなりましたね。
これから暑すぎる夏がくるのか…と思うと、ちょっとこわいです。

いつの日からか、心地のいい“春”という季節はほとんどなくなってしまったのかな?

結局私のGWは、お台場で開催された
“シンコ・デ・マヨ2017”に遊びに行ってきました。

スペイン語で「5月5日」を意味する
「シンコデマヨ(Cinco de Mayo)」は、
アメリカで人気に火がつき世界に広まったイベントです。

国際色豊かな雰囲気の中、本格的なフードや、
大好きなタピオカドリンクを楽しみました!

ステージでは迫力のあるダンスパフォーマンスや
子どもたちのフラダンスなどをやっていて、
重低音がたまに聞こえる私もおもしろかったです。

レインボーに点灯しているらしい観覧車を眺められる会場で、
肌の黒い方々がビールを飲みながら作ってくださる
チキンやメープルタルトやカリカリの3枚豚などはどれもおいしくて、
時々感じる海の風が心地よかったです。

なにか楽しいことをしていると、いつも感じる
「だれかを疲れさせながら生きている」
自分の存在の申し訳なさを忘れられます。

考えていると、1人の哲学者を思い出しました。
社会の常識に疑問を呈した古代ギリシャ哲学者のディオゲネスです。

もう10年近く前、フランス文学部時代に教えてもらった人で、
当時の私は健常だったし、若かったのもあるのか、
その生き方に衝撃を受けて、ずっと心に残っていました。

でも、盲ろうになった時、彼の生き方を思い出しました。
記憶があいまいな所があるかもしれないけれど、
哲学史において彼は奇人のように書かれることが多いのだとか。

けれど、その思想や行動が、
当時よりも少し大人になった今の私には、理解できるような気がするのです。

彼は、住まいは酒樽でノラ犬のような生活をしていました。
他人の視線などいっさい気にしない、アレクサンドル大王が来ても
「日向ぼっこの陽が陰るからどいてくれ」と言ったとか。

ディオゲネスは「足るを知ること」「動じない心を持つこと」が重要だと考えてそれを実践した人でした。

「汚らしいところに足を踏み入れても平気だよ。太陽の光だって便所の中に入り込むが、汚されはしないからね。」
という彼の言葉が心に残っています。

彼はどんなところでどんな生活をしても、
汚されない確固とした自分を持っていた。

自分ってなんなのか?
お掃除ロボットは、掃除をすることに存在意義があり、
お掃除を一生懸命すれば、人に喜ばれ、ほめられる。

明確に存在意義があり、それは“なんのために私は存在するのか”を問わなくてもわかっているのだから、それがわからずに悩むよりも幸せかもしれないなー、と思います。

じゃあ、人間はなんのために生きている?…そう思ったとき、
人間には生きる意味なんてないのかもしれない、と思いました。

…あえて言うなら、生かしてくださるものがあるから、
ありがたく生かしてもらっているのであって、
そこに理由などないのかもしれない。

命を与えられた。それが生きる意味なのかもしれない。
生きなくてもいいものに、命を与えたりはしないのでは?
そんなことを考えたGWでした

みゆ

055.gif miyuへ

こんにちわ!一気に暑い日が続いていましたが、
今日は雨です・・・

昨日は確かに、蒸し暑い夏の空気を予感してしまい
まだ来てない夏の暑さの連想だけで、うんざりしていました。

夏本番の前に梅雨もありますよー。沖縄は梅雨入りしたそうです。

みゆが「いつの日からか」、心地よい「春」も「初夏」も
あっという間に通り過ぎるように感じるのは
温暖化のせいではなくて、年のせいかも?!

この一瞬一瞬通り過ぎる季節、その瞬間の空気を
子どものようにしっかり味わうのが生きている意味であり、

いろんな自然や人間関係やできごとが絡んだ1日1日を、
しっかり感じて生きることが人間に生まれた意味かもしれません!

ただ与えられた命をしっかり生き抜くことが「人間」が
生きる意味のような気がします。

お掃除ロボットのように(社会に対する)
明確な意味や役割がないからいいのかも。

子供は「なんのために生きる」なんて考えてもいなくて、
(社会のためにも生きていなくて)
その日その日の充実感だけを求めて生きていますよね。

お腹がすいたー、抱っこしてー、イイコイイコして
おしっこでたー。と泣いて、コトンと眠る。

栄養と愛情と、排泄、睡眠
人間みんなが本質的にそれを求めているから

一人じゃそれを満たせないから、人間として生まれたものどうし
それを心地よく過ごせるように、

人間同士が力を合わせて支えあっているうちに

平等が悪平等になったり、ルールが厳しくなったり、
「役割」だとか、「意味」だとか言い出すようになったのかもしれません。

お掃除ロボットのように明確に存在意義があると、
存在意義がないことも明確で
壊れたらあっさり廃棄される運命なんじゃないかな。

人間は誰かのために生きるロボットではなくて
役割も明確ではなくて、いろんな役に立つ可能性もある。
それぞれの命を尊重して協力するために社会がある。

人間が生きていくために必要な要素が
愛情だとか、人からの承認だとか、心地よさとか楽しみとか
コミュニケーションだとか、形のない見えない要素も
たくさん絡んでいて

「お掃除」や「食事」の意味も、体だけでなく心へのニーズもあって、

人間のニーズは体だけでなく心にもあり
柔軟で幅広いいろんな意味を含んでいることに、

みゆができることもあるし
いろんな役割が存在する余地もあるような気がします!

ところで、シンコデマヨ(Cinco de Mayo)のお祭りは
はじめて聞いたのだけど・・・

スペイン語とは言っても、スペインではなくて
南米発祥みたいですね。

「子ども達のフラダンス」というのにひっかかって、
スペインなら「フラメンコ」では?と思い、

お祭り自体を検索したら、南米が発祥みたい。

南米にはスペイン語圏がありますからね。
で、結局、これはアメリカ系ということで
ハワイのフラダンスでいいのか、、、?

と気になるところですが、

「歌って踊る、それが人生さ!」みたいな国も
「愛こそすべて!」みたいな国もあるわけだし、

あんまり役割とか存在意義にこだわらずに、
未来の心配で押しつぶされないで

美味しいもの食べて、人の愛に浸って、人生を謳歌してください。
今、それがないわけじゃなし、せっかく生きているんだからさ。

今、この瞬間を味わう。どんなことを味わっているのか
それは、みゆしか体験できない体験なんじゃないでしょうか。

ゆゆ

ーーー

みゆより168.png

お返事ありがとうございました!
今日は一気に寒いですね…

なるほどー。たしかに、存在意義が明確で、
柔軟な存在意義がないというのも、

“べき論”につながってしまって、
せまい生き方しかできなくなって、苦しいかもしれませんね。

たくさんの愛をもらい、それを感じていて、幸せに生きているのに、
時々自分の存在の意味をといかけてしまう私は、
傲慢なのかもしれないなあ。。。

ーーー

そこに傲慢さを感じたところに
「いいね!」を押したいところです。

ゆゆ










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# by mi-yu-yu | 2017-05-13 17:08 | 日々のこと | Comments(0)

雨にふられて

055.gif yuyuさんへ

今日から5月。
私の今年の目標は、以前一緒に暮らしていた愛犬のように、
まったりと、がんばらないでのびのび生きることです。

つい先日は、自宅の手すりをリニューアルしました。
今までは賃貸用の太いつっぱり棒の手すりだったので、
狭い家でしょっちゅう足をぶつけましたが、

私の右手の動きが悪いことから細いほうが握りやすく、
今回、食器棚の取っ手みたいなものに変えました。

使いやすいだけでなく、フランス調で
ステキなデザイン性のある手すりになりました!

今日は午前中に接骨院で治療をしてもらったあと、
とっても気持ちのいいお天気だったので、

“バルコニーの人口芝生に寝っ転がって日向ぼっこをしながら読書をしよう!”とその気マンマンで、人工芝生に置く枕まで用意したのですが…。

寝っ転がったその瞬間、ポツポツポツ…。
「…。いや、こんなにいいお天気なのに、まさかね…」と、
しばらくフリーズしていたのに、
まさかのまさか、本格的に雨が降りだしました。
雷のおまけまでついて。

そんなことってあるのか!?

私のワクワクと踊っていた気分を返してもらいたいくらいの
せつないドシャぶりでした。
こうなったら、ゴールデンウィークは8年ぶり??ぐらいの鎌倉で
食べ歩きを満喫してやる!

鎌倉は、中学の修学旅行先で、その後は
1人ぐらしをしていた横浜から何度か友人と遊びに行った気がしますが、
なんとなく遠いイメージがありました。

でも、なんと、品川から45分!
しかも、江の電までバリアフリーになっているとか。
江の島水族館で、鮫に触るのも楽しみです!!

みゆ



055.gif miyuへ

こんにちは。今日もいい天気。今日はテラスで寝ても大丈夫。
昨夜メールが来た時は寝ちゃった後で、
今朝ブログを書いてから出ようと朝書いてたら全部消えてしまったの。

で、今夜は歓迎会で遅いので、明日アップになります。ゴメンね。
穏やかに日向ぼっこを楽しめますように。

ーー
みゆより

今日もひなたぼっこリベンジをしました。
今日はしばらく心地よくいられましたが、10分くらいすると、ビュンビュンと冷たい風がふいてきて…。
寒くて風をひきそうで退散しました。
全然ひなたぼっこを満喫できませんでした…。
うーん…。

うちのバルコニーはカラスやスズメもきてるみたいで、先日、花壇にはどこかで拾ってきたらしいパンが隠されていたようです。(笑)
ーーー

ブログ、あらためて返信
みゆさまへ168.png

あの突然の雷雨に
家にいながらにして巻き込まれてしまったのですね!

空が見えないからね・・・お疲れさまでした。

ゆゆは、周囲一帯が雨でも自分のスポットは「晴れ」くらいな
自称「超・晴れ女」(雨も大好きです)

傲慢なくらい、天気で困らない自信があって(?)
天気予報も見ず、傘も持ち歩かず、「備えも憂い」もありません。

でも実は、それは普段意識しない様々な恩恵のおかげ。

「時間ややるべきこと」に追われていない、
自然のままでOKな、気ままに臨機応変でいられる日々や、
危機をすり抜けるフットワークの軽さのおかげだけでなく

空の色や雲の流れや切れ間や空気をよんだり、
雨宿りできそうなところや、親切な人に出会う力だったり
助けを受け取る力だったり

いろんなアンテナが機能しているおかげで
「困らない」でいられるんだろうな・・・と

あらためて実感しましたよ。

みゆが遭遇したこの突然の雷雨、ゆゆは屋根どころか建物もない
太平洋をのぞむ大自然の中でピクニックをしていたにもかかわらず
いろんな小さなラッキーの積み重ねですり抜けて、

またまた「ゆゆのスポットだけは晴れ」を実現し
一緒にいた昔からの友人とも、

天気予報でどんなに「雨」と言っていても肝心なイベントはこなせる
ゆゆの「超・晴れ女」伝説を再確認していたところでしたが、

それだけ人間の感度にフルに助けられていたってことですね。

みゆは、そのアンテナが壊れてしまってあてにできないからこそ、
日々、準備万端でいないといけなくて神経も使うし

みんなが意識もしないで難なくやっている日常生活や
その背景にもっと意識されずにある

「空気を読む力、状況を察知する力、柔軟に対応できる力」が
弱い状態で生きていることへの大変さを人に理解してもらうのは
人が意識しないで通り過ぎていることばかりだからこそ、本当に困難で、

みゆのような感覚障害を持つ人たちが
相談してもなかなか理解してもらえなくて
福祉やサービスにたどり着くのも大変なのかなあ・・・

鎌倉でお天気に恵まれて、楽しんで来れることを祈ってます!

ゆゆ
ーーー

みゆより168.png

お返事ありがとうございました。

本当、人が思いもよらないところに困難があるから、
理解してもらい、共生することにも大きなエネルギーが必要だし、
見えないことや聞こえないことだけではなく、
それによって生まれる2次的な障害によってしんどくなる人は結構多いかも…、と最近思います。

やっぱり絶対的に人数が少ないから、声はかき消えてしまいますよね…

そして鎌倉も、楽しむどころではなく、
人ごみの中でかえってつかれるのかも??!

ーーー

みんなと行動や価値観が同じじゃないほうが、
すいていて穴場も楽しめるし、チャンスもあるってことかもよ!

少数派の辛さを味わうなら、少数派の強みも味合わないとね!

ゆゆ







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# by mi-yu-yu | 2017-05-03 11:27 | 思い | Comments(0)

がんばってのんびり?!

ゆゆさんへ

今日はなにも予定がない1日なので、好き放題朝寝坊をしました。

目覚まし時計の振動を気にすることも、
時間におわれることもなく、気がむくままに過ごしました。

“忙しく働くべき”“早起きするべき”“迷惑をかけてはいけない”…。
まあ、それはそうなのかもしれない。

けれど、病気になった時、やたら真面目だった私は脅迫観念のように、
“こうあるべき!”と思っていて、身体がそれをできなくなって

“のんびりさせてほしいよー”という身体の声と
“キチンとしなきゃ”と思う心の板挟みに苦しみました。

私は“のんびり生きる”フリーパスをもらっても、
その生活を満喫するのがヘタなんだと思います。
残念。

ルーフバルコニーに出ると、新しくしつらえたベンチと、
中央がくりぬかれてプランターになっているかわいい丸太が。

バルコニーにある水道からジョウロに水をくんで、
ルッコラやハーブに水をやるのは私のお仕事。

横にあるフランス語で書かれた看板を触って、
蜂蜜の香りのする花が元気良く咲いているのを確かめて、
よし、完ぺき!

両親が敷いてくれた人工芝生に寝転がって、
本を読んだり、うたた寝したり、
今日の曇った風のかんじや春の暖かさを頬に感じていました。

4時をまわるとさすがに寒くなってきたので、
“そろそろ部屋の中に入ろう”と思ったのですが、
時おり、ほんのり温かい太陽がさしてくる度、
私はそれがとても心地よくて、
背中が芝生にくっついてしまったように、
なかなか立ち上がる気になれませんでした。

今日はあまりお天気がよくなかったけれど、
身体がすがすがしい空気に包まれて、なんだか浄化された気分です。

住み慣れた都会からちょっと郊外に引っ越して、
自然を感じられるのはいい事だったかな。
週末を楽しみたいです!

みゆ


ーーー

みゆさま

みゆの新しいおうちの庭も充実してきた様子ですね!

病院の患者さんも外の空気が恋しくて、
ゆゆの登場を心待ちにしてくれる

ゆゆにとってはお散歩三昧、のんびり日向ぼっこの季節です!

みゆとよく出かけた、病院の中庭は
雲で優しくコーティングされた穏やかな光が降り注いでいて

暑すぎず、強すぎない日差しと柔らかい新緑の中を
心地よい風が通り抜けていきました。

桜はみんな散ってしまったけれど、
代わりに新緑が吹き出して

ツツジやシャクナゲ、モッコウバラや山吹
赤や黄色、色とりどりの花がしっかり春のバトンを受け取って、
ますます賑やかに庭を彩ってくれていました。

あ、ローズマリーも薄いブルーの小さな花を咲かせながら、
いい香りを放っていましたよ!

ところで・・・
人間、「暇」ってことは恥なのでしょうか?

「忙しい」といいつつどこか得意げだったり、
手帳に予定がなく、遊ぶ友達や恋人がいないと
それだけで寂しくなったり、

それどころか、そんなことで自己否定まですることもあります。
でも、「時間」に罪はない。

「忙しく働いている」「がんばっている」ことが美徳?な
「日本社会に浸透している価値観」の影響もあるかもしれないけれど、

「自分が自分をどう思っているか」「その時間をどう感じているか」
という「思い」が、同じ状況を
「苦しく」も「楽しく」も感じさせるのではないかなー。


「何もしていない時間」の問題じゃない。

「なんにもしていないけど、すごく充実している」
そんな時間もあるものです。

それにのんびりゆったり、時間がありそうにしている方が、
人は話しかけやすいし、頼りにもあてにもできるのです。

時間がありそうな方が、急にいい話があったときに
声もかけてもらえます!

予定にしばられていないから、チャンスに飛びつけるのです!

本当にやりたいことでもない予定に占領されて
大好きなことや本当にやりたいことに使える時間がなくなっちゃう
なんて本末転倒。

入れた予定をちゃんとこなせるか、体調を維持できるか、
予定にしばられて、不要な不安も抱えてしまいますしね。

どっちみち人生は味わい尽くすには短い。

だからこそ、未来をあてにしないで、
楽しみは先送りしないで、

この機会や出会いは今しかないと 
今この瞬間をしっかり味わう。

そうすると、もっと名残惜しくなっちゃう分、
体験を味わえたときの感謝や喜びがふくらむような気がするし
日々の小さな楽しみや喜びに貪欲になるような気がします。

みゆの手で触るカレンダーをセッティングしながら
「みゆの予定が、触るだけでわくわくする
楽しい予定でありますように」と祈ってますが

あんまりみゆの予定がいっぱいで。。。
ゆゆの入る隙間なし。

そういうわけで?
ゆゆの隙間に入ってきた嬉しいお誘いに便乗して
また、旅に行ってきまーす。

みゆもカピバラさんと楽しい週末を!!

ゆゆ

ーーー

みゆより

ゆゆさんの返信を読みながら、なにかの本で読んだ、
“チャンスをきっちりつかんだ、桃太郎のおばあさん”の話
を思い出していました。

川で洗濯をしていたおばあさんは、
川に流れてきた大きな桃をみたとたん、
洗濯もそっちのけにしてとびついた。

なにをそっちのけにしても、流れてきたチャンスに
飛びつくことができたからこそ、
桃太郎という宝を手にいれられたのだ…。
というような話だったと思います。

人生は有限だからこそ、私はつめこまないと
「もったいない」と思ってしまうんですよねえ…。

ーーー

本当にやりたいことや自分にとって大切なことを
つめこんで満たされているんならいいんです!

流れてきた桃に目もくれず、
洗い物が綺麗になった喜びに浸っているなら、

桃が流れていたことにも気がつかないか、どうでもよくて、
でもおばあさんの心は満足しているはず。

その桃が「宝」かどうかも、
開けてみないとわからないリスクもある。

でも「この大きな桃はなんじゃあ・・・!!」
と自分の心に従って洗濯物も放り出して桃を取りに行った。

それがおばあさんらしい人生か?!

桃から生まれた男の子を宝と思って大事に育てて
いい関係をつくったから、本当の宝物になったのかも?!

みゆの「〜べき」論的、価値観で言えば、
「桃なんかに気をとられていないで、しっかり洗濯をすべき!?」

一般的な?価値観や役目にしばられることなく
自分の心に従ったおばあさんの引き寄せた結果。
一つの出会いを大切に育てたおばあさんの得た実り。

「無駄かもしれないけど、関心がある」
という自分の心の声に従ってこそ

他人にとってどうでもいいことも、
自分にとっての素敵な出会いや経験になるのかも。

集中せず意識を漂わせているような
「無駄と思える、暇な時間」は、チャンスの宝庫

そして、その時その時の自分の心に従った小さな選択が
自分らしい人生になる。

おばあさんは桃の中味はわからないけど、心の赴くままに
桃に関心を向けて、行動した。

そしてそこで出会った機会を丁寧に育てた。
だからこそ「宝物」に出会えたのではないかな。

「のんびり生きるフリーパス」を有効利用して、
宝物に出会う、旅に出よう!!

ゆゆ



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# by mi-yu-yu | 2017-04-21 23:24 | 日々のこと | Comments(0)